真解決編・10
「……まあ、正直なことを言えば、本当にここまで大事になるつもりじゃなかったのさ。病の者が宮中にいては困るのは確かだし、僕が共犯ならば、君が頑張って推理したようなトンデモ……大掛かりなからくりで遺体を生きているように見せる必要すらなかったからね」
梨壺は犬君が落書きした七殿五舎の地図を拾い上げて、梨壺の位置に指を当てる。
「梨壺は歴史上、東宮や東宮の妃に使われることが多かった殿舎だ」
ついっと紙面で指をすべらせると、渡り廊下ひとつで後宮から出られることが可視化される。
「だから弘徽殿が帝の寝室である清涼殿に最も近い殿舎ならば、梨壺のほうは宮中の政治の場に――具体的には渡り廊下ひとつ挟んで、祭祀や書類伝達を司る内侍《女官》たちの詰所に直結している」
梨壺はいったん顎に手を当てて考えた後、今度は梨壺の殿舎を挟んだ対岸へと指を滑らせる。
「そしてもう一方のお隣さんはこの桐壺だ」
とん、と長い指が桐壺の位置を叩く。
「桐壺の更衣はその夜、生きている女房だけを伴って普通に清涼殿に向かった。その間に桐壺に残った女房たちを内侍が指示して女童たちを移動させる。――これが本当の、僕の出した指示だ」
そのあとは桐壺の嘘と同じだ。口の固い側近たちに話を通し、桐壺の義兄に引き渡して牛車で運んでもらう。偽装のための牛車は一台しか出せなかっただろうから、こどもだとはいえ車内は鮨詰めで、すでに死んでいる子の手足ははみ出していたのだろう。であれば、「その夜不審な牛車があって、それに乗った幽霊はこちらに手招きをしているのだった」「恐ろしい雰囲気の牛車と行き交った直後に熱を出すなど、まるで百鬼夜行のようだ」という第三者の目撃証言とも一致する。
犬君の推理の正誤をひと通り確認し終わると、梨壺は目を細めて顎に手をやった。
「――そうなると、謎はいくつも残っている。どうしてこうなったのかなんて、僕のほうが聞きたいくらいだ」
「謎……ですか?」
都合の悪いことを白状してしまえば、元の好奇心が顔を顕す梨壺に、犬君が気の進まない声を出す。
「しらばっくれるな。あるだろう。謎だらけだ」
パン、と梨壺が扇を手のひらで叩いた。
「例えば――今思いつくだけでも二点!
秘密裏に実家に帰せという僕たちの命令を破って女の遺体を弄ぶ真似をしたのはどいつなのか。
そもそも女童が死んでいないなら、乞巧奠の飾りにされた童は何者なのか」




