56.花を咲かせて②
マリアを前にスタースは大きく息をついた。彼は苛立ち気に自身の腕時計を見る。
「お前に構っているヒマはない。ハートフィールドはどうした」
「あらあら。ずいぶんとアルフレッドくんにご執心じゃない」
スタースが地面を蹴り一気に距離を詰める。対してマリアは弾幕を放ち、常に一定の距離を保った。
「オーダムから聞いたけどアイツになんか恨みでもあるの?」
「お前はお戯れで慈善活動に従事する金持ちのオモチャにされていて何の疑問にも思ったことはないのか?」
「アンタ、よく根暗だって言われない? 陰キャもほどほどにしないと老後に苦労するわよ?」
「…………」
スタースは舌を打ち、ゆっくりと横へ歩き始める。マリアは銃口を男の額へ向けたまま、その言葉を鼻であしらった。
「ヤツは罪人だ。本来なら未だ服役中のな」
「知ってるわよ。ンなこと。それだけ?」
マリアの反応に男は顔をしかめ、足を止める。
「それだけ……? 罪を犯しても親の金で自由を得て、地位をさらに金で買い、自分を棚に上げてこうして他人を断罪する。とんだ笑い話だ」
「確かにあのダメガネは思春期の勢いでハッパに手だすし、親の会社を潰そうとするし、改心した今になってもアタシに冷静になれとか言うクセに、自分が助けを求められると無視できずに死にかけるようなバカだけど……」
笑みを深め、マリアは目を細めた。
「少なくとも、アンタよりよっぽど有能なのは確かね」
「……なら、その有能がどう動くのか試してみようじゃないか」
スタースの声音は途端に平坦になった。そして再度、地面を蹴る。
今度はその場から動かず、マリアは引き金をひく。数発が男の体を掠める。
振り下ろされた刃を銃身で受け止め、両足が地面に沈む。
「オーダムの量産型でどこまで耐えられるかな?」
「アンタのそれこそあの女のパチもんでしょうが!」
不意にマリアが腕の力を緩める。勢い余って瞠目するスタースの横顔をマリアは肘で強打した。よろめく体に続けて容赦なく拳が入り、さらに蹴り飛ばされる。
地面に転がっていくスタースをしり目に、マリアは涼しい顔で空の弾倉を入れ変える。
「いくら適正値が高くて滅鬼武装が強かろうが、ケンカすら素人じゃあお話しにならないのよ」
「……調子にのるなよ」
口の端を指で拭い、スタースは声音を下げた。
スタースの足はこれまで以上に地面を強く蹴った。マリアは振り上げられる剣をかわし、弾丸を打ち込み、距離を取り直す。それを繰り返し、2人は徐々に庭の中央へと移る。辺りには障害物がなく、スタースは常にマリアを追い、剣を奮う。
残弾が無くなったマリアは回避に徹する。男は声を上げて笑った。
「オマエは人間だ。そして滅鬼武装の武装にも限界がある。弾も底を尽く。対して、私は完全な鬼種であり、滅鬼武装の武装時間にも限界がない。結果は目に見えている……!」
「当然! 結果なんて決まってるでしょ……!」
スタースの剣を銃身で大きく弾き、後退したマリアは弾の出ないはずの銃口を向ける。
訝しむもスタースは反射的に防御の姿勢をとった。
マリアの口角がにぃっと持ち上がる。
「歯ぁ喰いしばれ!」
「なっ……?!」
銀の弾丸の代わりにとんできたのは真横からの固い拳だった。
動揺するスタースが身を捻る。しかしアダムの右拳は彼の顎を砕き、生け垣までその体を吹き飛ばした。
激しく砂埃がたつ。
次いで追い打ちを加えようと踏み出したアダムだったが、堪らず脇腹をおさえて呻く。マリアが顔をしかめた。
「うっわ……。なに、その腹ヤバ……。フツーにひくわ……」
「肋骨へヒビが入っていながら平然としている方に言われたくありません……」
「痛いに決まってンでしょうが。誰のせいだと思ってんのよ」
舌打ちをしてマリアは弾を装填する。
アダムはこみ上げる笑みを堪えて、息を調えた。
「アルフレッド殿が、いつも通りにと……」
「オーケー。アンタこそ。アタシに無駄撃ちさせんじゃないわよ」
「ご期待に応えてみせましょう」
血にまみれた袖をまくり上げ、アダムは腕に巻かれた包帯を口でさらに固く縛る。
小気味よい音を立てたギュンターを強く握り、マリアは口端を持ち上げた。
「さあ。ウォーミングアップは終わりよ。ギュンター」
手の中の銃身は応えるようにぼんやりと白銀をまとう。熱い血流が全身を駆け巡る。
なぎ倒された生け垣の中から立ち上がった男は怒りに満ちた目でこちらを凝視していた。




