46.一息ついてからの①
マリアは目の前の扉を蹴る。当然、閉ざされた扉が開いてくれるはずもない。
悪態をつくマリアの横でアルフレッドが肩を落とし進行方向を変える。
「体力の無駄遣いはやめてくれ……」
「アンタこういうの開けるのが得意分野なんじゃないの?!」
「そりゃあ、やろうと思えばできるが、支給品の端末じゃな……。バカみたいに時間がかかるからこうして苦労してるんだろ……」
苛立つマリアは足早にアルフレッドを追い越し、階段を上がり始める。
「あ~~っ!! ジジイと一緒に行動してりゃこんなコトにはなってないっての!」
「どうだか……。アダムたちは廊下を塞ぎながら、逃走しているようだし……。移送日がバレていたなら、あらかた建物の構造も、把握してるだろ……」
アルフレッドは息を切らしながら階段を上る。
本来ならば廊下を直進すればいいだけの所を遠回りせざる負えなかった。何せ、行く先々で自販機やベンチなどが積まれており、彼らの行く手を阻んでいる。スライド式のドアはことごとく歪んでおり、もはや右にも左にも動かない。
らせん状の非常階段の先がやけに暗く見えた。
「だが、レイモンドが単独行動をしているのは結果的に幸運だった、かもしれない……。彼女たちはレイモンドの所在を、知らなかった様子だからな……。現状、イヴの鬼才に対抗できそうなのはレイモンドだけだ。上手く出くわせれば、ルイスを取り戻せるだろう」
「ジジイがまだ研究棟にいたら? スヴェンだけであの女を足止めできンの?」
「それは、どうかな……。俺はスヴェン部隊長の滅鬼武装の性能を知らされていないから……。でも、ここにいるのはイヴだけじゃない。難しいだろうな……」
腕時計を見ると、汗がしたたり落ちた。アルフレッドはメガネを外し、顔の汗を拭う。
「あとはこちらの増援部隊しだいだ……。さすがに教会周辺を巡回している部隊が、異常に気付いて他支部へ応援要請をしているはず……。ただ、部隊長クラスの救援は期待できない。レイモンドやスヴェン部隊長が陣頭指揮につければ、発生した鬼種の掃討は充分に可能だろうが……。テロの主犯や、イヴたちの拘束は、状況によるだろうさ……」
「こんなナメられてみすみす逃がせるかっての!!」
銃声が響き渡り、備品室と書かれた扉の錠前がはじけ飛ぶ。マリアはいきおいをつけ扉を蹴り破った。
呼吸を整えたアルフレッドは部屋の隅にある四角い通気口を指す。
「あそこから、エントランス近くの休憩室まで続いている……。この教会支部を立て直す前からある古いものだ。方向感覚を失いやすいから気をつけるんだぞ」
「アンタこそ詰まって進めないとか止めてよね」
「言わせてもらうけど、俺より君の方がずっと不摂生な食生活をしてるからな」
「はあ? カフェインとニコチン中毒の引きこもりに言われたかないわー」
「引きこもりがちなのは仕事なんだがら仕方ないだろ! ここ最近は健康診断にだって引っかかってないぞ」
「そりゃ、ハッパやってた頃に比べたら健康でしょうよ」
「…………」
ダクトを強引に取り外したマリアは体を伏せて前進を始めた。懐中電灯を取り出したアルフレッドも苦い顔でその後に続く。
影に囲まれた壁の中は蒸し暑さが一段と増した。懐中電灯の細い光は心もとない。時おり聞こえてくる獣のような唸り声に鼓動がはやまった。
アリアがギュンターのグリップで強引に前方を阻む格子を殴りつけると、2人の視界を再び赤いランプが照らす。汗だくになって通気口から這いずり出たアルフレッドは床にへたり込んだ。
「さすがにコレ、特別手当もらってもいいよな……」
「他に何が欲しいって? 表彰状とか?」
「上司を殴る権利……」
「それには同意」
差し出された手を掴み、アルフレッドは体を起こす。体についたほこりを払い、痛む肩をゆっくりと回した。
マリアが銃で扉のロックを破壊しようとギュンターを向ける。しかし、引き金を引くより先に、扉は軽快な音を立ててマリアを通した。
「……アンタ開けた?」
「残念だが俺は魔法使いじゃないぞ」
アルフレッドは手にした懐中電灯を左右に振って見せる。
仮眠用のベッドを横切り、アルフレッドはマリアに続いて廊下へと出た。窓の外では厚い鉄の覆いがゆっくりと元に戻っていく。
一方で警告のランプは相変わらず点滅を繰り返している。
「なーんかハッピーエンドを迎えたようには見えないんだけど……」
マリアは壁を背につけ、足早にエントランスへと向かった。アルフレッドも腰のハンドガンを抜き、背後を注視する。
「……やけに静かなのよねー」
「だな……」
アルフレッドは固く頷く。スヴェンと別れた時は彼の部隊の人間が忙しなく動き回っていた。それが今や人影すらない。
マリアへ背を向けたまま、アルフレッドは渇く唇を舐めた。
「スヴェン部隊長なら最も優先するのはシェルターに避難させている非戦闘員だろう。部隊をシェルターまで下がらせて、応援が来るまで時間稼ぎをしているんじゃないか?」
「だとしたらあの脳筋ゴリラどもはドコよ?」
「現状のセキュリティレベルを抜けるには部隊長クラスの権限が必要だ。まあ、今はそれも正常に作動するか分からないが、それでもイヴたちは試すしかないだろう」
「だったらもっとスヴェンとドンパチしてなきゃおかしいじゃない」
「考えられる可能性が高いのは、両者の戦力が拮抗していること。もしくは別勢力の介入。互いに攻めるに攻められずにいるか。漁夫の利を狙われて一網打尽にされたか」
「それサイアクじゃん」
「最悪だとも。君も俺も他人を心配している場合じゃない」
「ここまでついて来てよく言うわよ」
鼻で笑い、マリアは角から顔を覗かせる。視線の先にあるエントランスはやけに暗い。警告ランプの灯りすら見えなかった。
アルフレッドが息をつく。
「照明が壊されてるな……。シェルターまで行こうにも、あの暗さじゃむやみやたらに突っ切るのは悪手か……」
「ちょっと様子見てくるから、アンタはここで……」
不意に、暗がりの中で何かが強い光を放つのが見て取れ、破裂音が響いた。2人はとっさにその場で身をかがめる。
マリアと同様にアルフレッドも目を細めた。
「……今のはフラッシュか?」
「だろうけど……。ウチで使ってるのとは別モンじゃない……?」
「俺もそんな気はしたが、確信はないな……。ローザがいれば判断できるんだが……」
「お坊ちゃんもようやく違いが判るようになったのね」
「うっ…………?!」
驚きの声を上げかけたアルフレッドの口を、暗がりから現れた手が塞いだ。
振り返ったマリアは声の主を見上げ目を瞬いた。




