疎遠になっていた同級生俳優に再会したら、何故か視線を感じます!?
ノリと妄想と勢いで書いたので、細かいことはご容赦ください!
「え、テレビ出演?」
恵は思わず聞き返した。
「うん、そう。」
久しぶりに連絡がきた高校時代の同級生と会っていたら、予想外すぎるお願いをされてしまった。
その内容は、『緒崎賢』という、二人の同級生で、今俳優として活躍している人物がゲスト出演するテレビ番組に、同級生としてサプライズ出演してほしいというものだった。
「ええっ!?無理だよ…そんなっ」
「え、だって紺野その日空いてるって今言ったじゃん。」
「言ったけど……まさかそんなことだと思わないよ!」
「ははっ」
(この男は……っ)
目の前で笑っている同級生、坂口透を見て、恵は最初から詳細を言わなかったのは確信犯だと悟る。
「そもそも、坂口くんだけが行けばいいのでは!?仲良いんじゃないのっ?」
「いや、俺だけが行っても面白くないじゃん。アイツとはたまに会ってるし新鮮みがない。」
「だからって何で私…!?」
「他の奴らに聞いても予定入っててさ。『当てがある』って番組側にも言っちゃってるし、紺野しか居ないんだよ。」
「うっ…」
番組に迷惑がかかってしまうと思ったら断りづらい。恵はじっとりと透を睨む。
それすらも全て分かって言っている透は恵の睨みなど気にもとめず話を続ける。
「紺野も賢と仲良かったじゃん。」
「……一年の時だけね。」
高校一年生の時は、出席番号順になった時に席が近く、恵と賢と透の三人で仲が良かった。
四六時中一緒にいた訳では無いが、たまたま帰る時間が一緒になれば一緒に帰っていたし、そのまま寄り道する事もあった。
そして当時、恵は賢のことが好きだった。
たまに透がおらず帰り道に賢と二人きりになった時、少しドキドキしていた。電車で肩が触れ合ったり、買った飲み物を回し飲みしたりした甘酸っぱい記憶がある。同じことを透ともしていたはずなのに、賢の時だけドキドキしていたのだ。賢から微笑みかけられると、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなっていた。
しかしそれも今から十二年も前のことである。
恵は二年、三年と賢とはクラスが別で、特に関わりは無かったし、結局恵の想いも告げることは無かった。透は二年でも賢と一緒だったため、今でも仲が良いようだが。もちろん恵は、卒業してから十年、賢と連絡を取り合ったこともない。連絡先は知っているのだが、何だか気が引ける上、用事があるはずもないので連絡を取る理由がないのだ。
(公式のSNSはフォローしてるけど……)
同級生の活躍を素直に喜ばしく思い、活動状況は全てチェックする…とまではいかないが、SNSでなんとなく把握している。
(なんとなく、気になって見ちゃうんだよね…)
恵は賢に今も恋している訳では無い。実際、大学、社会人と好きな人がいたし、それが叶って付き合ったこともあった。しかし、高校当時の中途半端な想いを引きずっている自覚はある。そして賢はシンプルに顔が格好良いので目の保養でもあるのだ。
(結局は好みの顔なのかも。)
ちなみに、透と恵は三年でまたクラスが一緒で、大学も一緒だったため、今でもこうしてたまに連絡を取り、会っている。
(それにしても…)
恵はじろりと透を見る。
「男子みんな予定ダメとかある?」
あれだけ同級生が居て、みんな予定が入っていることが有り得るのだろうか。
もしかしてその日、恵が知らないだけで同窓会でも開かれるのだろうか。もしそれが事実なら大変悲しい。
「いや〜、なんとなく女子がいいかなって。」
「え、なんで。」
「だっておもしろいじゃん。華やかだし。」
「華やかって……私が行っても華やかにはならないでしょ…。」
恵は自分でもブスではないとは思うが、決して目を引く容姿では無いし、至って普通だ。社会人として普通に気を使った身なりはしているが、自信を持って全国ネットにお届けは出来ない。
「……なら丸野さんとかは聞いたの?緒崎くんと仲良かったんじゃないの?」
丸野瞳。瞳は二年の時に緒方と一緒のクラスだった。少し派手めの可愛らしい見た目で当時結構モテていた女子だ。
(私はあまり良い印象は無いけれど…まぁ、可愛かったな。)
二年の時、恵は賢とクラスが別だったが、選択授業で一緒だったことがあった。一年の時に普通に仲が良かったため、当然恵は賢に声をかけるし、賢も恵に声をかけてくれていた。
しかし、それを見ていた瞳が、思いっきり恵に牽制してきたのだ。
『ねぇ、紺野さん。緒崎くんと仲良くし過ぎじゃない?自分が特別だと思ってる?』
しかもド直球で。
瞳と関わりの無かった恵が、初めてまともに会話した内容がコレだ。可愛い女子にいきなりそんなことを言われ、その日はずっと心臓が嫌な音をたてていた。
賢の外見が整っていることはもちろん恵もわかっていた。
切れ長なくっきり二重に長いまつ毛。鼻筋はもちろん通っていて顔は小さい。髪も染めずセットもしなくても十分格好良い。おまけに身長は180cmある。
これでモテない方がおかしいが、恵は賢が実際にモテているところを直接見たことが無かったため、男女共に人気あるな程度であまり意識していなかった。もちろん顔が良いことは常日頃感じていたが、それだけでなく、一緒に居て楽しかったのだ。恵としては、仲良くなった男子がたまたま顔が良かったというだけだった。
しかし瞳に言われたことによって賢がモテるのだということを初めてしっかりと認識した。
恵は派手なグループでは無い。別に地味でも無いが、平凡な自分が人気者の賢の傍にいれば、顰蹙を買ってしまうのだと気づく。
そして、女子のゴタゴタに巻き込まれたくない恵は賢に声をかけるのをやめた。
恵がやめたら、クラスが違うと案外呆気ないもので、会ったら挨拶はしていたが、あっという間にそれだけの関係性になった。恵の方は目で追ってしまってはいたが。
そのおかげで、瞳が賢に話しかけているところを頻繁に見かけるようになった。
恵は賢とは結構仲が良かったと思っていたが、あっさりと薄い関係になってしまって、自分が一方的にそう思っていただけなのかと当時は少し落ち込んだのだ。
