アンティリアの美貌
「困った………」
アンティリア=マスカレッドは、自身の16歳の誕生日の前日に自分が何者だったのかを思い出した。
濃紺の瞳に深緑色の絹のような髪、長いまつ毛、スゥッと筋の通った愛らしい鼻の下方にはさくらんぼのように美味しそうでぷるんとした唇。
16歳を目前に控えている年とは思えぬほどの豊満なバスト、キュッと引き締まったウエスト、スカートで見ることはできないが、その内側に秘められているヒップもハリ、弾力、形、全てパーフェクトである。
そんなわけで、これからの人生はひたすらにモテる。
そりゃもう王様、王子様、貴族、魔法使いと引く手数多のモテ具合。
誰しも羨むこの美貌ではあるが、なりたくてなったわけではない。
たまたま両親が整った顔立ちで、その中で一番良いパーツが集まっただけなのだ。
他人から見れば羨望の塊。
本人からすれば、いっその事顔に傷でもつけれやりたいくらいに憎たらしい。
そう、この美貌のせいで苦労することになると彼女は知っている。
何故なら………。
これはR15の洋画の世界なのだから。
『アンティリアの美貌』
結論から言うと、美男美女のデザート盛り合わせの様な作品で鑑賞後は後味が悪い。
中世くらいを何となくイメージさせる世界観の中で魔法もあるファンタジー。
主人公のアンティリアは平民家庭に生まれるが、あまりの美貌に幼い頃から街中の男や人攫いに狙われてしまう。
その中で助けてくれたのは城に使える魔法使いの『ゼブル』。
他人が近づけぬように魔法を施すと16歳の誕生日の迎えに来ると約束をする。
その後ちょくちょく様子を見にやってきつつ、16歳の誕生日当日にもちろん現れるゼブル。彼はアンティリアと結婚しようとするが、それを王に伝える為城に行くとそこで王子が彼女に一目惚れをしてしまうのだ。
なんやかんやで結婚はできず、気がつけば王も王子も高位貴族も彼女を手に入れようとして……。
もうドロッドロの愛憎劇。
結局国が滅びそうになってしまい、責任を感じたアンティリアは自害するという話。
救いなどない。
アンティリアの死を知った魔法使いゼブルも自害。
エンディングは、それを憐れんだ王様が二人の棺を並べ結婚の儀を執り行い埋葬する。
何故こんな鬱々とした映画を撮ろうとしたんだ。
しかし、理解し難い事にこの映画は、有名な映画賞を獲得し『こんなもの子供に見せられるか派』と『こんなに美しい情景や人々の心理描写の表現は至高派』で論争を巻き起こした。
確かにどのシーンも絵画のように美しく、ストーリーも切なくて……悪い映画ではなかった。
特にアンティリアを一途に想い続け、彼女の幸せを最優先に考えていた魔法使いのゼブルは滅茶苦茶格好良かった。
「最悪………」
さて彼女が、鏡を見つめ絶望に打ちひしがれているのはその『アンティリアの美貌』を見たことがあるからだ。
どうやら流行りの転生というものをしてしまったらしい。
流行りに乗って彼女は、本当に何となくそれを観た。
たったそれだけだ。
だが分かる。
このままだと、明日魔法使いゼブルが迎えに来て波乱万丈地獄のモテモテ人生を歩むことになる。
そして、結果若くして自殺しなければいけないくらいに追い詰められるのである。
正直勘弁してほしい。
それに、自害するまでの間に色んな男とベットを共にするのだよこの女は。
若干というかかなり残念なオツムなのだ。
だからといって平民のアンティリアに逃げ場などあるわけもなく、明日にはストーリーが始まってしまう。
万事休す………。
コンコンコン。
とんでもなく絶望していると部屋のドアがノックされた。
「ん?はーい」
「アンティリア、明日の誕生日用にドレスが届いたのだけれど入っても良いかしら?」
母である。
「どうぞ」
中へ招き入れると、母は早速バサリとベッドの上にドレスを広げた。
「………」
「どうかしら?」
いやいや、それが16歳の娘に着せる服か。
大きく胸元と背中が空いたオフショルダーの臙脂色のソレは、マーメイドラインで体にとてもフィットするに違いない。
しかも、要所要所にレースがあしらわれ無駄な透け感もある。スカートの前面はフリルが合わさっているので歩く度に太ももがチラチラ覗くだろう。
はっきり言ってエロい。
