解決編・5
内侍はもう一度「そうですねぇ」と考えて、梨壺のほうに視線を向ける。
「ただ、弘徽殿はともかく――歌詠みの実感としては桐壺は悲恋の象徴ではありません? 桐壺の作中歌から本歌取りしようとなると、悲恋の歌を詠むのが定石かと」
内侍に話を向けられた梨壺は天井を仰いでうーんとうなった。「それはそう……でもある、が」などと梨壺にしてはキレの悪いひとりごとをつぶやいた後、ぶんと首を振る。
「……いや、でもそれはやはり歌のお題だからだよ、内侍。しかも本歌取りなら連想じゃなくて源氏物語そのものじゃないか。創作が創作に影響されるなら構わない。ただ、今君が話していたのは創作物の舞台とはいえ、後宮は僕たちの家で、職場で、現実の生活そのものだという話だろう。――であれば、常に実在する殿舎の后妃候補に色をつけるような無礼な女房はそうそういないと思うんだ。話を逸らすな、内侍」
「だからこの話は終わりだ終わり!」とやや強引に結論付けようとして梨壺が手を叩く。
瞬間、彼女にしてはずっと耐えていた弘徽殿がここに来てようやく絶叫した。
「いるから言ってんのよ!!!!!」
さすがの梨壺と薄夜の内侍もびくりと肩を跳ねさせて弘徽殿の女御のほうを見る。
「なによなによ! 全部わたくしの被害妄想のせいにするおつもりなの!? 今までのこれが全部わたくしの自意識過剰だと!?」
弘徽殿を見つめ、内侍が眉をひそめた。何か考えているようだが発言は無い。
そのとき、桐壺がおずおずと声を上げた。
「私も、聞きました……」
「桐壺!」
梨壺が叱りつけるように名を呼ぶ。むしろ梨壺が怒鳴らなければ幻聴かと皆が思ったほど、か細い告発の声だった。
「解っているのか! 君がそれを白状するということは……」
「ええ。ええ。裏切りです。私を守ろう、持ち上げようとして皆が噂話に尾鰭をつけてくれているーー私、人を貶めてまで良く見られたくなんてなかったの。でも、やめてくださいというのはきっと裏切りなのでしょう。……ですから、私、嫌だと言えなかった」
そうして弘徽殿に向き直り、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。わたし、ずっと知っていたの。知っていたのに、私を持ち上げるために言ってるんですよと言われたら、なんか比べて褒められるなんて嬉しくないなんて言えなかったーーそんな私の優柔不断が、弘徽殿の女御様を傷つけていたんですね」
驚いたのは弘徽殿のほうだ。衝撃で怒りが止まり、目を見開いて桐壺を見つめている。
「弘徽殿の女御様、いつも毅然として強そうで憧れでした。あなたなら少しくらいの中傷、笑い飛ばすと思っていたんです。私、自分の中で作り上げた想像、噂の印象だけで決めつけた、あなたの強さに甘えていました」
憧れだと微笑んで見上げた目がきらきらとして、弘徽殿は目を見開く。強い光にどきりとして良く見ると、更衣の瞳が輝いているのは涙がにじんでいるからなのだった。
「お許しくださいませ、弘徽殿の女御様……」
ついにぱたりと袖に落ちる涙を見て、たまりかねた弘徽殿が駆けよった。
「え、桐壺、顔を上げてよ。わたくしだってあなたの立場なら……」
内侍はずっとにらむような目で弘徽殿と桐壺を見ている。最初は弘徽殿の態度、あるいは桐壺の甘さを嫌悪しているのかと思った。が、内侍がしばらく神妙な顔で考えた後、叱責したのは自分の主人だった。
「――ということですので、このくらいでおやめくださいませ、姫様」




