47.一息ついてからの②
その人物は冷ややかな声音で口元へ指を立てる。
彼女にならって声を落とし、マリアは銃口を下げた。
「どーしたのローザちゃん。なんでここにいるの?」
「メイと夜番たちがメガネにピザの追加注文をするのに電話が繋がらなくて確認したの。で、レイモンドにも支部にも繋がらなくて、異常事態。ってことで夜番たちと判断して私が先行してきた」
「みんなして俺を何だと……。いや……今はそれどころじゃないな……」
ローザの腕から解放されたアルフレッドはメガネを直した。
立ち上がった彼は咳ばらいを挟み先に広がる暗がりを示す。
「あのフラッシュはウチの支給品じゃないんだな?」
「ウチよりいいの使ってる。音だけ聞いてる限りでも、さっきからLMGで弾をバラまいてるからヘタに前出ると死ぬわよ」
「かなりの重装備だな……。ウチに戦争でもしに来たのか?」
「まあ、間違っちゃいないでしょうよ」
マリアは自身の手にある黒銀の銃を回して鼻で笑った。彼女の視線の先からは杖をつく音が近づいてくる。
馴染みの音に顔を上げたアルフレッドは視線を滑らせ、声を漏らす。
「オーダム局長……?」
「アンタ生きてたのね」
「おかげさまでね。まあ死にかけてたけど」
彼女はへらりと笑い手を振る。髪は乱れ、仕事着であるはずの白衣もなく、服にはかすれた血痕がこびりついていた。
隣で杖をつくレイモンドが鼻で笑う。
「危うく自分が研究材料にされるトコロだったじゃねーか」
「ま。これまでの報いと言われてしまえばそれまでだ」
「呑気に談笑している場合ではないのです」
「あれ? 今回は留守番じゃないのね、メイ」
その後ろからひょっこり顔を出したメイは自身の腰に差した刀の柄を撫でる。
「レイモンドに死なれては残業代が請求できないので来てやったのです。ついでに臨時収入があるとなれば留守居ではもったいないのです」
ガラスの向こうに広がる暗がりの中、いくつもの人影が蠢く。
アルフレッドは息を呑んだ。遠くで銃声が響き出した。それを皮切りに、辺りは途端に騒がしくなっていく。
メイはひとり深いため息をついた。
「しかしこのままではオーギュストに賞金首を横取りされるのです。それはいただけないのです」
「はあ? オーギュストって鬼種の? なんでアイツまでいンの?」
聞き覚えのある名にマリアは眉を吊り上げる。
そんな彼女の横を通り過ぎ、レイモンドはマリアとアルフレッドを交互に指さした。
「状況説明もしてやるからお前はコッチ。アルフレッド君はメイちゃんと一緒にソッチ」
「ええ……? なんで俺が……?」
「いいから来るのです。自分が殺すまでに奴らに死なれては困るのです」
「少しは休ませてくれ……」
ふらふらのアルフレッドの手を引き、メイたちは暗闇が広がるエントランスへと向かう。
マリアはレイモンドに促され、ライラと共にその後ろを足早に進む。先頭を歩いていたローザが1人、早々に暗がりへと姿を消す。
「で? アンタは今の今まで何をしてたって?」
マリアは手持ち無沙汰にギュンターの弾倉を確認しながら白衣の女へと問いかけた。
彼女は大げさに肩を竦めてみせる。
「監禁場所から逃げ出して追手を巻いた後。セキュリティを取り戻すため思案していたところ、研究棟をお掃除していたレイモンドに助けられたのさ」
「アンタも締め出されてたの?」
「厳密に言えば、彼らは私から奪ったセキュリティカードを使ってセキュリティ権限を得ている。さすがに警備システムを一から書き換えるのは手間だったようだ。つまるところ、権限事態はまだ私にある」
ライラは不敵な笑みを浮かべ一枚のカードを取り出す。それはマリアもよく利用する近隣のコンビニエンスストアのポイントカードにしか見えない。
「……ドヤ顔する前に説明してもらってもいい?」
「本物ソックリだろう? でも中身は私がかけた『保険』さ。準備は念入りにするに越したことはない。私をその場で殺さなかったのが彼らの一番の失策だ」
「逆にアンタが殺されてたら今ごろヤバいことになってたってことでしょ」
「そうならないようにも君を呼んだのさ、マリアちゃん」
小さな扉の前でレイモンドが足を止めた。ライラがその脇にあった装置へポイントカードそっくりの『何か』を通すと扉は音もたてずに開く。中には普段であれば大きな音を立てているに違いない空調設備が並んでいた。