映画を観ているときも思ったが、こんなん着て歩くなど襲えと言っているものではないか。
「……逆にお母さんはどう思う?」
「…………えーと……大胆なドレスね」
「お母さんなら着れる?」
「…………んー……位の高い方から頂いたものなら……袖を通さないわけには……ね?」
なるほど、贈ってきたのは変態魔法使いか。
「明日……私はゼブル様に連こ……連れて行かれるんですね」
「そうね。この年齢まで貴女が誰にも拐われず襲われず無事に生きてこれたのはセブル様の魔法のおかげだものね」
「うっ……」
確かにそうなのだ。
齢6歳にして近所の男子共からセクハラを繰り返され、定期的に人攫いに狙われていた日々から解放されたのはこの人格を疑うドレスを贈ってきた魔法使いのお陰。
「アンティリア……16歳はもう成人。結婚できる年齢なの」
「ですよね~……アハハ〜」
この世界では男女ともに16歳で結婚できるようになる。
6歳から10年間も守ってくれて、結婚できる年齢になる誕生日にはヤバいドレスを贈ってきて………。
明日私はゼブルと結婚するんだよと周りから固められている状態だ。
(いやね。確かにゼブルはイケメンで高給取りで性格も良いのよ……若干病んでるけど)
完全なる玉の輿。
そう。普通に結婚できればいいんだけれども。
「ん?」
「どうしたのアンティリア?」
「そうよ!!普通に結婚すればいいんだ!」
「アンティリア?」
「結婚してさっさと子供産んで引きこもれば良くない?」
「え?えぇ……そうね。それが女の幸せじゃないかしら?」
時代背景からの男尊女卑ともとれる古い価値観は仕方ないのだろう。
そんな世界に転生してしまったのだから受け入れるしかない。
(というか、私転生前ってどんなだっけな?)
うっすらと覚えているのは、映画館……。
あれ?
この映画を観た記憶はあるんだけど……。
誰と観たんだっけ……友達だったような、恋人だったような……あれ?一人だっけ。
「うーーーん」
思い出とかも思い出せない。
何か殆ど前世の記憶ない気がするが、きっとこれは神がくれた第二の人生ってやつなのだろう。
割とハードモードな気もするけど、体は健康体っぽいし……うん。悪くないのかもしれない。
ボン・キュッ・ボンの美人だしね。
あんな映画の結末なんかに何かならない。
ハッピーエンドで大団円を目指そうじゃないか!!
「お母さん!!私結婚するわ!!」
「あら!腹をくくったのね!なら幸せにね!」
「もちろんよ!!」
翌日。
「お誕生日おめでとうアンティリア」
「ありがとうお父さんお母さん」
あの正気とは思えないほどエロエロのドレスを身に纏ったアンティリア。
鏡を見て驚愕した。
(匂い立つような色気とはこの事ね。エロスの権化だわ)
正気か?という格好を見て、いつもの色気のないワンピースに着替えたい気持ちになってしまった。
しかし、着てしまったものは仕方が無い。
虎穴に入らずんば虎子を得ずではないが、幸せを掴むためには勇気がいるのだ。
頑張れ私。
「さぁそろそろお迎えが来るよ」
「えぇ……任せて!迎え撃つわ!」
「戦闘じゃないからなアンティリア」
父親が不安そうな顔でそう返す。
それぐらいの気概という意味だ。
コンコン。
来たな。
「どうぞ!」
「失礼する…………っ?!」
現れたのは美形魔法使い。
黒地に金糸の刺繍の入ったマントを身に纏い、気だるげに大人の余裕を孕ませつつこちらを見るが、アンティリアの姿を見て息を飲んだ様子は全く隠せていない。
(貴方が贈りつけてきたドレスなんですけど)
「お久しぶりですゼブル様」
「あ、あぁ……久しいなアンティリア」
おやおや、顔がちょっと赤くなっているぞ変態魔法使いめ。
こんなドレス贈るからじゃないか。
「では、早速行こうか」
「えぇ。因みにどちらに?」
「……まずは王城に」
「ダウトです!!」
「は?」
城に行ったら王子とエンカウントしてしまう。
結婚前に王子に一目惚れされてしまうと大変面倒くさい事になるとアンティリアは知っているのだ。
「王城よりも先にゼブル様の邸宅へ行きましょ!」
「「「アンティリア?!」」」
『何て、はしたない』と母が青くなりながら言っているが、そうではない。
はしたない娘にならないために行くのだ。
(母よ。愛娘が色んな男と寝るような娘になってほしくはないだろう?)