だから告白も何もする間もなく、賢とは疎遠になってしまったのだ。
そして賢は在学中にスカウトされ、卒業と同時に特撮ものでデビューし、あっという間に人気俳優になってしまった。
どんどん有名になっていく賢を見て、恵は二年で疎遠になってしまったことに少し後悔はした。
でも過去は元に戻らない。今になれば女子の牽制などどうでもいいし気にしなくて良かったと思えるが、多感な思春期には重大なことだった。恵の平穏な高校生活のためには、賢と距離を置くことは必要なことだったのだ。
(あーあ、嫌なこと思い出した……)
恵が目を伏せてため息をつく一方、透は瞳の名前を聞いて眉をひそめた。
「丸野〜?あいつはグイグイくるからやだ。賢も相手にしてなかったし。今もちょくちょく中身のない連絡がきてウザいらしい。俺にも賢の情報求める連絡くるしちょっとな〜。」
(そうだったの…っ)
瞳は恵が見かけた時はいつも賢に話しかけていたし、てっきり仲が良いと思っていた。美男美女が並んでいて、お似合いだとすら思っていたのに。
「ほっとした?」
「えっ」
恵が驚いて透を見ると、透は少し意地悪そうに微笑んでいた。
「俺が気づいてないとでも?」
「えっ」
何に、とは透は言わなかった。
「……ごめんな。」
「…………」
何が、とはやはり透は言わなかった。
「…てなわけで、空いてるなら紺野よろしく!」
「え!……〜〜〜絶対坂口くんも一緒なんだよねっ?」
勝手に参加を確定されてしまったが、もう恵も諦めて付き合うことにする。
「それはもちろん。俺居ないと不安っしょ?」
「不安どころか居ないといかない!!」
「はははっ!俺って超愛されてる?」
「真面目にっ!坂口くん居るよね!?」
「わははははっ!!大丈夫大丈夫。んじゃ、よろしくね〜。」
そうして別れてから程なくして、透から打ち合わせの日程が送られてきた。
さすがに人気番組に出演するとなると、会社にも報告して許可を取らなければならないので、恵は打ち合わせの前には許可をとっていた。
上司にこの件を報告する時は多少気まずかったのだが、そう思っていたのは恵だけで、上司は「緒崎賢と同級生だったの!?言ってよ!そんなんバンバン出ておいで!」とまさかの二つ返事だった。
人気俳優のすごさをここでも感じた恵だった。
□□□
そして後日、恵はテレビ局にて番組スタッフと賢のマネージャーと共に入念すぎる打ち合わせをした。
(そりゃ、ぶっつけ本番という訳にはいかないだろうけども。)
分かってはいるが、当時のことを割と根掘り葉掘り聞かれて恵は相当疲れていた。打ち合わせは透と都合が合わず、恵一人であることも要因のひとつだ。
そして色々質問される中で、元カノではないことに明らかに安心されたので、ちょっとイラついた恵は、疲れていたこともあり、心の声が口に出てしまった。
「当時はちょっと好きでしたけど。」
「え…」
(あ、しまった)
恋愛系はNGらしい雰囲気が出ていたので、今の発言は完全にアウトではないだろうか。
固まっているマネージャーと番組スタッフを見て、恵は確信する。
(出演…無くなったな。)
少し残念な気はするが、それはそれで自分の心の平穏の為には良かったのかもしれない。
(坂口くんには悪……くないな、別に。)
恵がそう自己完結しかけていると、
「それ!甘酸っぱくて良いですね!!」
まさかの番組スタッフに絶賛されてしまった。
□□□
(ほんとに疲れた……)
打ち合わせという名の取り調べを終え、恵は疲れ切っていた。
当日の流れも、恵が話す内容もほぼ台本で決められた。ただ、演者たちは本番で初めて恵のことを知るので、MCにはその場で台本を渡すが、必ずしも台本通りいくとは限らないらしい。
(なんなのそれ、めっちゃ難しいじゃん…)
一般人でしかない恵はげんなりしながら出口へ案内されていると、賢が今度出演するドラマのポスターが大きく張り出されていた。
(これの番宣で出るんだよね。)
ドラマの役柄に合わせ、パーマをかけた黒髪でツーブロックになった賢。前は長めの金髪だったが、どちらもよく似合っている。
(あぁ、やっぱり格好良いなぁ……)
賢を見かける度に、当時の甘い想いが蘇ってくる。
叶わなかった恋というのはこうも引きずってしまうのか。叶わなかったというより、不完全燃焼感の方が強いが。
これでもし告白して振られていたのなら、ここまで引きずってはいなかったのだろう。中途半端な可能性だけ残ってしまっているのがいけないのだ。
(いや、可能性なんて無かったんだろうけど。)
恵は慌てて頭を振る。可能性なんて無いだろうことは恵自身わかっているが、はっきり振られていない分、人間とは悲しいもので都合の良い方に考えてしまうものだ。
きっと今は、賢は綺麗な女優やモデルなんかとお忍びで付き合っていたりするのだろう。一般人だったら番組スタッフやメイクさんとかかもしれない。何にせよ、関わりのない恵がそこに入るはずも無い。
(会ったらどうなるんだろう……)
ポスターの賢と目が合う。この人の視界に自分が再び入ったら――…
(ま、どうもならないか。)
恵は自嘲気味に少し笑う。賢が恵に会ったところで、ただの同級生との再会に過ぎない。
それよりも今は、同級生として恵が登場してがっかりされないかどうかの方が不安だ。
(そこは坂口くんになんとかしてもらおう。)
恵はひとつ息を吐いて、テレビ局を後にした。
□□□
あっという間に収録当日になり、恵は透と共に控え室に居た。
だんだんと時間がせまり、緊張で恵は口数が少なくなっていた。
透は特に緊張していない様子だったが、恵とは気を使うような仲ではないため、積極的に話しかけたりはしない。そのため部屋は時折静まりかえっていたが、透とのその空気感は何も苦ではない恵だ。しかし、緊張だけはどんどん増していた。
しばらく経ち、ふと時計を見た透が、「もうすぐだな」と口を開く。
「…やっと会えるな。」
「え?」
「紺野と、賢が。」
確かに待ち時間は長かったが、透の言い方では、恵と賢が会うのを待っていたというようにも聞こえる。
