からすのごちそう・5(完)
あたしはまつげが鳴るほど目をぱちくりとさせた。
「トニ、酒を!」
叫ばれてもあぜんとしているあたしの代わりに、父親があわてて酒の入った瓢箪を持ってくる。犬君は残る僧兵の一群にそれを投げ渡し、「呑んで忘れろ」と睨む。
「案ずるな、初めからこれが我らに命ぜられた役目だった」
そこまで言われれば義理を立てる奴もいない。
退散する背中をまだぼんやりと眺めながら、あたしはぼうっとつぶやいている。
「あんた本当にぼーさんだったんだなァ」
犬君は眉をよせてあたしを見つめると、ややして笑い混じりに言った。
「本当のお坊さまは加持祈祷で人を殺したりしない」
そうしてあたしに視線が合うように身をかがめてささやく。
「犬神人という下級神職がいる。斎庭たる都の清め、故に穢れを身に集めて賤。……特に私は主人の命なら人をも祓う」
おどけた言い方だが、鴉のように冷たくふてぶてしいと思っていた眦にはかすかなやつれが見える。
手を取ってやろうと差し出すと、その手を両手で包んで何かまじないを唱えられた。たちどころに手を貫いた傷が消えていく。嬉しいけど、そうじゃない。
「人を食ったような仕事だ」
苦笑いして言う犬君の腕を引いて起こした。
「あんたの言ってることは相変わらずわけがわかんねえよ」
あたし達が人を食ったようなことをしてるんじゃない。必要なときだけあたし達を頼ってくる連中が人を食ったような言い分で澄ましている。それでもあたし達の仕事が無ければ誰も生きれまい。人を食ったような仕事、上等。ならばあたしは、せいぜい腹一杯に食ってやる。
「どこ行くつもりだ、あんた。飯はまだ残ってるだろ」
そのまま立ち去ろうとする犬君を呼び止める。
犬君は困ったようにため息をついて振り向く。
「迷惑になりたくない」
何が迷惑だ。せっかくもてなしてんのに食いさしの膳を放っていかれるほうが迷惑だ。とっておきの生姜まで入れてやったんだぞ。
怒鳴りかけた言葉をため息と共に飲み込むと、あたしは犬君を走って追いかけた。
「嫌な仕事だったんだろ? まあ生きてりゃそういうこともあるさ」
驚いて振り返る犬君に、あたしは笑って背中を叩く。
「迷惑になりたくないなら腹いっぱい食っていけ。こんなときはうまいものが一番だ」
(webコバルト ディストピア飯小説賞落選作
2022/7/10 加筆修正)