グイッとゼブルの腕を引くと、彼はわかりやすくビクリとした。
(顔が赤い……本当に私が好きなのね)
ならばと、若干胸を寄せつつ上目遣いでゼブルを見上げる。
「?!」
効果はバツグンの様だ。
「今日の私はゼブル様から頂いたドレスで、普段よりも魅力的ですよね?」
「……う……いや、そう……かも……な」
「なら……あまり人前に出たくないのです。ほら、過去のトラウマ的な?」
「トラウマ的な?」
実際にセクハラは受ける人攫いに狙われるという恐怖の日々があったのは事実。
「王城は明日以降にして……今日は2人でお祝いしてほしいです……ダメですか?」
「ぐっ……き、君がそう望むなら、そうしよう」
声色から動揺が隠せてませんよ。
これでゼブルの家に行けばほぼほぼミッションコンプリートではないだろうか?
ストーリー通りに進んでしまうと城で王子に見初められて、城に泊まることになってアンティリアはその夜王子にペロリと食べられてしまうのだから。
歯車はそこから狂い出す。
だから……。
(だから今回はゼブルと…………ん?)
今回は?
何故今そう思ったのだう。
不思議に思いゼブルを見上げると。
(え?)
泣きそうな顔をしてこちらを見下ろしている。
「ゼブル様?」
「あ、あぁいや……うん。では行こうか」
家の外には豪奢な馬車が停まっていた。
ゼブルがアンティリアの為に用意したのだろう。
両親に別れを告げ、アンティリアは馬車の中から差し出される手を取った。
もう戻れない。
カタカタと馬車はゆっくりと進み始めた。
行き先はゼブルの館だ。
「ゼブル様の邸宅へは初めて行きますね」
「そうだな。……本当に……君が我が家へ来てくれるとは夢のようだ……正直舞い上がっているよ」
「えっ……」
ゼブルの全く気持ちを隠さない言葉と視線にアンティリアの心臓は跳ね上がった。
「……ただ」
「はい?」
「君は俺でいいのか?」
「え?」
どういう意味だろうか。
「俺は、王城勤めのただの魔法使いだ。……君なら俺よりももっと高位の……それこそ王子とだって結婚が叶うだろう」
「それは……そうかも知れませんけども……」
他人からすれば酷い自惚れである様な返答だが、アンティリアの魅力ならば実際に可能なのだ。
カタカタと馬車がゆっくりと進んでいる。
シンと静まり返った馬車の中、今なら引き返せるんだとゼブルの目がそう示しているのがわかった。
でも。
「私は……ゼブル様がいいです」
「……王子に会わずともいいのか?」
そりゃあ王子ともなれば、とんでもない美形だ。
実物を見れば心が変わるかもしれないとでもいいたいのだろう。
「……私の……心は……多分変わらないですよ」
「…………あぁ……これは……夢なのだろうか……」
「ゼブル様?」
「君は本当にアンティリアなのか?俺が作り出した都合の良い夢なのではないか?」
「それは……」
『私』は、アンティリア?それとも前世の別人なのだろうか。
ガタン!!
「キャッ!!」
「アンティリア!!」
突然馬車が急停止をした。
倒れかけたアンティリアをゼブルが支える。
ゼブルと距離が近づき、アンティリアは自然と頬をそめた。
(私……ゼブルが好きなんだ……)
自然とそう感じると同時に、不思議な既視感を感じた。
「何事だ!」
ゼブルが御者に強い口調で問うと。
「お、王子殿下ですっ!王子殿下が道を塞いでおります!」
「は?殿下が?!」
(王子殿下?!)