「…?私が?」
思わず恵が聞き返すと、透は少しバツが悪そうに頬をかいた。恵が不思議に思っていると、透がぽつぽつと話し出した。
「…あの頃、紺野も賢も、俺とは普通にしゃべってたから卒業間近まで気づかなかったんだ。もっと早く気づいて、俺がうまいこと取り持ててたら良かったな、ってずっと思ってたんだ。」
透が言っている『あの頃』とは、高校二年からのことだろう。
透は、恵が賢に近づかないようになったことに気づいてなかったようで、そのことには恵も気づいていた。特に何かして欲しかった訳でもないので、それならそれで良いと思っていた恵からは何も言わなかったのだ。
「そんな…坂口くんが悪いことなんて一つもないじゃん…」
そのことを透が後悔しているのならとても申し訳ない。あの頃、透が居たから救われたこともたくさんある。
「それでも…だって、俺はお前らが仲良いの見てるのが好きだったんだよ。なのに気づけなくて…」
そう言う透の頭からは、子犬の耳が垂れているように見えた。
「いや、私は二年からも楽しかったよ?坂口くんも居たしね?」
そんな透を見て恵は思わずくすりとしながら話した。これは本当のことだ。高校生活は、賢と仲良くするだけが全てでは無い。クラスも普通に楽しかったし、透と会えば気兼ねなく話せていたし、賢のことだけを除けば、本当に楽しい高校生活だった。
「そっ…」
恵の顔を見て本心だと分かったのか、透は少しほっとした顔をした直後、照れくさそうに顔を背けた。
「それでもっ…俺はおまえらが離れるの嫌だったからっ、たまたま紺野と同じ大学になった時、二人のためにも絶対縁切らさないようにしようと思って必死だったんだぜ?」
照れを誤魔化す透に、恵の顔も綻ぶ。
「ふ、じゃあ私と大学でも仲良くしてくれてたのはそれだけが理由だったの?私は純粋に嬉しかったのに、カナシイな〜…」
「えっいや、ちがっ…う、けど…………お節介すぎた…?」
「あはは、ううん、そう思ってくれてたのも知って嬉しいし、いつも楽しいよ。ありがとう。」
本当に、透と友達で良かったと思う。恋愛のドキドキとは違う、ほっとする楽しい空間だ。
「ずっと、公式で会える時は無いかと思ってたらこの話が来て。紺野誘うしかないって思ったんだよ。」
(そうなんだ…)
確かに、賢ほどの人気俳優となると、個人的に女性と会うことは厳しいだろう。透の言葉に頷きながら、恵ははたとあることに気がつく。
「待って、じゃあ私しか誘ってなかったの!?」
「うん。」
詰め寄る恵に対し、透はあっけらかんと返した。
「もうっ!騙した!」
「悪ぃ(笑)」
「謝ってない!語尾に『(笑)』が見えた!!」
「でもどっちにしろ紺野しか声かける予定無かったから、紺野が断ったら番組困るのは一緒だろ?」
「えっ、うっ…そう、かも…?」
結果は同じなのだが、なんだか丸め込まれている気がしてならない。
「あいつチャンスだった同窓会には来なかったし。」
「あー…そういえばそうだね。」
たしか撮影が忙しくて参加出来なかったと聞いた。それを聞いて、恵だけでなく、参加者みんな…特に瞳が残念がっていたのをよく覚えている。
「だから、これをきっかけに前みたいにとまではいかなくてもさ、普通に二人が話せたらなって。」
「…ありがとう。」
正直、恵には前みたいに戻る自信はもう無い。また仲良くしてしまったら、どうしても想いが膨らんでしまうだろうことは、自分自身でも想像にかたくない。今や有名かつ人気俳優となった賢に、恵が相手にされるはずもないし、迷惑だろう。
しかし、せっかく高校時代に仲が良かったのに中途半端な形で疎遠になってしまったことだけはやはり後悔している。今日だけでも賢と当時の思い出話を笑って出来れば、きっと恵の想いも整理がつくだろう。機会を作ってくれた透には感謝だ。
そしてタイミング良く、番組スタッフによりドアがノックされ、恵たちはスタジオへ案内された。
二人はセット裏で待機する。まずは透が一人でスタジオへ出ることになっている。なんで最初から一緒に出ないのかと恵は透に抗議したが、透の打ち合わせの時に「そっちが盛り上がるから」と決まったらしいので、もう文句は言えない。
「同級生が来てくれてるということで…」
「うわぁ、誰だろう…」
スタジオとセット裏を仕切る幕の向こう側から、出演者たちが話す声が聞こえる。
賢の声ももちろん聞こえてくる。
(お、緒崎くんの声……っ)
テレビ越しではない賢の話し声に、恵の緊張はどんどん高まっていく。
「この方です、どうぞー!」
MCのセリフを合図に、幕が開き、「いってくる!」と透が進み出る。
「透かよ!」
出てきた透を見た瞬間、賢はすぐさま声をあげた。
「えへ、俺でした!」
「あれ、仲良い感じ?」
登場した透との随分気安い雰囲気に、賢の共演者たちは意外そうに驚く。
「はい、こいつとはちょこちょこ会ってるんで。」
「なんだ。久しぶりじゃないんだ。」
「そうですよ。だから全然新鮮味が…透っ、おまえこんなところまで出てきて…っ」
「いひひ」
声しか聞こえないが、高校当時のように仲良く話す様子が伝わってくる。二人は今でも交流があるのだから当然だとも言えるが、恵がその様子を感じるのは久しぶりなため、懐かしい気持ちが込み上げてきた。
いや、しかしそれよりも。
(坂口くん、なんで普通に話せてるの!?すごすぎ…)
透の普段通りっぷりに、恵は驚きを隠せない。賢とだけ話すのならわかるが、ここにはテレビで目にする人たちばかりが居る場だ。初めて会ったはずなのに、何故あんなにも堂々と出来るのだろうか。
セット裏で一人が心細くなってきた頃、MCが台本に視線を落とし、続きに気づく。
「えー、あ、今日はでも坂口さんだけじゃないんだね。もう一人来てくださっているそうです。」
「え?」
「どうぞー!」
(ついにきた…っ)
MCの声により再び幕が開き、恵は深呼吸してからスタジオへと踏み出し、透の隣に並んだ。
「!!」
賢の綺麗な黒い瞳が、恵を捉えた途端、大きく見開かれる。
(うわ…っ)
しかし恵はそれに気づくどころではない。
(かっこいい、かっこいい…!)
