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09.雲行きが怪しい気がして②

 日が暮れる頃。マリアは眠い目を擦りどうにか椅子に腰を下ろしていた。相変わらずブラインドが閉めきられた室内では、リゾート地の強い西日も関係ない。溜まったタバコの煙がさらに電灯の明かりを遮る。

 回転する椅子を左右に揺らし、レイモンドはファイリングされたページをめくった。


「とっとと風呂入って寝たいんだけど?」

「もう少し待てって」

「くっそ……。あいつが逃げなければ……」


 マリアは悪態をついて上体をテーブルへと突っ伏した。空調で冷えた表面が寝不足の体には心地がよい。

 とたんに動かなくなった彼女を見下ろし、ローザは紫煙を吐き出した。


「観光客の多い休日をわざわざ選んで任務なんて、第2の部隊長サマはずいぶんお忙しいのね」

「どうやら第2部隊は特別任務についているのです。今回の拠点襲撃もその一環だったようです」


 小柄な少女の手がレイモンドの席へグラスを置く。

 揺れるツインテールに軽く礼を述べたレイモンドだったが、グラスを満たしていた液体を口へ含んだ瞬間にむせ返る。


「コレは『アオジル』とやらじゃないのかな、メイちゃん……?」

「先日また実家から送ってきやがったのです。不摂生な皆さまにもおすそ分けなのです」

「おすそ分けってか、残り物の押し付けじゃ……」


 むせて言葉が続かない。レイモンドのグラスから中身がそれ以上減ることはなかった。

 メイは構わずそれぞれの席に濃厚な緑の液体を置いていく。ただよう独特の青いにおいが道ばたの野草を彷彿とさせた。

 アルフレッドは咳払いをし、自身の前に置かれたグラスを遠ざける。


「特別任務と言うと?」

「聞き耳を立てた限りでは、オーギュストとヴェルデン以外に『鬼才(きさい)』の鬼種(きしゅ)が確認された、とかなんとか言ってやがったのです」

「それは確かに厄介だな。スヴェン部隊長はそれが今回の鬼種増加の要因だとみているのか?」


 レイモンドは口直しに加えた煙草へライターを近づける。一服した彼はうんうん、と頷く。

 

「なるほどネ。真面目なスヴェンくんらしい完璧テンプレ対応だな」

「アル、分かりやすく解説して」

「マリアに同じです」

「ちょっとは自分でも考えてくれ……」


 顔は伏せたまま手を挙げるマリアの傍らでメイも両脚をぶらつかせた。

 アルフレッドの紫煙にため息が混じる。

 

「そうだな……。自給自足を強いられた君たちが畑を作るとしよう。1年で生産できる量は限られているから、1日の消費量も考えて食べるだろ? でないと、食糧がすぐに底をつく」

「ふんふん……」

「なのに、そこへ第三者現れて、君たちの食事となるはずだった作物を奪ってしまった。それどころか、武装して畑の所有権を主張し始めた。君らはどうする?」

「ソイツが三枚おろしになるのです」

「ああ、そうだな……。俺が悪かったよ……」

 

 さも当然とのメイの回答にアルフレッドは目元をおおった。

 重い腰を持ち上げた彼は落書きで埋まっていたホワイトボードを回転させ、裏側に黒いペンで不揃いの円を描く。

 

「……鬼種にとって、このブルーガーデンは畑。俺たち人間がそこで育つ作物だ。現状、この畑で育った作物をヴェルデンの勢力と、オーギュストの勢力が分けあっている」

「もっとマシな例えないの?」

「君が分かりやすく説明してくれと言ったんだろう」

 

 マリアの眉がつり上げるも、黒いペンはするすると文字を連ねていった。

 

「2つの拮抗する勢力は、互いに収穫する範囲と食事の量を定めることで、無用な争いを避けている。だけど、そのルールを無視して作物を奪う第三勢力が現れた場合、このバランスは崩れるわけだ」


 アルフレッドの指がプラスチックの面を叩く。

 

「加えて、この第三者を追って、ブルーガーデンと言う畑を守るために教会が警戒を強める。こうなると、勢力は関係なくブルーガーデンに潜む鬼種全体の食料事情は必然的にひっ迫し続ける」

「それがなぜ、鬼種が増える理由になるのです? 食糧が減るのであれば逆のはずです」

「そりゃ黙って指くわえてボーっとしてりゃあな」


 マリアとメイに視線をやり、レイモンドは窓の外を指さす。

 西日を受ける古い教会のレンガは橙色に染まっていた。広い庭で、こどもたちがボールを蹴り合ってはしゃぎまわる。

 その向こう側をのんびりと歩いていく四足歩行のすらりとしたフォルム。


「孤児院に住み着いてるネコちゃんと一緒。ナワバリに入ってきた食い物を横取りする輩を排除できなけりゃ自分が飢え死する。なら、相手をナワバリから追い出すか。自分が出ていくか、だ」