本来なら王城にいるはずの男がなぜここに。
彼は馬車の出入り口近くに寄ると、不躾にガンガンッとドアを叩いた。
「出て来いゼブル!!」
「……アンティリア……行ってくる」
「は、はい」
怒気に任せた様な声に一瞬で体が強張った。
(王子殿下が……怖い……)
近くに王子がいると思うと恐ろしくて堪らなかった。体中の血が引いていくような感覚がする。
「やぁゼブル。今日は王に結婚の報告に行く予定じゃなかったか?こっちの道は自宅方面だろう?」
「その予定でしたが、少し事情が変わりまして、王城はまた後日にすることにしました。そのことはもう魔法で王城に知らせ済みです」
「チッ」
王子は何故か物凄く不機嫌らしく、舌打ちからイライラしている様子がわかる。
「……では、王子殿下。これで失れ」
「馬車の中に女がいるのだろう?」
「…………私の婚約者です」
「おいっ!姿を見せろ無礼者め!!」
「っ?!」
王子の狙いはアンティリアなのだろう。
「王子殿下……彼女はまだ平民です。尊い方の御前に出すのは少々……」
そう、映画で結婚の報告に王城に行った際も、アンティリアは王に謁見していない。
待合室でゼブルが王に報告している間待っていた。
その時にたまたま王子が部屋を間違えてアンティリアと遭遇してしまい、王子に一目惚れされてしまうのだ。
「気にするな……作法などいらぬ。ほら、平民の女!出て来い」
さすがに王子にそう言われて出ない訳にはいかない。
カチャ……。
アンティリアは恐怖を抑え、こわごわと馬車の扉を開けた。
「……あぁ…………美しいな」
「っ?!」
外に出ると、うっとりとした目で王子がこちらを見つめてくる。
その雰囲気が何とも異様で寒気がした。
すると、ゼブルがスッとアンティリアの手を取った。エスコートしてくれるようだ。
その体温のおかけでほんの少しだけ気持ちが落ち着く。
「名を申せ」
「アンティリア=マスカレッドと申します」
「顔を上げろ」
王族の前なのでずっと頭を垂れていたのだが、そう言われては顔をあげないわけにいかない。
顔を上げると……思い切り王子と目があった。
(な……何?何なのその顔……)
王子は何かを物色するようなイヤらしい顔つきで、しばらくアンティリアの顔を見つめると、体全体に舐めるような視線を送ってきた。
(き……気持ち悪い……)
ズキンッ。
「?!」
すると、一瞬だけひどい頭痛がアンティリアを襲うと、フラッシュバックの様に王子との映画のシーンが頭に過ぎった。
薄暗い王城の一室……不躾な王子……平民のアンティリアにとっては王侯貴族は絶対的存在……伸びて来る手を払いのけることなど………………。
それはまるで実体験のようで。
『……ゼブル様……』
(これは映画?……それとも……)
ふらっ……。
「アンティリア?!大丈夫か」
「あ……ゼ……ブル様……」
急に沢山の映像が頭に流れ込み、意識を持っていかれそうになってしまった。
倒れ込みそうになったところをゼブルが優しく支えてくれて助かった。
彼の手は安心する。
「アンティリアといったな?どうした具合でも悪いのか?……ならば、王城に来て休むといい。特別に王族の専属医師の診察を受けさせてやろう」
(それは困る!!王城に行ったら絶対にダメだ)
話している間も、王子はアンティリアから視線を外さない。
王城に連れて行って手を出す気満々なんだろう。
「…………嫌……」
「……大丈夫だ。アンティリア」
アンティリアを支えるゼブルの手に少しだけ力が入る。
吐き出す息と共に王子に聞こえないような声で呟いた声は、ゼブルには聞こえていたらしい。
「殿下、流石に平民の彼女にそのようなことをすれば貴族や民衆の反感を買うでしょう。……アンティリアは私の婚約者です。我が家で面倒を見ます」
「……そうか……ククッ……。なぁアンティリア……贅沢な暮らしがしたくないか?今、俺の手を取れば……一生いい暮らしが出来るぞ?どうだ?」
王子の目的はやはりアンティリアであった。
しかし、2人は初対面のはずだ。それなのに、この執着心はなんなのだろう。
「……わ、私はゼブル様を慕っておりますので……殿下のご提案には応えることができません」
「はっ、そんなものは一時的な感情だ。何せ今までお前の近くに家族以外の男は近づくことすら出来なかったのだから……その魔法使い以外な」
「それは、ゼブル様が私の身を案じて」
ゼブルの魔法がなければ、アンティリアの今はなかっただろう。生きていたかすらもわからない。
「あぁおかげで貴族も王家も誰もお前に近づけなかった……全く……平民の女だというのに」
「ど、どういう意味ですか……」
「殿下、この国は16歳未満の女に手を出すことは法律で禁止されています」
「表向きはな!平民にそんな法が適用されないことは貴族以上には暗黙の了解だ」
それは平民には人権がないと言っていると同意ではないか。
「アンティリア……お前は知らないだろう?お前は幼い頃からずっと狙われていたんだ。俺たち王家や貴族からも、裏で高い懸賞金もかけられている」
「えっ……」
本当に幼い頃からアンティリアという娘の美しさは噂になっていた。そして、それを確かめるために数人の王族や貴族も彼女の姿を覗き見にきていた。
この王子もその一人。
そう、この男はずっと昔からアンティリアを狙っていたのだ。
「だがな。この国で1番の魔法使いのその男が何重にも守護魔法をかけていたせいで誰も手出しができなかった」
(ナニソレ。滅茶苦茶怖いんですけど!!)