高校生当時よりも、俳優業での垢抜けと大人の色気とが合わさって、何倍も格好良くなっていた。
(いや、知ってたけど…っ!!生の迫力すごい…)
恵はたちまち緊張とは違う種類の早鐘を打つ心臓をおさえ、平静を取り繕うのに必死だった。
「えー、こちらは、紺野さんです!」
MCに紹介されたことにより、すっかり『芸能人に会った一般人』の気持ちだった恵は現実に戻され、慌てて話す内容を記憶から引っ張り出した。
「よろしくお願いします。」
「えーっと、紺野さんも高校生の時の?」
「そうですね、一年の時だけですけど、ここにいる坂口くんと緒崎くんの三人で仲が良かったです。」
「『緒崎くん』とか、同級生っぽくていいねー!」
「緒崎くんは覚えてるかわからないですけど…」
「いや!覚えてるし!めちゃくちゃ!!」
恵の冗談半分の言葉に、賢が焦ったように立ち上がり応えた。そんなに本気っぽく聞こえただろうか。
「ケンケン嘘言ってない?ちゃんと覚えてた?」
そんな賢の様子に、笑って共演者に突っ込まれていた。
「だから本当だって…紺野と透とは一年の時によく一緒に帰ってた。寄り道とかもして…」
「あ、ケンケン本当に覚えてたんだ。」
「だから本当なんですって!」
共演者に反論しながら無邪気に笑う賢を見て、恵の心臓はおさまるどころかぎゅっと締め付けられている。
(これは……整理がつくどころか…)
むしろ、想いが蒸し返された気さえする。賢の一挙一動を見る度にドキドキしてしまう。
(これが芸能人パワー…?)
恵が訳の分からないことを考え出した頃、共演者の一人が恵の方を向いた。
「仲良かったんでしょ?恋はっ?当時は恋はどうだったの!」
(きた……っ!!)
ついにこの時がきた。これは普通に答えて良いと言われている質問だ。むしろ盛り上がるから言ってくれとスタッフから言われていた。恵は深呼吸してから台本通り答える。
「いや、付き合ったりとかは全く無いですけど…」
「けど?」
「えっと……当時は、ちょっと、私は好きでした…」
「え」
台本通りとは言え、過去の事実を言うのはとても恥ずかしく、恵は真っ赤になり俯いてしまった。
今は『過去の』というのも怪しいが。告白でもしたかのような恥ずかしさで、恵は賢が勢い良くこちらを見たことには気づかなかった。
「ひゅーーーー!!」
(うわぁっっ!?)
スタジオが沸き、思わず恵は顔を上げる。スタジオは恵の想像以上に盛り上がっていた。自分の一言で周りがこんなにも反応する経験をしたことが無い恵は、すぐさま逃げたくなり、隣の透の方へ寄った。
「いいねー青春!じゃあちなみに!ちなみにだけど今はっ?」
(こ、これは……)
この質問も想定されて打ち合わせしていた。
恵は今でも賢のことが気になっているとは当然言えず、無難に『今は普通に同級生として応援している』と打ち合わせで言った。
その答えにマネージャーもスタッフも満足そうにうんうんと頷いていた。今質問してきた人も、そもそも本気の答えが返ってくるとは思ってないだろう。
恵が答えようとすると、トン、と隣にいる透から肩を肩で小突かれた。
恵が思わず透を振り返ると、透は何かを期待する目でガン見してきた。
透はきっと、恵の気持ちに気づいている。当時も、そして今も引きずっていることも。
この期待の目は、それを言えということだろうか。
(いやいや、台本通りっ!!)
過去の叶わなかった恋愛以外はNGだ。この収録のオンエアを観る人たちも、自分の推しのことを好きな一般人の知り合いがノコノコとテレビで共演していたら絶対嫌な気持ちになるだろう。
恵は瞬時に考えを巡らせ、何でもバカ正直に話すことはないと落ち着く。透を一瞥し恵は正面に向き直り笑顔を作る。
「今は、普通に同級生として、応援してます。」
恵は嘘は言っていない。応援しているのは紛れもない事実だ。
「だよなー!」
「あちゃー!ケンケン振られたー!」
再びどっとスタジオが沸く。
(よかった、合ってた…!さすが台本!)
本当のことはやっぱり言わないでよかったと、恵は胸を撫で下ろす。横から透の残念そうな視線はひしひしと感じたが気づかないフリだ。
しかし、恵は思わぬ方向からも視線を感じている。
(めちゃくちゃ見られてる気がする…!!)
なぜだか賢からものすごく視線を感じる。気の所為では無さそうだが、恵はそちらにも目を合わせられないでいた。
□□□
「終わった……!!」
無事収録を終え、控え室へと戻ってきた恵は脱力した。
「大丈夫だったかな…」
「大丈夫だって!スタッフさんも言ってくれたじゃん。」
「そうだけど…」
確かに褒められた。しかし、賢にとっては?
(私で、がっかりされてないかな……)
不安の消えない恵をよそに、透が明るく言う。
「賢、めっちゃおまえのこと見てたな!」
「や、やっぱり!?」
やはりあの視線は恵の気の所為では無かったようだ。
「うん、ガン見だった。」
「がっかりされてないかな…」
「は?がっかりどころか――…」
言いかけて止まり、透は何かを思いついたようで、いい笑顔を恵に向けてきた。
「なぁ、帰る前に賢の楽屋行こうぜ!」
「えっ、そんなことしていいの?」
「いいよ、収録終わってるし。いいって言われたし。楽屋も時間とってあるからしばらく使っていいんだってさ。せっかくだろ?」
いつの間に許可をとったのだろう。先程の収録時の堂々とした様子といい、こういう透の社交性は本当に尊敬すべきところだと恵は思う。まさにコミュ力の塊である。
腰が引けていた恵だが、透に引っ張られ賢の楽屋まで来てしまった。透が扉をノックし、返事が聞こえると、何の躊躇いもなく扉を開けた。
(なんか、収録の時より緊張する…っ!?)
「よー賢!」
「ひ、久しぶり緒崎くん…」
なかなか扉からの一歩が踏み出せない恵を、透が肩を組み中へ引き入れた。
賢は何故か一瞬怪訝な顔を透へと向けたものの、恵へと向き直った。
「透はともかく…紺野、久しぶり。元気だった?」
賢が恵にふわりと微笑みかけた。
(うわぁっ!?)
