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花鳥風齧!  作者: 白瀬青
弘徽殿の悪役令嬢
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真解決編・14

 白銀の髪の蔵人が、頭から袿を被いた女房を抱えて退出しようとしている。女房は顔が見えないまでもたたずまいと髪に美しさがにじみ出ていたが、体躯はやや大きく、細身の蔵人には重荷に見える。

 用意された牛車を見て、女房装束姿のままの犬君は、自分を抱え上げる男の胸を押した。

「私は牛車に乗れるような身分にはございませぬゆえ」

 しかし晴朝は犬君が暴れないようにますます膝を抱え上げる手に力を籠めて、牛車の中へと押し込めてしまう。

「今のお前は女御付きの女房だ。歩いて帰らせるわけにはいかないよ」

 そうして自分もすかさず乗り込むと、晴朝は「さて」と声を落とした。

 柔和な美貌に浮かぶ、人好きのするほがらかな笑顔。しかし間近に寄せられた瞳は笑っていない。

「殊勝なふりをして尋問を逃れようと思ったんだろうが、そんな顔をしても俺は騙せないよ、()()

 言い終わるか否かで手刀が飛んだ。一瞬のためらいもなく首をめがけて飛んでくる犬君の手を、晴朝は涼しい顔で掌に受け止める。そのまま手首をつかんで返す。抑え込んでいる合間にも左の拳が頬に飛んでくるので、それを避けてねじり伏せた。反射的に跳ね上げようとした膝は既に相手の膝で抑え込まれている。思わず真言を唱えようとする犬君のくちびるをくちびるで塞いで御簾がかかったままの物見窓に押しつけると、さすがに牛車が大きく揺れた。

「いかがなさいましたか」

 強い振動に、牛飼童があわててすっ飛んでくる。牛飼童が中を確かめる前に、晴朝が牛車の外に向かって、殊更明るい声を出した。

「大事ない。少しよろめいただけだ。疲れてるのかな」

 冗談めかしながら、晴朝はいまだに女物を着たままの犬君の両手を裳の前紐で縛り上げ、手のひらで口を押さえる。

「そう、そのままお座りしていようね。いいこだ」

 そうして隣に座り直した晴朝は、優雅に笛を取り出しながら優しく微笑んだ。

「次やったらこれで強制的に意識を落とす。もちろんお前が呪を唱えるよりも早い」

 犬君は晴朝をぎりりとにらみつけた。

「あなたという人はーー」

 ああ、最悪だ。

 女房達は彼氏が迎えに来て安心だと喜んでいたが、何が安心なものか。犬君にとって最悪最凶の主人、目立つ見かけを和らげるために培われた性格だとはいえ、最悪の猫かぶり。

 そこで「ああそうだ」と乞巧奠での主の姿を思い出して悪態をつく。

「あなたこそなんなんですあのザマは。あざとすぎてまったく演技になっていませんでしたよ、あなた。何をやっているんだろうと思っていました。かえって恥ずかしいので徹底的に他人のふりをさせていただきましたが」

 無駄だと思っているので抵抗はしないがふてぶてしい犬君の態度に、晴朝は「お前な……」と言いかけてやめた。

「他人のふりどころか思いっきり関係バレてたじゃねえか!」

 犬君は目をすがめ、舌打ちをした。

 身分の違いがありすぎて、普段「隠す」ということに慣れていない二人である。うかつすぎて全然隠せていないことに関しては、どっちもどっちの泥仕合だった。

「まあしかし、お前らしくもないうかつだよ。ツゲヒメと名乗って俺が気づかないとでも思ったのか」

 犬君は深くため息をついた。

「……女御様からどうしてもと賜った名なのです。理由も言えず拒むわけにはまいりますまい」

 予想外も予想外だったのだ。まさか本来の主人である晴朝が与えた偽名と、弘徽殿の与えた女房名が一致してしまうだなんて。だからやんわりと「女の名は嫌だ」と進言して他の名前に変えてもらおうと思ったのに。

 晴朝は至近距離で組み伏せたまま、はあとため息をつく。

 どうも威厳が決まらない。これは尋問だ。主従の関係をしっかりと持って尋問するのだと晴朝は内心繰り返すと、精一杯厳粛な表情を取り繕って、どんと犬君の頬の真横に手を突いた。

「……さて、触穢忌避を命じた桐壺はともかくとしよう。なぜ無関係の弘徽殿の女御を貶めた?」

 犬君は無表情で顔を見上げると、「はて」と首を傾げた。

「何のことでございましょう」

 そのまるで記憶にないかのような見事なすっとぼけっぷり!

 晴朝はピクと頬を引きつらせて言う。

「こやつめハハハとでも言うべきかな」

 そして改めて問いかけた。

「流言は、お前の式神の仕業なんだろう」

 尋問という形式は取っているが語尾に疑問符すらつかないまっすぐな断定。犬君はしれっと答える。

「証拠がございますか?」

 晴朝の顔に強い嫌悪の色が浮かぶ。

 犬君は桐壺の更衣とはともかく、弘徽殿の女御とは面識がないはずだ。しかも今回は厚くもてなしてもらってすらいる。

 なのになぜ宮中に忍ばせた女房姿の式神に酷い流言を流させて平気な顔をしていられたのか。そう思うと、平然とした犬君の姿を見るたびに、せりあがる吐き気のようなものが喉につかえた。

「証拠? なければ吐くまで問い質すまでだ」

 怒りを露わにする晴朝の顔を間近に見、犬君はため息をついて目を閉じた。

「……後宮というものは女の嫉妬に満ちていて、醜聞を聞きつければ喜んで利用するものと思うておりました。桐壺に惚れ込んでかばう弘徽殿の女御などまったくの予想外にございます」

 偏見だらけの愚痴をため息交じりに吐き出す犬君に、晴朝が心底嫌そうに顔を歪める。

「嘘だろ……最初からお前の潜入目的は桐壺の更衣への牽制だったってのか」

 晴朝はひときわ大きなため息と共に天を仰いだ。


「俺には(お前)が一番恐ろしいよ、犬君」

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