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花鳥風齧!  作者: 白瀬青
弘徽殿の悪役令嬢
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真解決編・2

「季節外れですけどちょうど食べたくての子餅を作っていただいてたの。どうぞお召し上がって」

 突然乱入してきたこどもに、桐壺がほほえましそうに頬をほころばせる。そして傍にいた女房に耳打ちしてゴマ色の餅を運ばせた。

 本来は10月の炉開きで火の安全を祈って食べるお菓子だが、突然思い出して食べたくなる気持ちは解る。豆・胡麻・栗・柿を練り込んだやわらかな餅は嫌いな人も少ないだろう。

「やんごとなき皆様の前では、季節外れのお餅が食べたいなんて恥ずかしくて言えなかったの。一緒に食べてくださる?」

 いのししをかたどった丸く黒い餅を差し出され、トニはたちまち目を輝かせた。

「猪の子! ウリボウのことか! こんな可愛くて美味いウリボウは山にはいねえな!!」

 市井では、甘味を一度も口にすることなく死ぬ者がほとんどだ。トニは初めて目にする菓子に大変興奮している。勢い余って山の子だと包み隠さないことを口走るので、犬君が隣でそっと咳払いした。

「トニ……いや、山吹」

 宮中に潜入するにあたって、自分の本名もよくわかっていない彼女の通称として与えた名前だ。

 トニも聞き慣れない偽名で呼ばれて、それでようやく今の自分の立場を思い出した。気まずそうに頭をかきながら座り直す。

「あ、ごめん。興奮した」

 トニは想像しうる限りお行儀よく座った。そしてできる限りしおらしく手を出し、懐紙に乗せた猪子餅を受け取った。が、次の瞬間、大口でかぷりと猪子餅にかぶりつくトニを見た犬君は頭を抱えた。

「おいしい!!」

 しかしトニの無作法はまだ童なので特に気にも留めずに受け流され、ただ未知のお菓子に満面の笑顔で興奮するこどものふくふくとした顔に、皆がつられて嬉しそうな笑顔になるのだった。

「そう? よかった。柿と栗がまだ手に入らなかったので、手に入る木の実と干し芋で代用していただいたのだけど、おかしくはないかしら?」

 桐壺はトニの汚れた口許を拭きながら、どうかしら?と優しく首を傾げる。

「おかしくはない! おいしい!」

 トニはぶんぶんうなずいて美味しいを繰り返す。

 それを見た弘徽殿が、「ちょっと!」と声を上げる。ああ、さすがに弘徽殿の力で出仕させた子が露骨に礼儀のなっていない下々の子なのはまずい。文句のひとつも言われるかと犬君は覚悟を決めたが、弘徽殿が文句を言ったのは桐壺に対してだった。

「いつ、わたくしが初秋の猪子餅を恥ずかしいなどと言いましたの!? わたくしも欲しいです!」

「え」

 桐壺の顔に驚きと喜びが充ちていく。

「い、猪子餅、召し上がっていただけるのですか? 弘徽殿の女御様が?」

 ええ、と弘徽殿がうなずく。

「もちろんよ! どうして逆に、こんな美味しそうなものを隠していたの? わたくしも猪子餅が好き!」

 弘徽殿がどんと自分の胸を叩く。ぐう、とおなかが鳴った。

 体面を繕わない弘徽殿の力説に、ふふ、と桐壺のくちびるから笑いがこぼれる。

 あきれたようにつぶやいたのは梨壺だ。

「また君は! 事件の犯人だと疑っておきながら、その桐壺の出す菓子が欲しいだと!?」

 あら、と弘徽殿は嬉しそうに桐壺の手から猪子餅を受け取りながら満面の笑顔で振り返る。

「わたくしはまだ、桐壺が犯人だとは納得していなくてよ」

 猪を象った可愛らしいお菓子の胴にさくりと黒文字の楊枝を突き立て、弘徽殿は言った。そのまま餅を真二つに割ると、もぐもぐと頬をふくらませているトニの手に片方を分けてやりながら、弘徽殿はにっこりと微笑む。


「ね。犬君が嘘つきって、どういうこと?」

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