「う、うん、げんき…だよ。」
恵はなんとか返事をしたが、イケメンの微笑みの破壊力はすごい。
「わざわざ出てくれたんだな。ありがとう。」
「そんな、全然…」
「いやいや、大変だったでしょ。出演となると会社に言ったりとかも?あれ、仕事何してるんだっけ?」
「仕事は事務なんだけど…出るのは全然…むしろ出ておいでって言われて…」
恵が賢のまぶしさにたじたじしながら話していると、横から透がからかい混じりに口を挟んだ。
「でも紺野、めちゃくちゃ緊張してたな!俺が出ないとこの番組出ないってすら言ってたし!」
「当たり前でしょ…一人でなんか出れないよ。」
「いやぁ、愛されてるわぁ、俺。」
「だからッ…いやもうそれでもいいわ。」
「わはははっ!」
緊張続きで疲れていた恵は透に突っ込む気も失せ、前もこんな会話したことを思い出し、めんどくさいので適当に肯定した。特に気に留めるやり取りでもなかったはずだが、意外にも賢が反応した。
「え?どういうこと。」
しかし透は賢の問いには答えず、にっと歯を見せ笑っただけだった。
(いや、何故何も言わないのっ!?)
恵は驚いて透を見る。聞かれたのに何も答えなければ何だか変な感じになってしまうではないか。
「おい」
「俺ちょっとトイレ!ついでに何か飲み物でも買ってくるわ。」
「え」
(待って、どんなタイミングで二人きりにしてくるつもり!?)
しかし恵の無言の訴えも虚しく、透はさっさと出ていってしまった。
「…とりあえず座って。」
「あ、うん、ありがと…」
賢に促され、恵は机を挟んで正面に座った。
座ったはいいものの。
「…………」
「………………」
部屋の中は静まり返っている。
(何を話せば…!?)
透と控え室に居た時と違い、この沈黙は心許なかった。しかし、久しぶり過ぎるため、緊張して何を話せば良いのか分からない。
だんだん顔も俯き、恵がなかなか言葉を発せずにいると、賢が口を開いた。
「…透と付き合ってるの?」
突拍子もない質問だった。
「え、付き合ってないけど…?」
思わず顔を上げ、全くその気がない恵はきょとんと返した。
「じゃあなんで?」
「えっと、何が?」
「なんか二人ずっとくっついてるし。」
「それは、」
それは慣れないテレビ局で恵が不安だからである。しかし恵が答える前に賢が畳み掛けるように話し出す。
「さっきも、収録の時二人見つめあってたし。」
「見つめ…?まぁ、目のやり場が坂口くんくらいしか居なかったしなぁ。」
(あれ、何だこの会話…?)
なんだか恵の尋問みたいである。少し引っ掛かったが、最初より自然に話せている気もしてきたので会話を続ける。
「…じゃあ、透の紹介ってなんなの?透とはちょくちょく会ってるってこと?」
「え?いや…うーん、たまに?かな?」
「そんな連絡とる仲なんだ?」
「うん、まぁ…」
「俺とは連絡とってないのに。」
「え……連絡とって良かったの…?」
「……!」
恵が思わず本音を言うと、賢が不意を食らったように目を丸くした。
そして賢は前髪をくしゃりと握りながら、はぁ、と大きなため息をつく。
「丸野からはウザいくらい連絡くるのに…」
そして嫌そうに「あいつのせいで……のに…」とぼそりと呟く。声が小さかったため、そちらは恵はよく聞き取れなかった。
「あぁ、丸野さん…」
確か透がそんなことを言っていたのを思い出した恵だが、賢の口から瞳の名前が出たことに、少しのモヤつきを感じてしまった。
そんな自分に驚きつつ、何でもないように言葉を返す。
「一応返してあげてるの?」
「既読スルーどころか未読削除だし。」
「まじで。それはさすがにかわいそうじゃ…」
「いいんだよ。」
(いいのか……)
賢が言い切るので恵からはこれ以上言うことは出来無い。
「俺は、」
賢が話すので恵がそちらを見ると、不意に真っ直ぐと目が合った。
(わ……)
しっかりと賢と目が合ってしまい、恵の心臓がどきりと跳ねる。
「丸野なんかよりも、紺野と連絡取りたかった。」
「な、え、……そっか、う、嬉しい…」
(そんなこと言われると、勘違いしそうになる…っ)
嬉しいが、友情より先を考えてしまう自分が恥ずかしくて、恵はまた目を逸らしてしまった。すると、すかさず賢に指摘されてしまう。
「ねぇ、なんで目合わさないの。」
それは、目が合うと賢への『好き』がどんどんぶり返してきている気がするからだ。これ以上目が合うと、気がするだけでは済まなくなりそうでこわい。
「ごめっ、な、なんか近くて……」
しかし恵がとっさにこう答えると、賢の纏う雰囲気が急にどす黒くなった。
「は?」
「え」
(お、怒らせた!?)
カタンと賢が椅子から立ち上がり、恵の方へ近づいてくる。
なんだかまずい気がして、恵も思わず立ち上がり後ずさる。
「透とはもっと近かったじゃん。」
「えっと…」
「肩も触ってたし。」
「さ、触ってたかな…?」
「あいつ『愛されてる』とか言ってた。」
「あれはふざけて……」
距離を詰められるのをじりじりと逃げているうち、恵はいつの間にか壁に追いやられ、気づけば賢の腕の間に閉じ込められていた。
(この状況は…っ!?)
近すぎて恵は軽いパニック状態だ。そんな恵に、賢は容赦なく整った顔を近づけ、不機嫌そうに言った。
「ねぇ、俺のこと好きだったんじゃないの?」
「っ…」
恵の顔がたちまち赤く染まる。
(もう、引き返せない…)
やっぱり、恵は賢のことが好きなのだと気づいてしまう。
ただの同級生の応援だと誤魔化し続けて来たが、きっとずっと好きだったのだ。
「――――…」
赤く染まった恵の顔を見た賢は我に返ったように一瞬固まり、そして凝視した。
「み、みないで…」
「…………」
こんな顔では今も好きだとバレバレである。恵が必死に顔を隠そうとすると、賢にその手を掴まれてしまった。簡単に片手で恵の両手をまとめて胸の前で掴まれてしまい、恵は赤い顔を晒すしかない。
(!?近いっ近いしっ!手!!)
