真解決編・4
にやりと口角を上げた梨壺が、試すようにじっと犬君の顔を見つめている。
散々焦らすような間を置いた後、面白そうにくっと笑った梨壺の答えは否定だった。
「違うよ」
その言葉に弘徽殿はほっと胸を撫でおろす。
「そうよ、そうよね。ありえないわよ。さすがに謝りなさい。よりにもよって主上がそんなとりかえばやみたいなこと――」
自分に言い聞かせるように、犬君をたしなめるようにしゃべりだす弘徽殿を遮るように、梨壺がふっと笑いを止めて言う。
「しかし、かなり惜しいところを突かれた」
え。弘徽殿のくちびるが声もなく動く。
梨壺は肩をすくめていっそ清々しく笑うと、ざっくばらんとした言い方で犬君に問いかけた。
「どこから気づいていた?」
その言葉に、弘徽殿の目がたちまち見開かれる。
気づいていた? 気づいていたなんて、まるで犬君の荒唐無稽な仮説が正しいみたいな、そんな言い方――。
犬君のほうは落ち着き払って冷静に答えている。
「乞巧奠の歌合せでございます。自分が煽ったことですので初めは違和感がなかったのですが、妃同士の間柄ならば互いの直属の女官の名前まで把握している必要はないはずです」
梨壺はふっと笑い、目を逸らした。
「君たちは声が大きすぎるんだ。もう少し慎め。……ま、それで几帳のこちらまで会話が聞こえてきていた。君の名はそれで知った。本当だよ」
犬君は信用しがたいというようにふっと目を細める。
「確かにあのとき、梨壺の宮様は私たちがこそこそとおしゃべりしている漢詩まで覚えていらっしゃいました」
犬君は相槌を打ち、それから間を置いてもう一度問う。
「しかし、まことにまことでございますか?」
梨壺は犬君を見つめ返し、それからふっと笑みを漏らした。
「本当だよ」
そして膝を崩し、面白がるように首を傾げて犬君を見る。
「他に無いの?」
弘徽殿の女御があんぐりと口を開けた。
「なによその言い方は……まるで主上とあなたがとりかえばやしてるみたいじゃないの……」
違うよって言ったのは何だったのだ。この会話は何なのだ。
正直、弘徽殿には心当たりがあった。帝は美しく心優しい人だが、生まれつき身体が弱いのだ。
しかしとりかえばやのように活発な梨壺のほうが男の仕事に向いているとしても、入れ替えて良いわけがない。話はいち貴族ではなく天下の主上なのだ。唐と違って、この国では女性の梨壺にだって継承権はある。そのときが今でないならばなおのこと、順序を入れ替えるなどあってはならないことだ。「健康な梨壺のほうが向いているよね」程度の人間の勝手な裏工作で皇位継承をねじまげていいわけがない。
梨壺は「うん」とたいした秘密でもなさそうにうなずいて、「だから帝は僕じゃないんだって。帝は帝、兄帝様に決まってるじゃないか。……ただ、」
「時と場合によっては僕が秘密裏に入れ替わって政務を行っていることも、ある。――という話だ」




