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??.林檎はお好きですか?

 世間では夏の長期休暇も終盤に入り、ビーチではしゃぐ観光客の姿は徐々に減りつつあった。それでも窓の外では南国の太陽は未だ容赦なく地上を照らしている。

 スヴェンはアタッシュケースを片手に白い廊下を足早に進んだ。奥の一室のドアノブには愛らしい文字とイラストで『おやすみなさい』とのプレートがかけてある。


「…………」


 スヴェンは無言でドアをノックし、室内へ足を踏み入れる。

 白い壁に囲われた部屋の中は白い紫煙に満たされていた。


「こらこら。スヴェンくん。入らないでって書いてあったの見たでしょ?」

「他人の病室でサボっている場合ではありません、レイモンド・シラー。オーダム女史も、療養中くらいは喫煙を控えてください」


 アタッシュケースをサイドテーブルへ置き、スヴェンは空調のスイッチを入れた。

 窓際の椅子で2人して煙草を蒸かしてたオーダムは眉を下げる。


「そうつれないことを言わないでくれ、スヴェンくん。気晴らしくらいは良いだろう?」

「体調はいかがですか」

「問題ない。まあ、私の使っている滅鬼武装(めっきぶそう)は君たちが使っている殺傷型ほど使用者に負担をかけないからね。内服薬だけで充分に落ち着くよ」


 ライラが自身の髪を耳にかけると黒銀のピアスが覗いた。

 彼女の前でスヴェンは深く頭を下げる。


「今回は護衛の責任者でありながら、あなたの命を危険にさらしてた挙句、あらぬ疑いをかけてしまい、たいへん申し訳ありませんでした」

「律儀だねぇ。今回の件は私にも非があるし、そう気負わなくていいよ。いざという時に『コレ』がきちんと機能することも実証できたからね」

「スタースに捕まった後、尋問役を液体窒素攻めにして逃げ出した話し、スヴェンくんにもしたの?」

「オーダム女史……」

「いやいや、仕方ないだろう。やられる前にやり返したまでだ。あまり『コレ』のことを口外したら備えにならないんだから勘弁してくれたまえ」


 頭を振るスヴェンにライラは笑う。

 椅子を2人の間に引っ張り出すスヴェンへ紫煙を吐きかけ、レイモンドは口角を持ち上げる。


「スヴェンくんもヴェルデンのわんちゃん達にボコボコにされてたみたいだけどもう現場復帰?」

「……手加減されていたのですでに完治に向かっています。お気になさらず」

()()滅鬼武装はメンテナンス中だったしねぇ。むしろ鬼種(きしゅ)に対してほぼ有効性のない滅鬼武装だけで大したものだったよ」


 ライラは肩を竦める。

 咳払いをし、スヴェンは腰を下ろした。


「前置きはこの程度にして、悪い知らせと良くない知らせを持ってきましたが、どちらから聞かれますか」

「スヴェンくんでもそんな冗談言うんだねぇ」

「それくらい思わしくない状況と言うことです」


 茶々を入れるレイモンドにスヴェンは不愛想に応える。

 ライラは灰皿に煙草を押し付け足を組み直す。


「そうだなぁ。まずは支部の現状を知りたいね。私はここから出れないし」

「ブルーガーデン支部に関してであれば、研究棟はほぼ全焼しました。本館は研究棟に面した北側と、戦闘があったエントランスに崩壊の危険があるため、現場検証が終わったとしても修復に時間がかかるでしょう」

「現場検証の進み具合は?」

「身元確認が終えていない遺体がまだ数十。ただし、職員の確認は9割終えています。残っているのはスタースがつれていた武装集団と、オーギュストの『子』で違いないかと。内通者の調査は未だ聴取を取っているところです」

「スヴェンくんが追いかけてた奴らはどうしてンの?」

「第6部隊へ引き渡しを完了しています。犯罪組織の手が絡んだ鬼種犯罪は彼らの管轄です」

「マジメだねー。俺だったらめんどくせーから自分で吐かせるわ……」

「あなたと一緒にされては困ります」


 スヴェンは膝に手を置いたままそっけなく返す。


「奪われたEd-001は未だ捜索中です。スタース・クロックおよび、オーギュストの詳細な聴取の記録も含め、あちらに置いていきますので、どうぞお好きになさってください」

「ん。ありがとう。助かるよ」


 アタッシュケースを横目にライラは目を細める。


「で、私たちの処遇については?」

「私は現状の処理が終わり次第、謹慎処分。第2部隊は解体されます。オーダム女史は審問会にかけられる予定です」

「……え? 俺は?」

「あなたは保留です、レイモンド。現状維持と、シルヴィア総部隊長から今しがた連絡をいただきました」

「は~~? なんで?」


 空き缶に吸殻を押し込み、レイモンドは口を尖らせた。スヴェンは知りませんよ、肩を落とす。


「何が不服なんですか、あなたは。発生した幽鬼(ゆうき)の討伐。裏切り者の捕縛。オーダム女史の救出。リスクランクAの鬼種を捕え、非戦闘員の避難にも貢献した。むしろ称賛されて当然の功績です」