恵の心拍数がどんどん上がる。
「――――…」
そして賢の空いている片方の手が恵の頬へと近づき――…
「たっだいまー!飲み物買ってきたー!」
透が勢いよく扉を開けて帰ってきた。
「「………………」」
「ん?なんで立ってんの?」
透は壁際で向かい合って直立している二人を見て不思議そうに眉を上げた。
扉が開いた瞬間、賢がかろうじて距離は取っていたが、あまりにも不自然な立ち位置だ。
「なんでって…」
「えっと、じゃあ、私もお手洗い行ってきていい!?坂口くん、どこにあるのっ?」
賢が何か答えようとしたが、この状況にいたたまれなくなった恵は賢の言葉を遮り、ひとまず逃げることにした。
「トイレはすぐそこのところの女子トイレ清掃中だったから、ちょっと掃除のおばちゃんに場所聞いてみて。」
「わかった!」
「迷うなよ〜。」
「迷わないよっ!」
恵は熱い顔を仰ぎながら急いで部屋を出た――――
――――のはいいものの、
「迷った……っ!!」
恵は途方に暮れていた。
どうやらトイレから出て進んだ方向が逆だったようで、それに気づいた時には戻り方が分からなくなっていた。透に電話して迎えに来てもらうはずだが、なんだか遅い。
ちょうど社員らしき人が通りがかったので、恵は道を聞いてみることにする。
「あ、あの…」
「ん?どうしました?」
「緒崎賢くんの楽屋から来たのですが、迷ってしまって…場所をご存知ならば教えていただきたいのですが…」
「あー……」
「?」
やけに歯切れが悪い。知らないのだろうか。知らないのならば知らないでいいのだが、変な間が気になる。
「いや、すみません、本当に緒崎さんの知り合いですか?」
(あー、そっか。)
恵は賢が人気俳優だったことを思い出した。今この社員には、恵は嘘を言っていて、賢の楽屋の場所を聞き出そうとしてると疑われてるようだ。
(どうしよう。変に弁解しても怪しまれるだろうし…)
「あ、じゃあいいで――…」
透が来てくれると言っていたので大人しく待っていようと思った時、後ろから肩を軽く引かれた。
「大丈夫、同級生だから。」
「っ緒崎くん!?」
□□□
時は遡って数分前――。
恵が部屋を出た後、透が気まずそうに切り出した。
「…もしかして、邪魔だった?」
「……もんのすごくッッ!」
「ごっめーんっ」
案の定怒っている賢に、透は拳をコツンと頭に当て謝るポーズをする。明らかに謝ってない態度に賢はイラつきを増幅させた。
「わ、ごめんごめんっ!てか、え、何?紺野なんか言ってた?」
「おまえと付き合ってないってことははっきり言ってた。」
「ぶっ!!」
吹き出す透に、賢は胡乱げな目を向ける。
「紺野と連絡とってたこと、なんで俺に言わなかったの。」
「え?あー……」
歯切れの悪い透を見て賢が詰め寄る。
「透なんなんだよ、紺野のこと好きなの?」
「好き?いや好きだけどおまえの言ってる好きじゃないよ。」
あっさりと答えた透だが、賢はまだ疑いの目を向けている。
「…さっき紺野に『愛されてる』とかも言ってただろっ」
「あれは、ちょっとつっついてやろうと思っただけで…」
「本当か?」
「ほんとだって!」
「じゃあなんで社会人になってからもちょくちょく会ってたことも黙ってたんだよっ!」
「それはっ!俺もタイミングを測りかねてたのと、おまえがそこまで紺野のことずっと気にしてるとは思ってなかったんだよ…っ!ごめんて!」
透は両手を胸の前に上げ賢を制止しながら謝るが、賢が詰め寄る勢いは止まらない。どんどん近づいてくる賢に、透もさすがに慌てる。
「わあぁごめんて!え、賢、やっぱり紺野のこと今も好きってこと!?」
「好きだよっ!!」
反射的にそう言い合った二人の動きが止まる。
「え…ずっと?」
「……たぶん。」
目を丸くする透から、賢がゆっくりと一歩引く。
「え、だって彼女いた時期あったような…」
「それは俺も、今日会って、やっぱりって気づいたから…」
「そ、そっか…そんなこともあるのか…」
透はついていけず、頭に『?』マークを浮かべまくっている。
「…じゃあ、お互いずっと気にしてたんだな…」
「お互い?」
「あ、いやちが…うーん、気にするな。」
「…………」
透は、恵が賢のことを気にしていることには気づいていた。だからこそ、連絡を取り合っていたのだ。恵は誘えば応じてくれるが、おそらくほっとくとそのままフェードアウトしてしまう性格だ。社会人になってからも何度か透から連絡を取っているうちに、やっと恵からも連絡が来るようになったが、それをしなければ今頃はSNSを見るだけの繋がりだっただろう。
「俺は今日、前みたいに賢と話せる機会になったらと思って紺野を誘ったんだけど…」
「それは感謝してる。」
「…『それは』?」
透としては、全面的に感謝してほしいくらいなのだが。
「もっと前から紺野のこと教えてくれてよかっただろ。」
「ちょいちょい話題には出してたじゃんっ」
「それは紺野のSNS見た情報だろっ!?おまえが直接会ってるならそのことを言えよ!」
「だから、それは賢があんまり紺野のこと気にしてる雰囲気出さなかったからじゃんって!なんでそんなとこに演技力発揮するんだよっ」
透にそう言われ、勢いが緩んだ賢はぼそりと言う。
「ずっと引きずってるとかかっこわるいだろ…」
「そういう考えがダサい!もっと早く言ってくれよ!俺にくらい!」
「うるさい。透も悪い。」
「いやだから……まぁ、そっか。黙ってた件は俺も悪かったよ、ごめん。」
「…………」
透は自分にも非があったことを認め素直に謝った。
「でも今日会えたんだし、話出来るだろ?」
「…………」
しかし賢はまだ不機嫌だ。
「なに、まだなんかあんの?」
さすがに透も眉を寄せながら聞くと、賢はやはりまだ何かあるようで、ぶすっとしながら口を開く。
「同窓会…」
「同窓会?…あ、おまえ来れなかったやつ?が、何?」
六年前に開催された、賢が来れなかった同窓会。賢は来なかったのだから、透が怒られる筋合いは何もないはずだが。
「写真…見せてくれたやつ…」
「?」
「その時も紺野は透の隣だった…っ」
「細かっ」
賢の小男ぶりに透も思わず真顔になった時、透の携帯のバイブ音が響いた。
「あれ?」
表示を見て軽く驚いた透はそのまま電話に出た。
「どした?…え?ぶはっ!!おもしろすぎだろ!わははっ!!……あー、ごめんて、今どのへん?…あー、わかった。そっち行くから動かないで。うん、じゃ。」
透は笑いながら電話を切った。
「と、いうことだから迎えに行ってくるわ。」
「何?俺なんも聞こえなかったんだけど。」