「殿下。アンティリアは物ではありません。平民だからといって自分を飾り立てるために利用して良い存在でもありません」
「あー真面目で面倒くさい男だな。他国との外相でその女を連れていれば羨望の眼差しが向けられるだろうな……それはさぞ気持ちいいに違いない。ちゃんと見返りもするさ。何一つ不自由しない生活を保証しよう」
王子は欲にまみれた醜い表情でニタニタと笑いながら話し続ける。
「なぁアンティリア。俺の愛妾になれ」
「い、嫌です!!私はっ……もう絶対にゼブル様と別れたくない!二度と貴方の手に落ちるものですか!!」
「二度と?俺はまだ手を出してはいないぞ?」
「え?……あ、あれ?」
おかしい。何かがおかしい。
記憶が……廻る………頭が痛い……。
痛い……痛い……痛い……。
「うっ……」
「アンティリア!!」
「おい。どうした?本当に具合が悪いのか?」
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『……この映画面白いらしいよ』
『デートでみるのどうなの?』
『ねぇねぇ一緒に行こう』
……………これは……。
『ドキドキする』『可哀想』『いやらしい』『綺麗』『恥ずかしい』『また見よう』
…………これは映画を観た人の記憶……。
そうだ、私は霊体の様な状態で様々な人の精神に乗り移りながらあの世界を漂って……。
『アンティリア!!……あぁやっと……やっと見つけた……』
この声はゼブル様。
温かい……安心する……。
私はあの世界で、色々なものを人々を通して見て聞いて……だから転生したのだと勘違いを………。
『一緒に帰ろう……これからはずっと一緒だ……』
漂っていた私を見つけて助けてくべたのは……あぁ……ゼブル様……お慕いしてます……。
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「……ィリアッ!アンティリア!!」
「……あ……ゼブル様……」
あぁ思い出した。
私は……自害して一度死んだのだ。
あの映画は私がモデルの映画……。作ったのはきっと。
「大丈夫かアンティリア……」
「……ゼブル様が、あの映画を作ったのですね」
「!!」
「ここは……私が死んだ世界……でも何故か生き戻って……時間も巻き戻っているのですね……」
アンティリアは全てを思い出した。
『アンティリアの美貌』という映画は、あの世界とは別のこの世界で起こったノンフィクション作品。
「思い出したのかアンティリア……」
「はい……ゼブル様が私を救ってくれたのですね」
「……救ったつもりなどない……俺が会いたかった……それだけだ」
なんと愛おしい人なのだろう。
「おい!俺がいる前で睦み合うな無礼者ども!」
「……王子……私は貴方の物にはならない!!私は……これからもずっとゼブル様だけの物です!!」
「この生意気な平民風情が!!その美しさに免じて許しておったが、もう許さぬ!!苦しんで死ぬがよい!!」
そう言って王子は腰の剣を抜くとこちらに切りかかってきた。
「っ!!」
カッ!!
しかし、その剣は届くことなくゼブルの魔法防護壁によって阻まれてしまった。
「くそっ!!この反逆者!!お前も死刑だゼブル!!」
血走った目で狂ったように剣を叩きつける王子は正気とは思えない。
「アンティリア……」
「はい」
「俺と向こうの世界で暮らさないか?」
向こうの世界とは……『アンティリアの美貌』という映画を獲ったあの世界の事だとすぐにわかる。
「あちらで……2人で……幸せになろう」
どうせこの世界にいれば、ずっとアンティリアはその身を狙われるに違いない。
ならば。
「はい。喜んで……」
その返事を聞いたゼブルは魔法陣を展開した。
この世界と決別する為の魔法陣である。
それが2人を吸い込むと……この世界から2人の存在が消えた。
「なっ……消えた……」
後に残されたのは王子は、目の前で起こったことが信じらずしばらく呆けていたが、我を取り戻すと怒り狂いながら城に戻っていった。
その後、この世界で2人を見たものはいない。
ただ、のちに『アンティリア』という美貌の女神が『国1番の魔法使い』を別世界に連れて行ったという話が伝承として残った。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。