「そりゃ結果的にはネー。幽鬼も処理できないんじゃマジただのジジイじゃん」

「謙遜しなくてもいいじゃないか、レイ。むしろ君がきちんと周辺住民と非戦闘員の避難を優先させたことに私は驚きだ」

「ったりまえだ。あの調子で増えたら事後処理に朝までかかっちまうだろうが……」


 新たな煙草を取り出し火をつける。

 紫煙を吐いたレイモンドは顎を擦った。


「俺にペナルティ(ゼロ)とかぜってー裏があっけど、まぁ、いいや……。それで? もうひとつの方は?」

「ブルーガーデン内の、鬼種の勢力についてですが……」


 スヴェンはようやく視線をレイモンドへ向けた。


「ヴェルデンの勢力に一切の動きが見られないおかげか、早くも州の境で行方不明者が相次いでいます。州の中心部ではあまり変化は見られませんが、民間の鬼種狩りから鬼種の討伐報告が増えてきている」

「それに関しては想定内だね」


 ライラはふむ。と頷き、窓の外を見た。ブラインドの隙間からわずかに青空がのぞいている。


「この辺りは全てヴェルデンが目を光らせていた。それがなくなれば当然、外からの脅威が入ってくるだけだ。スタースの思惑通りだろう」

「あの男は何故そのようなことを?」

「何故って、そりゃあ金になるからネ」


 テーブルへ脚をかけるレイモンドをスヴェンが睨みつける。

 涼しい顔の彼は指で輪を作ってみせる。


「鬼種と手を組む悪いヒトたちからすれば()()()()までしてくれるボディガードだし、鬼種としても食事ついでに相応の資金が得られる。西の内紛地帯とかいい例よ。現にオーギュストもそんな感じでカルテルと手を組んでたでしょ?」

「彼の供述が真実であればそのようですね。主に麻薬の売買で日銭を稼いでいたようです。ヴェルデンと折り合いが悪かったのもそれが原因でしょう」

「ヴェルデンも仕方なしにグレーゾーンに手を出してはいたが、なんか一線を越えるのは避けてたみたいだったからさぁ……。そのテの商売を始めたい人間からすると邪魔でしかないのよ、アイツ。むやみやたらに人殺してる様子もないし、俺としても目をつぶってた方がリターンがあったんだけど……」

「人間よりも鬼種に倫理観があるとは情けない限りです」

「彼らだって人間だ。特異な病に侵されているだけでね」


 ははっと。スヴェンのため息にライラは笑った。

 レイモンドは片手間に煙草を弄ぶ。


「スタースは滅鬼武装の技術をどこかへ売ろうとしていた。いや、とっくに売られてる。だとすれば鬼種だけでなく、人間側の勢力図も変わってくる」

「少なくとも、教会の内部にはまだ裏切り者がいるからねぇ。それを見つけ出さないことには、何も解決しないさ」

「スタース以外にどれだけの背信者がいると?」


 声を潜めたスヴェンに、ライラは穏やかに頷く。


「私たちが想像していた以上だろう。スタースがそう都合よく鬼種であるオーギュストとコンタクトを取れるとは思えない。それにいくらスタースの適正値が高かったとしても、基本的に鬼化(きか)したばかりの鬼種は自我のコントロールが難しく、現にアルフレッドを前にした時の知能低下が著しかったらしい。彼を動かし、サポートしていた人間は複数いる。そもそも、教会にとってマイナスの経歴をもつ彼が教会の研究室にいたこと事態が不思議だろう? 私も一通り部下の経歴書は見ているが、そう言った情報は一切なかった」


 何より、と。ライラはスヴェンに微笑みかける。


「部隊長クラスの滅鬼武装のメンテナンス予定を知っているのは滅鬼武装のメンテナンスをする開発者、技術士、そして他部隊長のみだ」

「……つまり、私は同じ部隊長に売られた可能性があると」

「スヴェンくんは一番若いのにここ最近の検挙数も高いからねぇ。のびしろも考慮して、ととっと潰したかったんだろう」

「さすが俺の教え子だよネー」

「……何にせよ、上層部の人間も誰一人信じてはいけない状況ですか」


 上機嫌なレイモンドの言葉をスヴェンは無視した。

 目を伏せ、手を組む彼の表情は険しい。


「まあ。信仰心だけで鬼種が滅ぶのなら、それこそ彼らはおとぎ話の中だけの存在さ」

「そーいうコトよ」


 ライラの言葉に頬杖をつき、レイモンドは犬歯を覗かせた。


「楽園をおわれるのはどっちだか、見ものじゃねーの」


 ブラインドに覆われた窓の外に視線をやる。柔らかくなった日差しは心もとなく、隙間から彼らの足元を照らしていた。



【完】

ここまでお付き合い戴きありがとうございました。

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