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51.巡り巡って①

 体を貫いていた無機質な異物がひき抜かれて、アダムは支えを失う。よろめく足で難とか後退するも、焼け付く痛みに視界が霞んだ。

 振り返ったオーギュストは目を見開く。


「がっ……ぁっ……! オマエっ……!」

「べらべらと、どうでもいいおしゃべりばかり……。少し手を貸してやっただけではしゃぎすぎだ」

「このっ……!」


 その声の主へ掴みかかろうとしたオーギュストの腕が跳んだ。悲鳴すら上げる間もなく、バランスを崩した彼の体は蹴り飛ばされ、アダムごと床に転がった。

 華奢とは言え、腹に穴が空いている状態で彼の体を受け止めることはできず、アダムは呻きながら彼の体の下敷きになる。


「くそっ……!! くそっ……!! クソっ……!!!」


 血を吐きながら憎悪を吐くオーギュストの体をどうにか退け、アダムは上体を起こす。

 そこには見知らぬ男が立っていた。先のオーギュストと同様の白衣をまとっている。研究室の人間だろう。そのくらいの推察がやっとだった。

 彼の手には見事な白銀の剣が握られている。メイの刀剣のような美術品とまではいかないものの、質素ながらもどこか気品をまとっていた。オーギュストが手にしてた粗末なナイフとは比べものにならない。

 四肢から力が抜けて、うまく体が支えられない。焼けつくような痛みと強烈な吐き気に、アダムの意識は散漫としていた。


「初めまして。111番」

「っ……!」


 男の呼び声にゾッとした。噴き出した汗が途端に冷たく思える。

 息が詰まるアダムへ男がかすかに笑う気配がした。


「祖父の研究材料が本当に生きていると思わなかったよ。あの火事で全て焼けたと思っていた」

「祖父……?」

「俺の祖父はお前がその体を授かった、あの施設の研究者の1人だった」


 見上げると、男の顔は暗がりに呑まれて見えなかった。


「だが、あの火災が起きて祖父は死んだ。世間に施設の真実が明らかになって、俺の家族は町を、いや……。世間から追放された。祖父の研究内容を知っていた人間は、俺以外、誰もいなかったが」

