真解決編・6
「夜、君たちが逢っている帝こそが僕で、昼間政の場に立ち会っているのは正しく兄帝様だということだよ。……どうしても体調の都合があるから、まったく一度も逆がないとは言い切れないが」
梨壺の発言に、弘徽殿はあぜんと口を開けたまま声も出ない。
「つまり偽りの帝が政務を脅かしているわけではない」
梨壺は言って肩をすくめた。
「これなら問題はないだろう?」
梨壺の言い分を弘徽殿は衝撃のあまりわなわなと震えながら黙って聞いていたが、突如ハッと顔を上げるとタメの効いた大音量を響かせて叫んだ。
「あるわよ! 問題ありありよ!!」
朝議の決定さえしなければ体調次第で帝と妹が入れ替わっていいなんてそんなわけがあるか!
第一、体の弱い帝の身代わりを務めるのが「夜」である意図も解らない。それは女体の梨壺には最も入れ替わる意味がない役目ではないか。
「弱っていても男の性欲は別物だ、なんなら死の際ほど高まると、俗には言うものだがね、」
ため息をつきながら梨壺がつぶやいた。
「実際には性欲だって体力と体調の余裕があってのものだ。最近の兄帝様は昼の仕事をすれば、夜はとてもそんなお気持ちにはなられない。たまに女を抱きたいと思うようなときは一ヶ月に数度あれば良い方……それもやっとやる気が出たかと思えば麗景殿麗景殿と……あの方が元服の夜に初めて抱いた麗景殿にばかり固執する有様だ。あれがそんなにいい女かね」
弘徽殿があっと声を上げた。
弘徽殿の女御はずっと、麗景殿は冷遇されて音楽にのめりこんでいるのだと思っていた。初めての添い臥しの相手である麗景殿は帝より年上で、今ではすっかり高齢になってしまったから御渡りが一か月に一度あるかないかの頻度に落ち込んでいるのだと。
違うのだ。あれこそが「本物」の御渡りだったのだ。
帝は初めて迎えた妻だけをずっと愛していて、しかし身体が虚弱なために激務の中では一か月に一度しか逢いに行くことができなかった。そのわずかの気力を振り絞って、振り絞れるときには必ず、愛しい麗景殿に誠意を見せていたのだ。
(じゃあ……、じゃあ……、わたくしがお仕えしていた夜の主上は……?)
たちまち血の気が引いていく弘徽殿の前で、説明は続く。
「それは美しい初恋だが、しかし帝がひとりの女しか抱かないというのは困ったことなのだ。後宮の秩序が乱れてしまう。君たちの父親にも面目が立たない。ーーそこで僕は夜に入れ替わり、閨を擬装する妃をふたり選ぶことにした。ひとりは想い人がいるにもかかわらず突然左大臣の養子にされて後宮に押し込まれた桐壺の更衣。もうひとりは女のほうが好きなことがダダ漏れな右大臣家自慢の才媛、弘徽殿の女御。……つまり君たちだ」
扇でびしりと指さされた弘徽殿の真顔に冷や汗がにじむ。
「他の后妃が可哀想だからといって全員に手を出せば必ずボロが出るからな。右大臣家と左大臣家の自慢の駒が君たちで助かった」
梨壺はニッと笑う。
「弘徽殿にはバレてもいい共犯になれると思ったし、桐壺は身辺を調べたらここに来る前に好きな男がいることが判明したので初夜に取引をした」
そして、「つまりこういう契約だ」と明かした。
「君に好きな人がいることは問題がない。入内する女にはたまにあることだ。決して手を出さないと誓うならば、密かに慕う気持ちまで禁止するつもりはない――その代わり君は僕の正体を決して人には明かしてはならないよ。そして例え源氏物語のように後宮のすべてから憎まれようとも『帝』から一身に寵愛を受けているふりをし続けてくれ、そうすれば僕も君の密かな恋のためになんでもすると約束すると」




