解決編・10
「無論、桐壺は病の危険性が高く、他の殿舎ならば大丈夫だというわけではありません。単に確立の問題にございます」
犬君は説明の前提が共有できたとみると、話を本題へと進めていく。
「したがって桐壺でなくてもよくあることではあるのですが、乞巧奠を前にしたある日、桐壺では熱で倒れるこどもたちが続出しました。病はおそらく、烏によって路地から運ばれてきた裳瘡の感染者の遺体の一部によって、同じく裳瘡に感染したものと推測いたします。ちょうど都では、比較的軽度の裳瘡が流行っておるのです。軽度とはいえど一度感染したことのある大人ならば比較的軽症で済むが、こどもには命の危険もある病です」
犬君はそう推論した。
「それはまた根拠のない暴論だな」
梨壺はあきれたように言う。
「烏による触穢というのは憶測でございますが、桐壺で複数の女童が発熱を訴えていた噂があることは調査済みです。そしておそらく、その子達と思しき女童が数名、百鬼夜行の騒動以来出仕していないことも」
犬君の報告を聞き、梨壺が嘲るように叫んだ。
「噂!」
ハッと小馬鹿にしたような笑いを含んで、梨壺が両手を挙げる。
「さっきまでいかに宮中の噂が馬鹿馬鹿しいものかという話をした後で、根拠が噂。恐れ入るね」
梨壺の言うことは解る。ここまで全て、誰かから聞いた話からの憶測でしかない筋立てだ。そもそも噂が信用できないとなれば前提から怪しい。
「宮様のおっしゃることは当然でございます……」
犬君はうなずき、弘徽殿に言っても良いかの確認のように目を合わせる。弘徽殿がうなずき、自ら明かした。
「だから失踪した女童と鳥辺野に吊るされた女童の素性を明らかにするために、犬君の知り合いの信頼できる女童をひとり、失踪騒ぎで空いたところに潜り込ませたのよ。彼女はここに来る前に失踪した女童の行方を調べてから、犬君の渡した書状を衛士に示して内裏に入ったの。百鬼夜行の夜から出仕していない女童と、発熱を訴えていた女童の名前の記録は一致。これなら確たる証拠になる?」
梨壺は鼻で笑った。
「また表に出せないことをコソコソと……いい加減にしたまえ。なぜそいつが信用に足ると思った? 君が裏の手を使って忍び込ませた手下だろ。君の都合の良いように証言するに決まってる」
犬君が困ったように微笑んだ。
「どうしても信じてはいただけないのですね。ではこの話はここまでにいたします」
そこに内侍がさっと口を挟んだ。
「必要でございましたら、朝廷の記録から病で休んでいる者の名を提出いたしますが?」
梨壺が信じられないというように目を丸くした。そして頭をくしゃくしゃと掻き回すと、大きなため息混じりに言う。
「……いい。続けろ」




