58.実を結んで②
煙と熱気が風にのって頬を撫でる。
アダムは荒い息で腹部を抑えた。数歩先には意識を失ったスタースが転がっている。
恐る恐るアルフレッドが近づき、その両手足に銀の手錠をかけた。
「……さすがにローザとマリアに撃ち抜かれてこの怪我じゃあ、しばらくは動けないだろう」
息をつき、アルフレッドは頭を振る。
彼はふらふらと立ち上がり、アダムに向き直った。
「悪いがスタース・クロックの身柄はこちらで預かる。代わりに、君たちのことは見逃そう。このまま引き上げてくれないか?」
「…………」
アルフレッドの提案は悪くないものだ。足を引きずりながら茂みから這い出てきたダレンと言い、腹に穴が空いている自分と言い。むしろ生きているのが奇跡である。彼としてもマリアの負傷を考慮してのことだろう。
アダムは頷き、口を開いた。
「なーに、あまっちょろいコト言ってンのよ……」
「……マリア殿」
しかしそれを遮ったのは当のマリアだった。彼女は髪をまとめていた布で負傷した腕を強く縛る。そんな気休めで血が止まるはずもなく、左手からは鮮血が絶え間なくしたたり落ちている。
うなだれたのはアルフレッドだ。眉間をおさえ、彼は天を仰ぐ。
「マリア……。君は自分の体の状態が分かってるのか……?」
「ルイスを取り戻すにはあの女の元にたどり着かなきゃいけないのよ。そしてあの女の居場所を知ってンのはコイツだけ。なんか間違ってる?」
「俺がイチから説明しろって? 君はもう滅鬼武装の装備限界を迎えているし、左腕が使い物にならないだろ……」
「……それに、もうその銃に弾は入っていないはずです」
アルフレッドの言葉にアダムは続いた。マリアの右手に握られた銀の銃に目を落とし、アダムは声を落とす。彼女の手首に下がるブレスレットは赤く点滅をくり返している。
「先ほどのあなた自身がそうおっしゃっていられましたが、あれはブラフだったのでしょうか?」
「はっ……! ギュンターがなきゃアタシが戦えないって? ナメんじゃないわよ」
マリアは彼らの言葉を鼻であしらい、ギュンターをホルスターへと収めた。
そして両手を握り締め、足を軽く開き前後に体を開く。
アルフレッドの大きなため息がアダムの耳にも聞こえてきた。
「手離したとしても、少しの間ならギュンターはアタシに力を貸してくれンのよ。アンタなんかその数分あれば充分……!」
「君ってヤツはホンットに……!」
唸るアルフレッドの横を、足を引きずりながらダレンが通り過ぎる。ダレンは目元を覆っているアルフレッドの足元へハンドガンを放り投げた。
「おい、石あたま。バカはほうってもどるぞ……。ったく、つきあってらンねぇ……」
「…………」
「おい……。聞こえてんだろ、石あたま……」
アダムはその場から動かなかった。
そして足を開き腰を落とす。両手を握り締め、深く呼吸する。
アダムの背後でため息がさらに重なる。
「あーあー……もうすきにしろよ、マジでこの石あたまがよ……」
アダムは「申し訳ありません」と目を閉ざす。
「せめて一度でも、自身の力でマリア殿に勝たねば、私にルイス殿を預かる資格などありません……」
「こっちは一度でも勝てると思われてるのが腹立つンだってーの……」
鼻でアダムの言葉をあしらい、マリアは眉を潜める。
向き合う2人の合間に沈黙が流れた。渇いた風が砂を巻き上げる。
括目したアダムが鋭く息を吐く。
地面を蹴ったマリアの拳が真っ直ぐ向かってくるのが見えた。アダムも半身を退き、硬く握った右手を振り上げる。
瞬く合間。全身をさいなむ痛みすら消えていた。
そして右手の手ごたえ以上の強い衝撃がアダムの頭を揺らす。
互いの様子をうかがう間もなく、彼の意識は暗転していった。