「レイモンドの言う通り。共存できるほどの食料が見込めない以上、新参者が狩場を得るには既存勢力を追い出すしかない。だから戦力として『子』を増やす。それに対抗するべく既存勢力も『子』を増やす傾向にある。『子』は基本的に自分を鬼化(きか)させた『親』には従順にならざる負えないからな」

「目には目を。数には数を……って?」

「とは言っても、誰しもが鬼種(きしゅ)へと鬼化できる訳じゃない。そうなると『親』は見境なく周囲の人間を鬼化させようとする。西側の国境ではこの流れで急激に鬼種が増えて、一部の地域では町や村がなくなった。スヴェン部隊長はコレを懸念しているんだろう」


 マリアは重い頭を持ち上げ、テーブルへ肘をつく。

 ブラインドの合間から射し込んでいた西日は弱々しくなりつつあった。空のグラスを手にキッチンへ向かったメイがついでに入口のスイッチへ触れると、時おり点滅する蛍光灯が部屋を白く照らす。

 レイモンドは無精髭の生えた顎をさする。

 

「そういうこった。だが、ヴェルデンは鬼種にしちゃあ珍しくお行儀よくて、ヨソ者にも寛容なタイプだ。オーギュストはともかくな」

「どこかの勢力が『子』を増やし続けている、と言うことは対立の深刻化が進んでいるんですかね……」

「どんな理由にせよ、鬼種が増えているなら今が稼ぎ時」

「不謹慎だぞ、ローザ」

 

 鼻であしらうローザをアルフレッドがたしなめる。

 冷ややかな彼女の言葉にうなずいたのはレイモンドだった。


「第2部隊が確認した鬼才を速く討滅できればできるほど、被害者は減るし、俺たちにも特別手当てが出る。Win‐Winってヤツ?」

「何を言ってるんですか。第2部隊が俺たちにそんな大物の情報提供をわざわざするとでも?」

「スヴェンくん、俺のこと嫌ってるからネ」

「当然ですよ」

 

 ため息をつくアルフレッド。そんな彼にレイモンドはテーブルへ一枚の紙を滑らせた。

 手のひらほどの紙きれは、未だ緑色の液体に満たされたグラスへぶつかり、動きを止める。白く上等な厚紙には氏名と、連絡先が記載されていた。

 受け取ったアルフレッドはメガネごしにじとりと上司を見上げる。


「……まさか、俺に警察無線を傍受しろと?」

「さすがに俺も犯罪歴を増やす気はない」

「じゃあ、どうしろって言うんです。あなたが他人の名刺をわざわざ保管しているなんて気味が悪すぎる」

「ヤダー。最近のアルフレッド君もなかなかに辛辣」


 レイモンドは裏面を見るよう、手振りでアルフレッドへ促す。そこには数字の羅列が記されていた。


「彼、スヴェンくんの部隊が昼間ガサ入れしてた地区を管轄してる警察官でネ。俺に貸しがあるんでちょっとお話し聞けないかなぁ? ってことで電凸してみた」

「職権の乱用に変わりないのです」

「俺の人徳も捨てたもんじゃないだろ?」


 得意げなレイモンドとは対照的に、部屋には短い沈黙が流れた。

 2杯目の青汁に何を混ぜたのか、メイのマドラーがグラスにぶつかり小気味よい音を立てている。

 アルフレッドの手元をローザが横から覗き見た。


「……番地ね。この辺りは港の倉庫街」

「そのようだ」


 アルフレッドがキーボードで数字を入力すると、画面の地図上にマーカーが表示される。


「スヴェン部隊長はここで何を?」

「彼が又聞きした限りでは、鬼種の集会場じゃねぇかって目星つけてた場所に動きがありそうなんだと。それがこの倉庫。輸送会社の知り合いにもカマかけてみたら『突然、入港どころか港そのものに立ち入り制限がかかって困ってんだよ~』とのコトで」

「は~?」


 嫌な予感にそれまで黙っていたマリアがうめいた。

 レイモンドは吸い殻を灰皿へ押し付け、にんまりと笑った。


「今夜から翌朝にかけて、だってさ」


 夜を告げる鐘が鳴り響く。

 等間隔に並んだ街灯へ電気が通い、町中の固い扉には重い錠前がかかる。陽気で活気に満ちあふれていた通りから人影は消え失せ、いつものように不気味な静寂が暗闇と共にブルーガーデンへとやって来た。


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