57.実を結んで①
男は無言で距離を詰めてきた。大きく振るわれたスタースの剣を避け、2人は互いに距離を取る。
剣先がアダムの短い前髪を掠めた。むやみやたらに振るわれ続ける剣先はアダムの肌を幾度も薄く割いた。その都度、肌がじりじりと焼ける。
アダムの腕を落とそうと剣を振り上げるスタースの後頭部に向かい、横から跳びあがったマリアが足を振り抜いた。勢いよくスタースの横顔に放たれた足はしかし、寸前で受け止められた。
驚く間もなく、彼女の体は宙をとび、芝生の上を転がる。
「マリア殿っ……!」
「他人の心配をしているヒマがあるのか?」
「っ……!」
剣の柄が傷口を殴りつけた。喉の奥から競り上がってきた血の塊が口端からこぼれる。世界がぐらぐらと大きく揺れた。
アダムは自身の血にむせながらも、腹部を圧迫する剣の柄を掴んだ。見る間に手の平が焼けただれ、どす黒い血が滲む。
それでも手放そうとしないアダムにスタースは眉を潜めた。
「私が触れているならば掴めるとでも? 残念ながら、この手袋は特別製だ」
「なんの……! この程度っ……! マリア殿の銃弾に比べれば……!」
アダムはスタースを見据え、犬歯を覗かせる。
銃声が響く。放たれた銃弾はアダムの体を蹴り飛ばしたスタースの四肢を掠めるも、アダムの体と共に夜の闇を転がる。
胸をおさえて立ち上がるマリアに向かい、スタースは一気に距離を詰めた。息の荒い彼女の首めがけ、剣を薙ぎ払う。
間一髪で避けたマリアは地面に転がり、さらにそこへ剣が下ろされる。
「っ……?」
まっすぐに振り下ろされたと思われたスタースの狙いは外れていた。チラチラと視界が白くとぶ。
光をさえぎるスタースの指の合間から見えたのは、こちらに懐中電灯を向けているアルフレッドの姿だった。ライトは規則的に点滅し、スタースの顔を照らし続ける。
「ハートフィールド……!」
憎悪に任せ、スタースは名を叫ぶ。
目を血走らせ、ひたすらに猛進する。
対してアルフレッドはその場を動かない。ただただ、こちらへ光を当て続けている。
「その程度で……! その程度で俺が止められるとでも……!」
雄叫びを上げて剣を振り上げる。大きく踏み込んだ足から不意に力が抜けた。スタースの右足はがくりと地面へ膝をつく。
「メガネにぞっこんにもほどがあるぜ、クソヤローが……!」
「邪魔をするな……! 駄犬が……!」
ダレンが手にしたアルフレッドのハンドガンは、茂みの中から正確にスタースの足を撃ち抜いてみせた。それでも憎悪にまみれた獣を止めるまではいかない。速度を落としてもなお、血を流しながら男は獲物を一直線に目指す。
スタースは今度こそアルフレッドの息の根を止めるために剣を振りかぶる。
「ぐっ……っぅ……!」
結果、白銀の剣が貫いたのはマリアの腕だった。マリアは歯を食いしばり、ギュンターの銃身でスタースの剣に抗う。
籠手ごと貫かれた腕からばたばたと鮮血がこぼれ、手首のブレスレットは赤く点滅を始めた。
「邪魔だ! 邪魔だ!! 邪魔だっ!!! その腕ごと叩き切ってくれる!」
「はッ……!」
血走った眼を見返し、マリアは口角を持ち上げた。
「やってみろ……!」
刹那。鋭い音が風を切った。
「は……?」
柄を握るスタースの腕を、銀の矢じりが貫通した。
それは暗闇から一矢、二矢と瞬く間に続けて獲物の動きを封じる。
白銀の剣はついに男の手から離れた。
「ナーイス……! ローザ……!!」
「がっ……?!」
すかさずマリアの蹴りが手薄になった胸部へ入り、スタースは後退を余儀なくされた。
躊躇もなくマリアは自身の腕を貫く剣を抜いた。剣を捨てた彼女は犬歯を覗かせ呼びかける。
「仕留めるわよ、ギュンター……!」
暗がりに白銀の銃身が力強く輝いた。
スタースの全身にどっと汗が浮かんだ。
視覚外からとんでくる銀の矢と、自身に向かって点滅する懐中電灯の明かりが同時に脳裏を過る。
「おとりを、かってでた……?」
そんな馬鹿なと。驚きが口をつく。
親の権力と金で地位を手に入れたような青二才が?
一発の銃声が鳴り響き、スタースを撃ち抜いた。下半身の感覚が遠ざかっていく。
呆然とするその横面を、全力の拳が殴りつける。倒れたスタースの体は重力に従って地面へ吸い寄せられていった。
「これが……!」
アダムは大きく息を吸い込み、右手を強く握り締める。
「私の選んだ答えです……!!」
腹の底から吠える。
大きく踏み込まれた渾身の一撃は、男の体を高く宙へうち上げた。




