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ワタリドリの憂鬱

作者: 兎紙きりえ

ワタリドリはどんな気分で空を飛ぶのか。

ふわふわと軽やかに、それでいてどこか焦ったように急いで彼らは飛んでいくから、ふと、気になった。

あそこに見えるのはがんだろう。

夕焼け空を隊列を組んで横切っていく。群れは空の一部を塗りつぶしながら飛んでいく。

彼らが海を越えて、違う空の下で地上で休む姿はきっと黒い絨毯を敷いたみたいになるんだろう。うぞうぞ蠢く海岸が目に浮かぶ。

そこで、彼らは何を思うだろうか。

彼らの中には初めて彼の地を訪れる者も居るだろう。

不安、とかそういうのは無いのかな。

そこまで考えて、私はかぶりを振った。

自分でも馬鹿な考えだと恥ずかしくなったのだ。

犬にも猫にも魚にだって鳥だって、みんな脳みそがあって、みんな意識があって思考があって、そんな事を何かのWeb記事で読んだ気もするけど、話せなくっちゃ、言葉を交わせない以上、考えたところで答えなんて出やしない。

詮無きことだ。無意味な感傷にしかなり得ないんだ。

それが気恥しさになって襲いかかってくる。

私は誰に見られてるわけでもないのに、コートの襟を持って、きゅ〜っと持ち上げた。

真っ赤になった耳たぶに布が擦れる音がして、頬の辺りまでが隠れた。

マフラーでもしてこれば良かった。

こんな変な思考ばかりが、ぽっぽっと浮かんでくるのは寒さのせいだ。あと、なかなか来ない電車のせい。そうに違いない。

駅のホームには、まばらにしか人は無く、冷たい風がびゅうびゅうと私の体を打ち付ける。

その内に、電光掲示板の文字が入れ替わって、カンカンカンと踏切の音が聞こえてきた。

レールを目で辿った奥に、鈍色の、四両編成の車体がライトを光らせて迫ってきていた。

張り付いた景色の中、近づいてくる電車の存在はどこか異質めいて、だからこそ、私はこの街から出ていく方法に駅を使うのだ。

思えば、私は遠くに見えるあの景色が嫌いだった。開いたホームの隙間から覗く街並みが嫌いだった。

空を割るビルの山々も、遠くに聳えるクレーンの影も、連なり並ぶ鉄塔の群れも、私は大嫌いだ。

太陽に照らされて見える街にも、その光の届かない影があって、それはさながら輝き方を失ったネオンライトみたいに静かに、だけど確かに存在してる。

別に、ネットやテレビに溢れかえる陰謀論を信じてるわけじゃない。

でも、ホームの休憩スペースに座っている、スーツ姿の男の人の、生気を失った顔を見れば、そんな陰謀論が本当じゃなくたって、人間一人を潰せるだけの闇が巣食ってることくらい誰にだって分かる。

それらが見えてしまうこと。何よりその事実が嫌いだった。

この街が嫌いで、どこか遠くに逃げてしまいたかった。

知らない駅に着いて。

知らない世界に行きたかった。

どこでも良かった。

ただ、どこか遠くの、汚い部分を私が知り得ない。そんな場所に行きたかった。

そうこうしてるうちに電車は止まって、開いたドアから続々と人の波が押し寄せてくる。

この波が終わったら、あのドアの向こうに行こう。

私は震える指先を握りしめて、奥歯を噛んだ。

足を一歩踏み出そうとして、不自然な音を聞いた。

冬の寒さはまた違う冷たさが頬に伝っていた。

晴れた空から雨が零れていた。

ぽつりぽつり。ぽつり。

美しいと思えたまっさらな空が、今はどうにも悲しく、寂しそうに見えた。

雲が形を変えた。

母の形。父の形。飼っている猫の形に。

結局、私は捨てきれないのか。

踏み出した一歩は地につかないまま、宙ぶらりんを貫いている。

身を乗り出していた車掌さんが怪訝そうにこちらを見つめ、そして私に乗る勇気が無いことを感じ取ったのかそのまま電車の中に戻っていった。

ぷしゅーっと何だか気の抜ける音がして、電車のドアが閉まっていく。

電車は私の前を通り過ぎていく。

レールを掴んで遠のいていく車体がカーブに差し掛かって見えなくなる。

「また乗れなかった……」

私は静かにポケットの中にある、小さな切符をくしゃりと握り潰した。

指先の震えは不思議と止まっていた。

雨も止んで、風も随分と穏やかになっていた。

けれども、私の心にはぽっかりと穴が開いたままで。

一層強まった寒さに、ぶるりと体が震えた。

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