「紺野迷ったんだって。まじで迷うとは思わなかった。」
「!」
そしてそのまま扉へと向かう透の腕を賢が掴んだため、透が怪訝な顔で振り向く。
「何…」
「…俺が行く。」
□□□
「大丈夫、同級生だから。」
「っ緒崎くん!?」
「あっ、お、お知り合いだったんですね!失礼しました!」
「いえ、お気になさらず。」
現れた賢に驚いた社員は、恵に謝ってからその場を足早に去って行った。
「…かえろ。」
「ありがとう…」
賢に案内されながら楽屋へと戻る。この時間は収録中で出払っているのか、もともと楽屋が多いフロアのためか人通りはほぼ無い。
恵はあまりの情けなさに、先程の楽屋での出来事も忘れ、賢の半歩うしろをとぼとぼ歩く。
「なに迷ってんの。」
「自分でもまさか迷うとは…」
賢に呆れ半分に言われたが、恵だって自分が迷うとは思っていなかった。あまりにもしゅんとしている恵を見て、呆れていた賢も思わず吹き出した。
「くっ…まぁ、確かに初めてなら分かりにくいかもしれないけど…くくっ…何で迷えるの。」
しかし笑っていた賢の表情はすぐに真顔に変わり、恵へと振り返った。
「で、なんで透にかけるかな。」
賢の瞳がじっとりと恵を見つめる。何故だか責められているらしい雰囲気だ。おそらく先程の電話のことだろう。電話したのがまずかったのだろうか。しかし、電話でもしないと恵は楽屋に帰れなかったので仕方ないことのはずだ。
恵は何故賢に責められているのか分からず混乱していた。
「なんで、とは…?」
恵がおそるおそる問いかけると、賢はさも当然かのように言った。
「俺にかけたらいいじゃん。」
「は」
恵は驚いて、思わず賢のことを凝視する。そうして見たことによって、賢の雰囲気が怒っているというよりはなんだか違うことに恵は気がついた。
(あ、これは、緒崎くんは自分に電話がかかってこなくて拗ねてる…?)
そう、拗ねているように見える。
確かに良く考えれば、透より明らかに賢の方がこの建物内の構造には詳しい。それなのに恵が透に頼ったのが悔しかったのだろうか。というか、透は透で、何故この建物内の恵の場所が分かったのかが疑問だが、透だからということで深く考えないことにする。
しかしどうであっても恵には賢に気軽に電話なんて出来なかった。でも、今の賢の様子からは、電話してよかったということか。
(もしかして緒崎くんなりに、前みたいに接しようとしてくれてるのかな…)
それならばと、恵はまだ混乱しながらも、賢に歩み寄ることにする。しかし拗ねた表情にもキュンとしてしまっていることはなんとか隠し通したい。ついでに先程の楽屋でのやり取りも思い出してしまった恵は、赤くなりそうな顔を必死に抑えながら返答する。
「じゃあ、また何かあれば今度は連絡するよ…番号は…変わってないの、かな?」
恵は言いながら、今後何か連絡することが起こるのかどうかさえ疑問に思ったが、とりあえず雰囲気に流されておく。
すると賢は何か思い当たったようだ。
「あ、そうだ。携帯出して。」
「え?」
「出して。」
「あ、はいっ」
訳が分からないが、賢の圧に押され恵は反射的に自分の携帯を差し出した。
賢は自分の携帯も出して、恵の携帯に何か入力し、恵の携帯は返された。
「…?」
「これ、俺の新しい連絡先入れといたから。」
「えっ」
恵は思わず受け取った携帯を落としそうになった。
「今はこっちが主で、芸能関係とか仲良い人に教えてる。昔のは、消したら消したでめんどくさいから敢えてそのままにしてる。」
「そんな、いいの…?」
賢は頷いたあと、少し照れくさそうにこう言った。
「ていうか、昔のは…紺野から連絡来るかもと思って消せなかったんだよ…」
「っ!」
(卒業して、十年も経ってるのに…?)
十年間、ずっと恵のことを頭の片隅ででも考えていてくれたということか。優しさで大袈裟に言ってくれているとしても、賢も恵と疎遠になったことを少しでも残念だと思ってくれていたということが分かり、恵はなんだか泣きそうになった。
「だからかけて。これからは。」
「あ、うん…かける機会、あるかな…」
「用事なくてもいいから。俺も連絡する。」
そう言って微笑む賢を見たら、恵の心臓は嫌でも高鳴る。
(だめだ、まずい…っ)
このままでは沼にハマってしまう。恵の脳が警鐘を鳴らし出した。流されて不毛な恋にハマるわけにはいかないと、恵は自分で自分を引き戻す。
「まって、あ、あのっ、やっぱりよくないと思うっ」
急に大きな声を出した恵に、賢が軽く驚いて振り向く。
「何が?」
恵は大きな声を出してしまったことに自分でも驚き、慌てて声のトーンを落として、ささやくように言った。
「そういう態度っ!連絡とか笑いかけたりとか…勘違いしちゃうよ!?」
「勘違いって?」
「わ、私だけ…その、とくべつ、なのかなって…」
言っていてめちゃくちゃ恥ずかしい。しかし賢にはしっかりと言い聞かせておかなければならない。イケメン芸能人がいち同級生に対してホイホイそういうことを言うものでは無いと。恥を忍んで恵は続ける。
「ほらっ、さっきの楽屋でも…あんなに近づいたり…」
「…嫌だった?」
「嫌!?な、わけないけど…その、もう高校生じゃないんだし…」
もっと言えば、高校の時もこんな距離感では無かった。高校生らしくもっと節度を保っていたはずだ。大人になり時間も経ち過ぎたことにより距離感がおかしくなっているのだろうか。それとも、もともと賢は誰に対しても距離が近い人だったのだろうか。どちらにしても恵の心臓がもたないのでやめて頂きたい。
「…どうしたの急に。さっき連絡しようって言い合ったとこじゃん。」
「そうなんだけどっ、あの、やっぱり緒崎くん芸能人だし、控えた方が…その、嬉しいけど、嬉しいから、勘違いしてしまうというか…」
恵は賢をなるべく傷つけないように必死に伝えようとしたが自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。
「…勘違いじゃないよ。」
「え?」
恵はよく聞こえず賢を見上げると、急に賢に左手の薬指をするっと触られる。
「ひゃっ!?」
「指輪、してない。」
「…?」
「結婚してないよね?」
「えっ!?うん、して、ない…」
「彼氏は?」
「いないけど…」
残念なことに、二年ほど前に自然と別れてしまってから誰とも付き合っていない。仮に既婚者だったら、賢と恋愛に発展する心配もなく安心して気軽に会えたのかもしれないと恵は考える。今の、フリーの恵と仲良くするのはリスクが高い。
彼氏がいないことによって残念がられてしまったのか。
(ていうか、また触った…っ!)