メンテナンス用の狭い通路を3人は杖の音に従い抜ける。
「彼らに拘束された私は脅されてレイモンドとスヴェン君をここへ呼び出した訳だが、素直に応じて殺されてやるのも癪だったからね。君もいればレイモンドが死ぬ確率はほぼゼロになるとふんで嫌がらせしてやった」
「別にマリアがいなくたって俺は問題ありませんヨーだ」
「ハイハイ。ジジイは黙ってなさい。じゃ、何でアルフレッドまで? アイツ下手したら死んでたわよ」
「彼を呼びつけたのは私でなく彼らのご希望さ」
「は? あのメガネ何かやらかしたの?」
「別に何も?」
眉を持ち上げるマリアにライラは小さく笑う。
鉄製の短い階段が子気味よい足音を響かせる。
「アルフレッドを殺すための大儀なんて彼には必要ない。単純な嫉妬さ」
「しっと~~? ンなくだらない理由でアイツ巻き込まれてンの?」
「残念ながら彼は大真面目だよ。まあ、彼とアルフレッドの生い立ちは真逆にも等しいからね。私も貧困層の出身だから、裕福な家に生まれたアルフレッドを妬む気持ちは分からなくもない」
「アンタ殺されかけておいてソイツの肩持つの?」
「まさか。私は私の研究の成果を取り戻したいだけだ。あと設備の修繕費に、失った人員を補充する人件費」
「聞いたアタシがバカだったわ」
マリアは鼻で流した。
レイモンドが小さな扉をくぐると、そこは避難シェルターとされている設備の横へと繋がっていた。
遠目にも見える巨大なシェルターの扉の前ではいくつもの即席バリケードが張り巡らされ、アルフレッドの推測通り。スヴェンの命を受けた部隊が、暗がりから迫りくる獣の群れに迎撃の体勢をとっている。
背後で小さな扉がひとりでにカギをかけた。
「彼の本命は君に貸していた滅鬼武装のデータだ。あわよくば、この辺りで幅を利かせているヴェルデンと教会の力を削いで、ついでに邪魔な私とアルフレッドが死ねば万々歳。って感じさ。ヴェルデン、教会の勢力の掃討、と言う点でオーギュストとは利害が一致したんだろう」
「アタシが借りてた滅鬼武装? Ed-001だっけ?」
「そ。私を監禁した彼の『お友達』が持っていたのはアレの廉価版、とでも言えば良いかな。私の研究を盗み見て作ったにしては良いデキだが、私もこういった事態に備えて研究記録の一部はココに入れてる。今回もそのおかげで命拾いしたわけだ」
ライラは自身のこめかみを軽く指で叩く。
「しかし廉価版だろうが滅鬼武装の研究データを外部へ持ち出すのは見過ごせない。ましてや、そのために鬼種と手を組んで戦争屋やマフィアに売ろうなんて阿呆なことをされては困ってしまう。私も老後くらいは田舎でゆっくり過ごしたいからね」
「要はとっとと犯人を捕まえてこいってことでしょ」
「もちろん、人命を優先して欲しいとは思っているよ? ケド、将来的な損害を考えると、君とレイモンドには犯人の確保を最優先で頼みたい。くれぐれも殺さずに捕まえてくれ。状況証拠だけだと私までお日様を拝めなくなってしまう」
「そんなんだからアルに異動願い出されンのよ」
「まあ、こればかりは仕方ないさ」
ライラはへらりと笑った。マリアは息をついて戦況を眺めているレイモンドと肩を並べる。
シェルターに迫っていた飢えた獣の群れはしかし、頭上のフロアから降り注ぐ矢の雨にことごとく撃ち抜かれた。バリケードの裏に待ち伏せている部隊員がそこへ目がけ一斉に射撃を始める。
銃声と悲鳴が鼓膜を震わせた。それでも獣の群れは衝動に任せて次々と迫りくる。
そんな様子にレイモンドは持っていた杖をもてあそぶ。杖はくるりと軽快に弧を描き、彼の右手から左手へと収まった。
「俺も少しはお仕事してるとこ見せないとスヴェンくんに怒られちゃうからねぇ」
「そんなこと言ってる暇があンならとっとと片付けてやりなさいよ」
「俺は自分を安売りしない主義なの」
「めんどくさいだけでしょ」
マリアもギュンターの銃口を持ち上げる。血眼になってこちらへ向かってきた影に照準を合わせて引き金を引くと、転倒したそれをとどめの矢が貫く。
「それで? 結局、アンタを脅してこんなコトしでかした犯人は誰だったの?」
かたわらで靴底が擦れた音がして、男の姿が消える。
マリアの問いにライラは肩を竦める。彼女は懐から一枚の職員証を取り出して見せた。




