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55.花を咲かせて①

 目前に広がる血の海にアルフレッドは思わず眉間をおさえた。


「また、テメーかよっ……」

「頼むからしゃべらないでくれ……。めまいがする……」


 しゃがれた声を出すダレンの傍らには意識のないアダムが転がっていた。息と脈があることを確認したアルフレッドはとりあえずその体を引きずり、生垣の影へと引きずり込む。赤く黒ずんだシャツの袖をまくりあげ、息をついた。


「まったく……。俺は医者じゃないんだぞ……」

「いいから、そいつをたたきおこせ……」

「君も重篤(じゅうとく)だ。他人事じゃない。止血だけでもしよう」


 右足を引きずるダレンを手招くが、彼は頭を振った。


「ぅるせー……。食われたくなきゃ、ちかづくんじゃねぇ……」

「……自分で止血はできるかい?」

「ああ……やれる……」


 アルフレッドは茂み越しに包帯とテープの束を軽く投げた。伸ばされた腕はそれをすんでの所で掴む。


「必要なら医療用のホッチキスがある。まあ、麻酔がもうないんだが……」

「それはソッチにつかえ……。オレは自分で、どうにかする……」

「頼むからいつの間にか死なないでくれよ」


 背中越しに無言で中指を立てられる。

 アルフレッドは息をつき、改めてアダムに向きなおった。横たえた男の顔からは血の気がすっかり失せている。

 背後で傷の治りを待っている鬼種(きしゅ)にしても、マリアの援護を頼むのは無理そうだ。目を閉ざし、アダムは呼吸を整える。


「どうにもこうにも……。どうにかするしかないな……」


 ともあれ死なれては困る。

 アルフレッドはアダムの着衣をたくし上げた。

 薄暗い中でも、ひどいあり様なのは分かる。傷口を照らし、思わず悪態をつく。


「……どちらにしても賭けだ。やらないと……」


 自身に言い聞かせるようにつぶやく。

 彼は再び小ぶりな懐中電灯を口へくわえた。開いたポーチから簡易的な手術用具を一式並べ、細いライトの灯りで照らす。

 手元がぎりぎりで見えるものの、額から伝う汗や、背後から聞こえてくる銃声になかなか集中し切れず苛立ちがつのっていく。それでもアルフレッドは自身でも驚くほどの手際で傷口を塞いでいた。アダムが気を失っているのは幸いだ。

 細い糸をハサミで切り、アルフレッドは大きく息を吐き出した。


「おい……。まだ生きてるか……?」

「失血はこれで少しは抑えられるだろう……。あとは内臓に骨が刺さっていないよう、祈るしかないな。急いできちんとした手術をしないと……」

「はっ……。バカ言え……」


 ダレンが茂みの向こう側から足を引きずり現れた。その右足にはきつく包帯が巻かれている。即席にしては手慣れた仕上がりだ。

 アルフレッドは生唾を呑み込みながらも踏みとどまった。

 意識のないアダムを彼は浅い呼吸で見下ろす。


「つれて行ってどうする……。治ったとして、ネズミみてぇにはらかっさばかれるだけだ……」

「……教会の投降に応じれば、相応の待遇は善処する」

「どうだか……」


 ダレンは呻きながらかがみ、アダムの腕をとった。アルフレッドは意識のないアダムを担ごうとするダレンの前に立ちふさがる。


「いくら鬼種と人間のハーフとは言え、滅鬼武装(めっきぶそう)でアダムの体は弱っている。そのままでは死ぬ可能性も充分あるんだぞ」

「知っててまだ引きとめンのかよ……。テメー、頭いいのか悪いのか、はっきりしやがれ……」


 ダレンはアダムの腕を肩に回し、立ちふさがるアルフレッドを睨みつける。


「コイツはオレたちのガワに残るときめた……。ヴェルデンさんがたすけるといってる……。なら、めんどくせーがテメーらに、わたすわけにはいかねぇ……」

「分かっている。けれど俺も彼には借りがある。このまま死なれてしまっては後味が悪い」

「んなモン……イヌにでも食わせとけ……」

「どうしてもと言うなら俺が……」


 アルフレッドは言葉を切った。ダレンも耳元で聞こえた呻き声に眉を持ち上げる。


「おう。やっとおきたのかよ、石頭」

「ぅっ……ぅぅっ……」


 呻き声は弱々しい。しかし彼はダレンの体を押し退けた。胸を抑え、何かを訴えようと言葉にならない声を発している。

 アダムに近づこうとするダレンをアルフレッドは手で制した。


「……アダム。傷口が開く。しばらくは大人しくしていてくれ」

「わたし、は……いかねばっ……なりません………」

「あ? なにテメーまでバカなことぬかしてんだ……」


 ダレンがふらつくアダムの襟首を掴むが、彼は歯を食いしばりやはりその手を振りほどく。


「おいっ……!」

「どうしてっ……そこにたっているのかとっ……いぜん、マリアどのに、問われたことがありますっ……」

「はぁ……?!」

「…………」


 ダレンがさらに声を荒げる。

 アダムはアルフレッドを見上げた。彼の視線を受け、アルフレッドは閉口する。

 腹部を抑え、アダムは目を伏せた。


「わたしは……こたえられませんでした……。こたえを口に、できなかった……。そして、いま……イヴさまも、ヴェルデンさまも守れず……。この場を逃げだし……。その上でルイスどのを預けてほしいなどとっ……。そんなことは、ゆるされませんっ…………!」

「だからと言って、今の君にできることは少ないぞ」

「わかっています……。ですから、アルフレッドどの……!」


 アダムはアルフレッドへ深く頭を下げた。


「あなたの力を貸していただきたいっ……」


 静寂が流れた。遠くでは銃声が絶え間なく続いている。

 アルフレッドは大きなため息をつき、眼鏡をはずした。


「どうせ君も、マリアと一緒で……。言い出したら俺が頷くまでそこを動かないんだろ……」


 目頭を押さえ、アルフレッドは夜空を仰いでぼやいた。


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