やはり賢は、人との距離が近い人なのだろう。高校の時は違ったと思うが、仕事をしているうちに変わったのかもしれない。こんなことでドキドキしてはいけないのだ。
「もう、またそういうこと言う…っ」
普通は『彼氏はいないのか』と聞かれると、自分に脈があるように感じてしまうものだ。そのことも含め恵が再度注意喚起しようとすると、賢はとんでもないことを口にする。
「じゃあ、俺と付き合って。」
「へ!?」
恵が驚くと同時に、バンッと扉が開き、腕を引っ張られ二人は部屋の中へ引きずり込まれる。
「そこ廊下っ!あとはっ!中でな!?緒崎賢くん!?」
そこは賢の楽屋で、透が大汗をかきながら笑顔を貼り付けていた。
「あぶねーっ!じゃ、俺はっ、さっきの飲み物飲みすぎたからっ、またトイレに行くのでっっ!お腹も痛くなってきたからちょっとだいぶ時間がかかるかもしれないなぁっ!?てなわけで行ってくる!!」
「ちょっ…」
そして勢い良くバタンと扉が閉められた。
「…………」
「…だ、大丈夫かな…坂口くん…」
「……大丈夫だろ。」
「…………」
部屋が静かになると、透に引きずり込まれる前に賢が放ったひと言が思い出される。
「えっと…その…」
恵がしどろもどろになっていると、先程よりは落ち着いた様子の賢が躊躇いがちに口を開く。
「…さっきのは…ごめん…」
謝るということは、先程のことは賢の悪い冗談だったのだろうか。それならそれで良いのだが、なんだか恵は胸が痛む気がした。しかし、
「あとでもう一回言う。」
どうやら違ったようだ。
(も、もう一回ってなに!?)
恵は脳内パニックだが、賢はやはり落ち着いているようで、テンションが明らかに違う。賢の様子に気づき、恵もだんだんパニックはおさまってきた。
「…その前に、紺野に謝らせてほしい…」
「…?」
なんの事だか全く分からない恵だが、賢が申し訳なさそうに口を開く。
「…高校の時、丸野が紺野に変なこと言ったことも知ってた。俺のせいで、俺が関わるせいで紺野が嫌な目にあったら困るから、俺は…離れてく紺野を引き止められなかった。」
そのことをどうしても謝りたかったのだと賢は言う。
「ずっと後悔してた。紺野が嫌な目にあわないくらい俺がどうにかしたら良かったんだ。」
「そんな…緒崎くんは何も…」
「俺が、嫌だったんだよ。…ずっと気になってて…ごめん。」
「…たしかに、緒崎くんと離れたことは寂しかったけど、高校生活自体は楽しかったし…私が勝手に選んでしまったことだし、逆に私が謝らないと…」
「紺野が悪いことは一つもない。」
そう言いきった賢は、当時を思い出したのか顔を顰める。
「くだらないんだよ、丸野が。」
再び瞳の名前を出した賢だが、心底嫌そうな表情だった。そのせいか、今度は恵もモヤつかなかった。
「だから……俺さ、在学中にスカウトされただろ?」
「?うん。」
「スカウトされた時、はじめは俳優なんて乗り気じゃなかったんだけど…」
「そうだったの?」
確かに言われてみれば、賢はスカウトされたからと言って、進んで俳優になりそうな性格ではなかった。
「あぁ。でも、俳優になって有名になれば、きっと紺野もずっと俺のこと覚えていてくれるだろ?」
「っ!」
そう言う賢の綺麗な黒い瞳が、恵のことを真っ直ぐに見つめる。その瞳に射抜かれ、恵は身体が熱くなるのを感じた。
「今ではこの仕事にやりがいがあるし、楽しいけど、はじめはそんな動機だったんだよ。」
「えっと…それは…」
そんなことを言われると、まるで賢も恵のことが好きだったようではないか。
「だめ、だよ…そんなこと言われると」
言いかけて後ずさる恵の手を取り、賢はぐっと恵に近づく。
「そう、俺も、好きだった。」
「…っ!?」
そして、恵は静かに抱き締められた。
「そんな、冗談…」
「冗談じゃない。」
賢の恵を抱き締める腕に力がこもる。
「ほぼ諦めてたけど…さっきの収録で俺のこと好きだったって…」
「そうだけどそれは、こ、高校の時だけで…っ」
「好きだったんだろ?」
「好…はい、でもそれは過去のことでっ…」
そんなことはない。本当は今も好きだと先程自覚してしまったのだから。
今自分がどのような状況なのか恵は理解が追いつかない。
しかし、なんとか離れようと賢の胸を押す恵のあごを賢の大きな手が捕らえた。
「本当に過去のこと?」
「…っ」
くい、と上を向かされる。
(近いっっ…!!)
鼻と鼻が触れ合いそうな距離に賢の顔があり、耐えきれない恵の顔は噴火寸前で、涙目になっていた。
「ほらその顔…」
そして賢によりその距離さえ埋められてしまう。
「…もう我慢できない。」
そのまま唇が重なった。
ゆっくりと唇が離れ、至近距離で賢と目が合う。
「ねぇ、俺のこと好きでしょ?」
「〜~~~っ!!」
したり顔の賢に、恵は陥落した。
(俳優って、ずるい…っっ!!)
「ね、俺と付き合って。」
□□□
数年後、ある話題で週刊誌やワイドショーはもちきりとなる。
――『緒崎賢、十五年越しの純愛婚!』
fin.
透「俺、いつ戻ればいいかな…」
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現在別の長編も書いていますので、ご興味のある方は作者ページより覗いてみてください♪