解決編・3
あっさりと告げられた犯人の推測に、桐壺付きの女房達がざわめく。
「あまりにも無礼ではございませんの!? さっきから黙って聞いておれば……いくら女御様とはいえ、我々の更衣様をそこまで愚弄される謂れはーー!」
ついに声を上げて憤慨し始めた桐壺の女房たちを、すかさず立ち上がった薄夜の内侍が押し留め、冷静にたしなめている。
梨壺は周りの騒ぎにも動じず、ため息をつきながらあぐらをかいていた膝を立てて、そこにだらりと腕を投げ出した。
「正直すぎだよ、僕の可愛い黄楊姫」
だらしない、しかし胎児にも似た姿に甘えがにじむ体勢で、梨壺は犬君を見上げる。
「梨壺様は、正直な子がお好きでいらっしゃいましょう?」
媚びたようなことを言いながらにこりとも表情が変わらない犬君に、梨壺はいっそうあきれた顔を向けた。
「命知らずだな、という意味なのは解るかい?」
声が低くなった。
だらしのない立て膝を閉じて正座に座り直し、梨壺が言う。そうすると目の位置が高くなり、犬君と目線が合う。交差する視線がより強くなる。犬君はまっすぐに視線を向け続けている。
「桐壺は僕のただひとりの女友達でね。残念だが数多いる可愛い仔猫ちゃんなどその重要度には及ばない。君への可愛さだって、たかがじゃれつく猫に対するようなものだ。もし君が桐壺を疑った上にその推理が間違っていて桐壺を傷つけるようであれば……解るね?」
目の力がひときわ強く閃き、笑ってない顔の中で唇だけがニッと笑う。
「死んでもらうかもしれない」
それでも続けるか?と口角を上げる梨壺に、犬君は深くうなずく。
桐壺が倒れたと聞いたならすかさずかけつけて、ふつうならば皇女が自らは行わないだろう応急処置を、吐瀉物の汚れも厭わず万が一そのまま亡くなったならば降り掛かる穢れもものともせず、その手で敏速に進めた女三宮。あの姿を見ていれば彼女の言うことに異存は無い。
「存じておりますーー先日の一件で、いかに梨壺の宮様にとって桐壺の更衣様が大切な御方かは痛感いたしましたゆえ」
しかし、と犬君は眉を寄せた。
「私めも譲れませぬ。私はこの事件を解決し、弘徽殿の女御様にささやかれている不名誉な噂を払拭するためにここに参りました。役目が果たせぬそのときは、犬のように打ち捨てていただいて構わぬと思っている者です」
「不名誉な噂?」
弘徽殿の悪口と聞いた梨壺の眉が不愉快そうに上がる。
「最近起こる不運は桐壺の更衣様の御身辺に関わるものばかり。こんなことが自然に起こるわけはない。きっと弘徽殿の女御様の陰謀なのだ。弘徽殿の女御様は内心たいそう桐壺の更衣様をお恨みで、裏で手を回して宮仕えを辞するように企んでいるのに違いない――そう、源氏物語の弘徽殿の女御様のごとく!」
梨壺はそれを聞き、「ああ」とうなずいた。
「なるほど、よく聞く噂だ。しかし吹聴しているほうも吹聴するほうなら、真に受けるほうも真に受けるほうだな」
そう言って口角を上げる梨壺と、怒って立ち上がりかけた弘徽殿の女御の目が合う。
「――なるほど、弘徽殿の女御サマは源氏物語のニワカであるらしい!」
目が合った弘徽殿の顔がたちまち怒りで赤くなる。
「な……!?」




