解決編・15
犬君は両手をついて桐壺に一礼し、にっこりと微笑みながら顔を上げた。
「桐壺の更衣様の御言葉、まさしく私めの推理と寸分違わず同じにございました。勇気を出して告白していただき、誠にかたじけのうございました」
桐壺の更衣はそれを聞いてふっと緊張が解けたかのようにくずおれた。倒れ込む桐壺を見て、傍に控えていた女房達があわてて駆け寄って抱き留める。
ひとりだけ納得がいかないというように呆然としているのは弘徽殿の女御だ。
「どうして……?」
弘徽殿はここに来て初めて桐壺を責めるようにつぶやいた。
「どうしてそんなことをしたの。乞巧奠なんてたいした行事じゃないじゃない」
桐壺は答えない。ただ、唇を噛みしめてうつむいている。
「ええ。弘徽殿の女御様がそうおっしゃるのなら、そうなのでしょう。乞巧奠は朝廷にとってさほど重要度の高い行事ではない。少し体調が悪いなら休んでしまえ。その程度の宴でございます」
言いながら犬君が立ち上がった。
「……しかし桐壺の更衣様にとっては、そうではなかったのです」
犬君はすたすたと桐壺の前へ歩いていく。
「え」
それはどういう意味? 犬君の背で揺れる裳を見つめながら、弘徽殿はあっけにとられていた。その言葉にも、主の命令を無視して桐壺に近よろうとする行為にも。
戸惑う弘徽殿をよそに、犬君は桐壺の前に向き合って座ると、両手をついて一礼した。ゆっくりと顔を上げていく途中で、倒れ込んだまま抱き起されていて目線が低くなっている桐壺と目が合う。その瞳をまっすぐに見つめて、犬君は勝ち誇ったように微笑んだ。
「改めまして初にお目にかかります。私は紀晴朝の召人、犬君と申します」
他家の主に対してなんという挑発的な笑顔だろう。弘徽殿は「待って」とあわてて叫ぶ。わけもなく手に冷汗がにじむ。
しかしそれにしても、その直後の桐壺の表情の変化が信じられない。
顔色がさっと変わった。目つきが変わった。
いつ如何なるときもおっとりとして清楚な、その顔が。
般若のように怒りを湛えて歪み、まばたきもしない大きな瞳がただただ犬君を睨み据えている。
にらみ合いは、犬君が引いたかのように見えた。犬君のほうからそっと目線を伏せ、膝で数歩退いた。しかし扇の隙間からちらりと見えた唇に、弘徽殿ははッとする。
微笑っていたのだ。そのくちびるは。ようやく果たした何かに笑いが止まらないとばかりに。
え。
今のは何?
呆然と見上げている弘徽殿に、犬君は慇懃に一礼する。
「――そういうことにございます。それでは役目を終えましたので私はこれで」
立ち去ろうとする犬君に、弘徽殿は数歩分あっけにとられた後、はッと我に返った。
「ま、待ってよ!!」
ダン!と床を叩き、弘徽殿は犬君の裳裾を掴んで引き留める。
「そういうことってどういうこと!? 全然話がつかめないんだけど!? えっ何!?」
混乱して叫ぶ弘徽殿に首を振り、梨壺が優しく肩を叩いた。
「……いや、今のは、察しが鈍い君が悪い。それ以上聞いてはいけない」
なんでなんで?
この話はどこからどこまでもおかしい。
混乱する弘徽殿はきッと梨壺をにらみつけ、その腕を強く振り払った。
「なんでよッッ!?」
全力で叫んだ。
――そのときだった。
部屋の前の廊下に見慣れない淡い黄色が走った。
えっ?と二度見すると、それは山吹色の細長を着た十歳ほどの女童なのだった。どこから来たのかときょとんとする一同の前で、山吹色の童女はカッと大きな目を見開き、拳を握りしめて叫んだ。
「犬君の、嘘つきーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
◇一ヶ月のお休みをいただき、次回「真・解決編・1」は6月13日(金)更新とさせていただきます◇