「…………」


 思わず薄くなった腕の入れ墨をおさえていた。

 荒い呼吸を繰り返すアダムの前に屈んだ男は彼の顔を覗き込む。男の口元にはうっすらと笑みが浮かぶ。


「嬉しいよ。俺は祖父が好きだったから。まだ形見が残っているなんて」

「あなたはっ……」


 横を這いずるオーギュストの肩を、銀の剣が貫く。オーギュストの悲鳴にアダムは歯を食いしばる。

 痛みと記憶が頭の中を駆け巡り、彼の思考を邪魔した。

 そこへ冷ややかな相槌が返ってくる。


「畜生の悪趣味が幼少期にうつったのであれば同情するのです。けれども、それとこれとはまた別問題なのです」


 男の首筋へ刀の切っ先が添えられ、鋭利なメイの視線が男に注がれていた。

 しかし男は構わずアダムに続けて問う。


「しばらく観察させてもらったが、本当に鬼種(きしゅ)と人間のハイブリッドか? においだけなら、ただの人間だ……」

「っ……メイ、どのっ……!」

「!」


 男の言い様にアダムは必死に声を張った。口端から血の泡がこぼれる。

 メイも察した様子で身を引く。同時に、剣が細身の刀身に叩きつけられる。金属が擦れる音は拮抗した状態で交わるも、メイの体は徐々に後退を余儀なくされた。

 彼女は顔をしかめ、歯を見せて笑う男を睨みつける。


「鬼種の癖に大層な業物を持て余しているのです。……と言うか、こいつ。どこかで見た顔なのです?」

「感謝するよ。滅鬼武装(めっきぶそう)の原型を定めたキリュウ家の刀との戦闘データが取れるなんて、実に好都合だ……!」


 大きく弾かれ、剣の切っ先がメイの髪を掠める。風に乗り、メイは男との距離を空けた。壁際へ降り立った彼女は輝く刀身を軽く払い、眉を潜める。


「どいつもこいつも大鳳(おおとり)は見せ物ではないのです……。拝観料を要求するのです……」

「おい……。何が起きてるんだ、メイ……?」


 ぼやくメイの傍らから、恐る恐ると言った具合にアルフレッドが顔を覗かせた。

 彼はハンドガンを手に薄暗いエントランスを見渡し、その中心に立つ男を見て息を呑む。


「どこに行っていたのです、ダメガネ。仕事をするのです」

「ルイスを退避させていたんだ。彼はこの騒ぎに無関係だからな……。これ以上、内輪揉めに巻き込みたくない」

「相変わらずの偽善者ぶりだな、ハートフィールド。鬼化したガキにまで情けをかけるなんて」


 アルフレッドに気付いた彼はゆっくりとその距離を詰め始めた。それまで平坦だった男の声に熱がこもる。

 メガネを指で持ち上げ、アルフレッドは憎々し気に返す。


()()()()()()()()()、スタース先輩。オーダム局長があなたに謀られた経緯は一通り聞きましたけど、未だに信じがたいですよ」

「信じがたい? どの辺りがだ? まさか俺が好きであの女の下についていたとでも?」


 アルフレッドが銃口をスタースへと向けるが、彼は歩みを止めようとはしない。引きずられた剣先が床を擦る音が絶え間なく続く。


「オーダム局長に対する人望はともかく。少なくとも、反社会的な組織に技術を売ってご自身まで鬼化(きか)するほど、浅慮な方ではないと思っていたんですがね」

「自分のことを棚に上げておいてよく言うじゃないか、ハートフィールド! そう言うお前は何人の人間を路頭に迷わせてやったんだ?」

「…………」


 手汗でグリップを握る手が滑る。メイがスタースとアルフレッドの合間に立ちふさがるも、男の歩調はむしろ早まった。


「お前は金にも地位にも権力にも困ったことがないもんなぁ! 父親の名前を出せば周りが何でもやってくれるんだろう? 何でもくれるんだろう? わざわざ自分から捨てるほど、何でもそろってるんだもんなぁ?!!」

「っ……?!」


 視界からスタースの姿が消え、アルフレッドは瞠目する。

 次の瞬間には、彼の真横で鉄の塊が振るわれていた。

 強い風と共にメイがそれを受けるが小さな体は弾かれる。

 アルフレッドのハンドガンの照準もスタースを捕えきれず、弾はあらぬ方向へと発射された。

 男の狂った笑い声が響く。大きく振りかぶられた剣が眼前へと迫る。


「アルフレッド殿!」

「……!」


 張り上げる声にアルフレッドはとっさに体を伏せる。

 スタースに体当たりをしたアダムは彼を巻き込み、壁際まで転がっていった。


「邪魔だ!」

「ぅっ……ぐっ……!」


 立ち上がろうとするアダムにスタースは怒鳴った。

 掠れた声が喉から漏れる。腹部を強く蹴られたアダムの体は厚いガラスの窓を突き抜け、外まで吹き飛んでいった。

 悪態をつくスタースに間髪入れず銃声が響く。男の急所を狙った弾丸はアルフレッドの腕では到底およばない正確さを持ち合わせていた。それすら軽く剣でいなす彼を見て、銃口を下ろしたダレンは眉を潜める。


「あ……? なんだ? テメー、鬼種か……? ドコのシマだ?」

「ヴェルデンの犬か……。わざわざ滅鬼武装まで提供してやったと言うのに、ヤツらまで逃したか。所詮はチンピラ風情だな……。どいつもこいつも使えない……」

「ごちゃごちゃうるせーぞ。テメーに構ってるヒマはねぇ。そこを退きやがれ」

「111番であればサンプルとして持ち帰る。犬は帰って飼い主とゴミでも漁っていろ」

「111……? テメーの都合なんざ知るか、クソが。アレはヴェルデンさんのモノだ」

「中途半端な鬼種はこれだから……」


 スタースは大袈裟に肩を竦めてみせた。

 そこへ問答無用で跳躍したダレンの脚が男の顔面を強打した。話しを遮られたスタースの体は地面を跳ね、アダムと同様に庭へと吹き飛ぶ。

 鼻であしらい、ダレンは中指を立てた。


「そこで寝てろ、バーカ」


 割れたガラスが渇いた音を立てて崩れていく。

 ダレンがアダムを追いかけて行ったのを確認し、アルフレッドはフラフラと立ち上がった。刃を納めて歩み寄ったメイは彼を見上げ息をつく。


「やれやれ……。危なかったのです。ATMを失わずに済んだのです」

「もっと他に言葉があるだろ……」


 げんなりしながらもアルフレッドは胸を撫で下ろす。

 一方でダレンは声を張り上げ、植木を踏み分けていく。


「おい、石頭! とっとと帰るぞ! これ以上ヴェルデンさんに心配かけんじゃねぇ!」

「申し訳ありません……。ダレン殿……」


 呻き声の聞こえる方を見ると、植木の根元に血と泥にまみれた体が転がっていた。

 アダムは腹部を抑えてせき込む。


「イヴ様たち、は……?」

「ヴェルデンさんが動けるようになったからガキと一緒にセーフハウスまでつれてくってよ。代わりにオレがテメーのお守りに来てやったんだ。感謝しやがれ」

「そんな、はずは……あの、銃弾は……」

「うるっせぇなっ!!! テメーのためにヴェルデンさんが無理してるだけに決まってンだろ!! 黙ってろ!!!」


 苛立ち気にダレンが足をアダムの腕を掴んだその時。

 大きく地面が揺れる。全員、爆音を聞いてとっさに地面へと伏せる。

 振り返ると建物の一部から黒煙が上がっていた。


「酷いじゃないか。人の顔を蹴るなんて……!」

「!」


 夜の庭園に笑い声が響く。ダレンは反射的にハンドガンを前に突き出した。白銀の剣はそれを両断し、ダレンの鼻先を掠める。

 後ろへ跳んだダレンは細い傷口を指で拭い、舌を打つ。鉄クズとなった銃器を放り投げ、彼は浅い呼吸のアダムとスタースの間に立った。


「首へし折ってやるだけじゃ物足りねぇってか?」

「ダレン殿……。その武器では……っ……」

「ぅるっせー。黙ってろっつったろ」


 ダレンは腰から抜いた幅の広いナイフを抜き、器用に回した。


「……この程度のハンデ、どうってことねぇ」


 首筋から伝う汗が、彼のシャツを濡らした。


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