解決編・11
「桐壺の更衣は困りました。自分の殿舎の周りの仕事をしていた女童がどんどん死の熱病で死んでいく。このままにはしておけません。しかも、数日後には乞巧奠の宴がありました。桐壺から死者が出るということはすなわち穢れに触れること。これが露見すれば桐壺の更衣は乞巧奠の行事に参列することができないのです」
そこで、と犬君は言葉を切り、一同を眺めてから、桐壺の更衣の顔にぴたりと視線を合わせた。
「あなた様はこっそりと、熱に倒れた女童の遺体を内裏の外に搬出して捨てることにしました。夜のうちに内裏の外まで出せば、後は偶然そこを通りかかったふりをして義兄様が女童たちの遺体を回収してくれます。事前に打ち合わせてそういう手筈を整えました。……ところがですよ。桐壺の更衣様御兄妹は、裳瘡がどういう病かについてあまり深く御存知ではなかった。疱瘡のかさぶたに触れれば高い確率で感染する病です。無論尊い身分の義兄様のことですから、まさかご自分で病人を抱いて牛車に載せたとは思えません。しかし、大方の仕事は下男に任せたとしても、なんらかのはずみで女童と接触すれば……あるいは義兄様御本人も近日中に同じ牛車を使うのであれば同じこと……先に申し上げましたでしょう? 行き合うと熱病にかかるとされる百鬼夜行の正体は、熱で公には物忌しているはずなのにこそこそと夜に女に逢いに行く病人を載せた怪しい牛車とすれ違うことが原因の感染ではあるまいかと。ましてや『原因』が同じ牛車の中に乗っていれば、疫鬼からは逃れられませぬ」
桐壺の更衣は無表情で犬君を見つめている。
「利害の一致した義理の妹を助けるために、哀れ、義兄様は裳瘡と思しき熱病で長らく仕事を休むこととなってしまいました。これが、桐壺の更衣の義兄様が牛車で出くわしたとされる『百鬼夜行』の真相です」
犬君から目を逸らさない。しかし反論も怒りもしない桐壺を見つめ、耐えかねたように口を開いたのは梨壺だ。
「憶測で桐壺兄妹を愚弄することなど誰にでもできる。問題は、非力な桐壺が後宮の最奥からどうやって、誰にも見咎められずに女童の遺体を搬出したかだ」
梨壺の視線がまっすぐに犬君の目を射抜く。
「まさかそれを考えずに桐壺を糾弾したなどとは言うまいな?」
犬君は大きく深くうなずいた。
「はい、もちろん」
そして犬君はぐるりと一堂の顔を見回し、「ところで!」と笑顔を向ける。
「ところで皆様におかれましては、殭屍というものを御存知でしょうか?」