真解決編・9
「ん、何?」
梨壺が軽く答える。
「……つまり、あなた様はそのようなことのために嘘を重ね、兄上様の妃もご自身の夫をも謀り、ついには病気の童たちを宮中から追い出すのに加担したと、そういうことですね?」
思わず厳しく糾弾するようになる口調に、梨壺が皮肉げに口角を上げた。
「僕の立場にとっては『そんなこと』」ではないが、せいぜい受領階級の召人などに話したとて解るまいよ」
それに、と梨壺は目を細め、トニに目配せをする。
「女童は結果的に、早い里帰りのおかげで命を救われたんだろう? 僥倖じゃないか。……なあ、山吹チャン?」
トニは梨壺の猫なで声を胡乱そうに聞きながらも、大きくうなずいた。
「結果的にはな。しかし人騒がせな姫さんだぜ」
犬君はトニのあきれた声に畳み掛けるように言う。
「結果が違っておれば、もっと大事でございました。桐壺の更衣様が倒れた呪詛の自作自演もあなた様にしかできないことでございましょう? 土御門の陰陽師をこんな茶番に付き合わせるなど」
梨壺はそんなことないよとばかりに肩をすくめる。
「それが今やそうでもないのさ。今、陰陽寮を一番私物化しているのは藤原の奴らだろう」
犬君は淡々と、しかし命令者は梨壺だという事実は断固確定のまま言う。
「私は警告いたしましたよ。これは、土御門家の者の呪詛のやり方――宮様のあなたにしかこんな茶番にはつきあわせることができない陰陽道の名家・土御門家の仕業だと」
そして梨壺に渡し損ねた返歌の文をそっと差し出す。
「弘徽殿の新入りのことなどどうでも良かったが、証言者にするにはうってつけだと思った。なので私を歌合せに誘ったのですね。そして時間合わせのためにわざわざ早朝の弘徽殿まで足を運んで御手づから文を渡されたーーそうですね? ……公家の女は少しでも気があればもったいぶって時間をかけた歌を詠み出しますが、初めから戯れと知れておれば歌は当意即妙に返すものです。折り返し文を書いて梨壺に向かえば、梨壺のお隣様である桐壺の騒ぎの目撃者にできる」
「心外だな」
犬君の推理を聞きながら、梨壺は皮肉げに笑った。
文はふたりの膝の間に置かれたままだ。梨壺はもはや手を出すそぶりもしない。
「僕は多情だが、好きと言った言葉に嘘はただの一度も無いよ」
魅惑的な低い声が歌うようにささやいた。
しかしその感情が「面白い女だと思ったのは本当だ」程度の話であり、もう興味を失っていることは、置いたままの文で察せる。
「ええ。重々承知しておりまする。兄上様のことも真実、政略結婚ではなく本当に好きでいらっしゃるのでしょう」
唐突に夫の話題を持ち出されて梨壺が不愉快そうにため息をつく。
「どうしてそうなる?」
話を逸らされたと思われたのだろう。犬君は首を振る。
「ああ、私は関係ない茶々入れをしているわけではないのです。私に文を渡すため以外でも恒常的に『晴れの日には理由もなく弘徽殿の前をうろついている』と、女御様はお怒りでした。思えばあれは、愛する夫君の蹴鞠を見たかったからなのだなとほほえましく思いまして」
蹴鞠にご執心の東宮は、晴れた日には毎朝早朝から友人の公卿を誘って練習に精を出している。弘徽殿は清涼殿に最も近い殿舎。弘徽殿の前からなら、清涼殿の中庭で蹴鞠をしてはしゃいでいる東宮たちの姿がよく見える。
ここで初めて梨壺がぐっと言葉に詰まった。気まずそうな表情を察せない桐壺が、楽しい恋話だと思って食いついてくる。
「あっ! そういうことだったんですか!? わたしもずっと不思議に思ってたんです。宮様が昼間わたしの部屋に遊びに来るときはいつもお天気が悪いの、なぜかしらって」
ぽんと手を叩いて納得する桐壺を横目に、梨壺は顔を手で覆いながらため息をついた。
「……いい加減にしろ」




