表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/60

06.芽を出して②

 見慣れた市場の入口へとたどり着いたマリアは振り返る。視線が交わった男は小首を傾げた。


「それで? 何を買いにきたの? えっと……」

「申し遅れました。私のことはアダムとお呼び下さい」

「ご丁寧にどうも」 


 彼は柔和に微笑む。顔を横切る古傷さえなければ年相応に見えることだろう。


「じゃ、そっちも好きに呼んで。アタシはマリア」

「マリア殿。この度のご厚意、たいへん感謝いたします」

「なーんか、やりにくいわね……」


 マリアは差し出された手をぎこちなく握り返した。固い手の平は思っていたよりもそっと彼女の手を包む。

 軽い自己紹介を済ませた2人は人の流れに任せて再び歩き始めた。マリアは前方を指さす。


「こっから見て左に曲がったら肉屋の並び、まっすぐ行くと魚。右が青果」

「……よろしければ、引き続きマリア殿とご一緒させて戴いても構いませんでしょうか?」

「あー……。アタシは後回しでいいわ。アンタこそ、買いたいものがあって来たんじゃないの?」

「そうですね。できればリンゴを、と」

「リンゴ……? そりゃ果物も良いみやげになってるけど、リンゴは……」


 いや、これ以上は何も言うまい。

 ソワソワと辺りを見回している男の様子を見てマリアは行き先を変える。

 青果を並べる露店に足を踏み入れると、色鮮やかな果物が甘い香りを漂わせていた。

 ほとんどの店先には南国のフルーツが山積みにされ、顔見知りの店主らは当然それらを勧めてくる。マリアは軽く挨拶を交わしながら横目でアダムを見上げた。

 

「リンゴ、好きなの?」

「私も好物ですが、特に主人がお好みでして」

「ああ、なるほど。ご主人様ね」

「嬉しいことに、私の作るアップルパイは格別だと。そのため旅先でキッチンをお借りして、こうして地元の市場を見て回るのです」

「アップルパイをアンタが作るってこと? へー。すごいわね」

「手順さえ知っていれば、そう難しい物ではありません。よろしければ、お勧めのレシピをお伝え致します」

「あー……。アタシ、料理とか几帳面な仕事はできないから……」


 マリアは苦い顔で手を振るが、見下ろしてくる人の好い笑顔に言葉を濁す。

 

「まあでも、そうね……。難しくないって言うなら……」

「ではリンゴの選び方からですね」

「え……? マジ……? そっから……?」


 顔を輝かせる男は年相応どころか幼く見えてきた。

 マリアが声音をワントーン落とす一方、アダムは深く頷く。


「美味しい料理を作りたいのであれば、素材から選ばねば。リンゴと申しましても、甘いものから酸味の強いものまで様々です。見た目にもこだわるのでしたら、色味も考えねばなりませんね」

「アンタ、料理しない人間と生活したことないでしょ……?」


 こちとらキッチンを使った記憶などお湯を湧かすくらいである。昨今、電子レンジさえあれば生活できるのに包丁など使うものか。

 そんなこちらの台所事情など知りもせず、アダムは喜々として一際に果物が積まれた店先で足を止めた。

 アダムに声をかけられた店主がぎこちない笑みを浮かべ、店先のリンゴを指さす。

 同時に、人の波がさーっと避けていった。

 色々と損な男だ。

 そんな男の背をマリアは遠目から眺める。お節介をやいたは良いものの、この茶番にどこまで付き合ってやるべきか。

 悩ましく指でリズムを刻んでいると、ポケットから振動が伝わってくる。

 げ、と。苦い顔をしつつも、マリアはスマートフォンをつまみ出した。


「なに、アル。追加注文はナシだからね」

「残念ながら真面目な業務連絡だ。さっきブルーガーデン支部から第2部隊、第13部隊に討滅命令の緊急無線が入った。今どこにいるんだ?」

「コッチハ夜勤明ケナンデスケド?」

「俺だってミーティング終わってないんだよ……。文句なら鬼種(きしゅ)に言ってくれ」


 アルフレッドが深いため息をつく。マリアは口を尖らせ、渋々と現在地を伝えた。

 何やら店主と打ち解けたらしいアダムは、店先の青果を次々と勧められている。彼は口元に手をあて、真剣な眼差しで店主の解説に聞き入っていた。


「作戦中の第2部隊が鬼種と交戦していたんだが、幽鬼をとり逃したらしい。技術部で目撃情報と監視カメラの映像からルートを予測した結果、君と鉢合わせる可能性が高いのでオーダム技術部局長の指示の元、俺が君へ連絡している」

「はぁ? 第2は何でこんな休日のまっ昼間に仕事してンのよ」

「第2部隊の作戦内容の詳細までは下りてきていない。とにかくスヴェン部隊長からは『民間人に被害が出る前に討滅するように』とのことだ。交戦許可は全隊員に出ているから、仕留めれば臨時手当てになるぞ」

「予備の弾無いから割に合わないなら牽制だけでパス」

「逃した目標は1体だそうだ。この日射しだし、君の腕とギュンターなら問題ないだろう。念のためにメイも向かわせてある。帰ってきて暇そうだったからな」

「なんで昨日も非番だったメイが暇してるのよ……」


 マリアのぼやきはけたたましいサイレンにかき消される。スピーカーから流れ出した避難指示に、辺りは騒然となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