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花鳥風齧!  作者: 白瀬青
弘徽殿の悪役令嬢
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エンドロール後ひと幕

「いっただっきまーす!」


 金色に熟れた甜瓜まくわうりをよく冷やして櫛型に切る。白い果肉にかぶりつくと、あっさりとした甘い果汁が口中を満たした。残暑厳しい昼間のおやつ、水分補給にはこの薄味の甘い瓜がちょうどいい。

「そういえばこれを」

 ふと思い出したように大きな箱を渡され、開いたトニが仰天する。

 普段使いできる反物のちょっとお洒落なやつがたくさん! トニに服はさほど必要はないが、必要なときに少しづつ市に持っていけば、いい野菜や穀物と交換してもらえる質のものだと教わった。

 特に喜んだのは新しい弓だ。宮中に潜入したときに武士の子と遊んだ練習弓ほどいいものではないにせよ、成長期で最近また腕の伸びたトニに合った大きさ、しかも竹と木の合わせ張りの丈夫ないい弓!

 トニは大きな目をさらに大きく見開いた後、ニカッと笑ってゴキゲンな声で犬君に言った。

「さっすがぼーさんが売ると全然違うな! 毎度ありー!」

 トニが桐壺の下女として働いていたときの着物を売ってくれと頼まれた犬君が、市に出て帰ってきたところなのだった。

 『下女とはいえ、宮廷服だ。あたしたちにとっちゃあとんでもない贅沢品だ。女のこどもで猟師の自分がこんないい着物を売り払おうとしても、どうせ盗品だと決めつけられて安く買い叩かれる。だから僧侶の犬君が代わりに売ってきてくれ』

 そう言われて持って行った服はたちまち高値で売れた。

「似合っていたが、もう着ないのか?」

 犬君は尋ねたが、トニは吹き出しながら

「あんな高級なおべべ、どこに着ていくのさ。盗賊に目をつけられたりしたらそれこそコトだ」

 と答える。

 ならば精一杯高く売りさばいてやろうと、伝手を頼って頑張った。そうめんのときと違って働いた実感のある報酬なのでトニも断りはしなかった。

「犬君こそもう着ないのー? お姫様みてえな十二単!!」

 からかうトニに、犬君は苦笑しながら「それこそどこに着ていくつもりだ」と答えた。

 しかしトニが「いくらで売れるんだろーなー?」とわくわくしているので、それは一応否定しておいた。

「売らないよ。弘徽殿の女御様から下賜された衣だ。なにかあったときのために丁重に保管しておく」

「えー」

 下賜された物品の役立て方など考えも及ばないトニは、不服そうにくちびるをとがらせる。

「やっぱり着るんじゃんー! お姫様みたいな着物!!」

 が、すぐに機嫌を直して、イヒヒと笑いながら犬君を肘でつつく。

「ねー何使うの? 何のときー? 彼氏とチョメチョメするときーィ?」

 こども特有の下品なからかいに、犬君は黙って額をこづいた。

「あっ! そうだ、そろそろあっちの桶の瓜も冷えたんじゃねえかなー」

 トニは肩をすくめて、逃げるように瓜のおかわりを取りに行く。

「食べ過ぎだ。腹を冷やすぞ」

 犬君はあきれた声で言うが止めはしない。


  ◇◇◇


「しっかし今回は派手に処分しなくてよかったんだな!」

 瓜を美味しくすすりながらとんでもないことを言うトニに、犬君は困惑したような声で言った。

「……毎回殺しているわけじゃない。人聞きが悪い」

 そうして犬君は真面目な顔でぼつりとつぶやいた。

「あの口の軽く思い込みの強い女の妄想が高じて、晴朝様に累が及んでは事だったのだ。その前に釘を刺せればなんでもよかった」

「うーん?」

 犬君はときどきよく解らないことを言う。トニは首を傾げ、まあいっかと冷たい果肉を頬張った。

「それよりさ」

 がぶりと瓜の繊維を噛み切り、トニが座った目で犬君を睨み据える。

「あんた、ここまで協力させといてあたしにずっと嘘をついてるだろ?」

 犬君は無表情でトニを見つめ返す。

「なんのことだ?」

 トニも眼力では負けていない。ぐいと膝をよせてさらに睨み上げる。

「字が読めねえガキだと思ってだましてんじゃねえぞ。鳥辺野に吊るしてあった文字、絶対にあんな詩じゃなかっただろ!」

 ふ、と犬君は乾いた笑い声を漏らすと、そっと目を背けた。

「なぜそう思う。字が読めないのなら判るわけがないだろうに」

 するとトニはキュンの手振りをしておどけながら言う。

「あたしもさー。泣ける悲恋の詩っていうから、どんな詩なのか気になってね。桐壺のねーさんにちょっと教えてもらったんだよ。つっても、聞いても説明されても相変わらず文字なんて読めやしねえけど。でも、少なくともこんな形の文字じゃなかったし、文字数じゃなかったと思うんだよなー」

 いつも通りのおちゃらけた言動の中に、不審そうな声音がじわじわとにじみ出す。勘の鋭いこどもだ。

 犬君はそっと梶の葉を懐から取り出した。

 乞巧奠に見立てられた遺体から抜き取ってきた一枚だ。

 そこに書かれた文字に目を細めると、くしゃりと握りつぶした。


「……いや、間違いなかったよ。長恨歌だ」



   ◇◇◇


「犬君か。みんなあんなのを恐れるなんてどうかしてるよ。推理はざる、呪より物理で殴ったほうが早い、皮肉屋に見えて権力には逆らえない。やだなあ、野良陰陽師って。あんな大人にはなりたくないよ。――聞いてほしかったのはそこなんだけどなあ」

 残念、と。水干の肩をすくめて少年が笑う。菊結びの胸紐が揺れ、花と共に高く結い上げられた片みずらから流れ落ちる長い黒髪の先がさらりと弧を描く。

 手のひらに乗せた折り紙の鶴を小さなくちびるが吹き飛ばすと、少年の座っていた楼閣の下から爆風が吹き上がった。

 羅城門はたちまち血と悲鳴の海になる。



◾️花鳥風齧 弘徽殿の悪役令嬢編 ・完◾️

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