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花鳥風齧!  作者: 白瀬青
弘徽殿の悪役令嬢

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解決編・1

「突然ご迷惑をおかけしましたわね」

 この殿舎の主――桐壺の更衣の前に座った弘徽殿の女御は、そう言って頭を下げた。

「いえ、……まさか当家の義兄の身を弘徽殿の女御様に案じていただけていたなんて……なんと畏れ多いご配慮でしょう」

 小袿は淡く清らかな藤色。やわらかな練絹に浮かぶ紋様は控えめで小ぶり。桐壺の更衣は嬉しそうに血色を帯びた頬を檜扇で隠しながら軽くうつむいた。うつむくと黒髪の先が畳の上にさらりと弧を描く。清水のような美少女である。弘徽殿はあらためて感嘆する。

 好きだ。やっぱり好きだ。

 可憐で清楚、礼儀正しくて穏やかな美しい人。


 昼に犬君を伴って桐壺を訪れた弘徽殿の女御は、(でもまさか鳥辺野の遺体遺棄の件であなたを疑っているなんて言えないし)とひと呼吸逡巡し、それから厳粛な顔で尋ねたのだった。

「あれから義兄様の体調はいかがでいらっしゃるの?」

と。

 それからひと通り犬君に、最初弘徽殿に話したような百鬼夜行の正体ーー行き合ったのはおそらく病の穢れがあるにもかかわらず出歩いていた不届者と思われるから、義兄様にはぜひ天然痘を疑ってそのように治療すべしーーというような内容を語らせておいた。

「病の穢れに触れれば疫鬼に憑かれる可能性がある。そう意識して避けられることばかりなら問題はないのですが、裳瘡というものはときに離れた場所で咳の音を聞くだけでも伝染するのでございます。……むろん、あの夜に御義兄様が()()()()()()()と会っていたということでございましたら事情は変わってまいりますが……」

 犬君の語る「百鬼夜行の真相」を、桐壺は感心して時折傍の女房に走り書きをさせながら聞いている。差し出がましいと思って迷惑がってもおかしくないのに終始真剣に聞いており、犬君がさりげなく鎌をかける言い方をするのに表情を荒げるでもない。

「義兄様にはすぐに薬師を呼んで裳瘡の治療を受けさせますわ。ありがとうございます」

 弘徽殿の女御は桐壺の反応をつぶさに観察しているのを――そして、犬君に暴走をさせないように強く警戒して話を聞いているのを見透かされないように、ゆったりと構えて扇を顔にかざす。


 ……さて、どう出るか。

 弘徽殿とて、桐壺にあなたが犯人かと聞き出せないので遠回しに反応をうかがっているわけではない。日和って時間稼ぎをしているわけでもない。

 これは、すべての前振りだ。犬君にあの夜の真相を引き出させるための。



「ところで桐壺の更衣様は、もうひとつ、百鬼夜行の夜に起きた怪異については御存知ですの?」

「怪異?」

 弘徽殿の問いかけに、桐壺の更衣はあいまいな微笑を浮かべて首を傾げた。

 よく解らないと表情で示す桐壺に、弘徽殿はさも恐ろし気に扇を持ち上げ、口許を覆った。

「ええ、恐ろしいことですわね。内裏に仕えていた女童が忽然としていなくなり、鳥辺野の山で発見されたのですって。――死んで、七夕の人形のように木に飾られた状態で」

 桐壺の顔色がさっと変わる。可哀想に蒼褪めて指先が震えている。しかしそれが関与の証拠とは限らない。ただ、話が怖くて震えているだけかもしれない――桐壺の更衣は当然のように人にそう思わせる人物であった。

「きっと桐壺の更衣様におかれましてもお困りでいらっしゃるのではと思いましたの。瑣末なことでも結構、わたくしにお手伝いできることがあればなんでもおっしゃって?」

 弘徽殿は桐壺の手を取ろうとして、小さく咳払いをするとその手を引っ込めた。いたわるふりをして手を取っても良かったのだが、弘徽殿の中の下心がやりすぎだとささやく。

 自分からもそっと差し出した桐壺の手が空を切る。一瞬、呆然と……それから傷ついた顔をした桐壺がふと冷静になって視線をさまよわせた。

「なぜ……私が困っていると……?」

 困惑した表情が現状を言い当てられたためなのか、後ろめたいことがあるからか、あるいは弘徽殿の申し出が全くの見当違いで迷惑しているからか。

 弘徽殿は気遣わしげに微笑すると、扇で口許を隠して哀しげに見える演技をした。

「だって亡くなった童たちは主に桐壺周りの下働きをしていたそうではありませんの。きっと知っている顔も浮かんでおつらいでしょうに、朝廷から遣わされた下働きの娘が急に減れば暮らしの瑣末事が行き届かなくなって余計に物思わしく苦しゅうございましょう。……わたくしにできることは代理の人員を補充して差し上げることくらいしかありませんが、この場合なかなか適切な支援だと思っておりますのよ」

 桐壺の顔がさっと翳った。更衣の周りに控えていた女房たちが一気に気色ばむ。

 この国の後宮では、后候補の生活費及び女房への報酬はほぼ自費である。権力を得たい親が家の家財を注ぎ込む壮大な賭けなのだ。ゆえに、親の後ろ盾が頼りない「桐壺の更衣」は生活に困窮することになる。源氏物語の桐壺は親の死によって。養女である当代の桐壺は実子の入内に力を入れたことによって。それは寵愛の比重とは関係がない。

 喧嘩を売るには上等な「親切」だ。弘徽殿の女御らしい。

「こんなときのための太い実家ですもの。主上おかみにお仕えする者同士、仲良く助け合いたいと思っておりますのよ。桐壺の更衣様もどうか気軽にわたくしを頼ってくださいな」

 胸を張った弘徽殿が笑顔を桐壺に向ける。あまりにも華やかで誇らしげな笑み。


(……桐壺は、泣くかもしれない)


 そう思ったそのとき、張りのある声が桐壺の殿舎中に聞こえ渡るほど高らかに響き渡った。

「面白そうな話をしているじゃないか」

 花を思わせる暖色系統の華やかな色の服を着た女達の中ではかえって目立つ、夜天の色の銀糸輝く袿。従えるは朝廷きっての才媛、薄夜の内侍。

 乙女好みのする凛々しい目を笑み細め、桐壺の無二の親友は高らかに宣言した。

「その話、僕も聞かせてもらおう」

⭐︎解決編は毎週金曜日更新となります⭐︎

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