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45.地面を這って④

 銃声はしたが、それらは全てアダムたちから遠く離れた壁や床をえぐり抜いた。

 恐る恐る顔を上げたアダムが辺りを見渡すと、白煙の中からこちらへ銃口を向けていた数人が床に転がっていた。

 目を凝らせば、その装いは黒一色で統一されており、聖典教会らしきシンボルをひとつも身に着けていない。


「あれ……? どうして君が鬼種(きしゅ)の味方をするんだい?」

「…………」


 白衣の女は心底、不思議そうに首を傾げる。

 そこにはつい先ほどまで脳震盪(のうしんとう)に苦しんでいた男が立っていた。彼は荒い息遣いで頬を濡らす血を拭い、次の弾倉を装填する。


「勘違いしないでください。私は罪を犯す者に対して、平等に正義を成すまでのこと……」

「さっきまで君を殺そうとしていた鬼種よりも、私の方が罪が重いって?」

「あなたはただ人を殺めただけでなく、同志を裏切ったのですよ。オーダム女史……!」


 声が震え、青年の顔立ちが歪む。向けられた銃口に女は素直に両手を挙げて見せた。


「研究を進めるための尊い犠牲だ。仕方ないだろう?」

「仕方ない……? これだけ非人道的に人間を殺めることが……? 仕方ないと……?」

「まあまあ。落ち着きなよ。部隊長サマ。そんなつまらない問答を私としていていいのかい?」

「…………」


 怒りに燃えるスヴェンの言葉を遮り、女は右手の指をつい、と滑らせ彼の背後をさした。

 にんまりと、口角が持ち上がる。


「はやく助けてあげないと、みんな食べられちゃうぞ?」

「っ…………?!」


 警報音が鳴り渡り、閉ざされていたはずの鋼鉄の壁がガラスの向こうでのぼっていく。

 アダムは息を呑んだ。再び持ち上がっていく重厚な鉄の音に混じり、狂った笑い声と足音が聞こえてくる。それらはひとつふたつではない。四方から死臭に引き寄せられるように、一斉にこちらへ迫っている。

 女は挙げていた両手を白衣に突っ込み、背を向ける。彼女の向かう先には、こちらに銃口を向けるいくつもの陰。それらはやはり黒い装束に身を包み、厳重な武装していた。


「さあ。好きな方を選びなよ。犬死するか。エサになるか」

「あなたと言う人はっ……!!」


 スヴェンは声を荒げる。

 その間にアダムはイヴの体を抱え、徐々に後退をしていた。汗が滝のように流れ落ちてくる。

 息苦しい。

 どうしていいのか、わからない。これまで自分で『決断』をくだしたことなどなかった。イヴかヴェルデンが自分に告げたことをこなすだけだった。


『何も考えなくていいんだから、オマエはラクだろうけど』

 

 オーギュストの言う通り。それは一種の怠惰であった。


「さあ! 楽しいショーの始まりだ! どうせならハデにやらないとね!」


 女の狂った笑い声が頭を揺らす。手からこぼれ落ちていく鮮血がだけが確かな感覚を残していた。

 何かを選ばなくてはならない。そして、何かを諦めねばならない。


「アダム……」

「っ…………」


 細い指が頬を撫でる。それでも主人を見下ろすことは、目を合わせることはしなかった。

 その選択肢だけは選ぶことはできない。それが自分の務めだと。それだけは譲らないと決めたのだ。


「ダレン殿……! 援護をお願いいたします……!」

「ンなコトはわかってンだよ、石頭……!」


 どこからかとんできた小さな無機質な塊が音を立てて転がる。

 声を張り上げるダレンに応え、アダムは全力で駆けた。辺りに閃光と破裂音が炸裂し、さらに白煙が立ち込める。

 強い光に視界がちらちらと明滅した。


「スヴェン殿……! こちらへ……!」

「…………」


 アダムは声を潜めて呼びかける。返事はなかったものの、足音は後ろをついてきた。

 もう1人分の足音をつれ、反対側へと走り抜ける。

 カウンターの陰まで走り切ると、銃を構えたダレンがアダムたちの背後へ銃口を向けて待っていた。


「またテメーは……! なんで余計なモンまでつれてきてンだっ!」

「今はその様なことを言っている場合ではありません!」

「…………」


 悪態をつきつつ、3人は再び物陰へ身を隠す。

 カウンターの陰にはルイスが青い顔でヴェルデンの脇腹をおさえていた。その横へイヴを横たえ、アダムはヴェルデンへ呼びかける。

 

「ヴェルデン様っ……。申し訳ありませんっ……。私がいながらっ……」

「原因は俺の慢心だ……。お前に非はねぇよ……」


 アダムが視認できるだけでも、数発の銀の銃弾が彼の体を貫き、脅かしていた。

 ヴェルデンは渇いた笑みを浮かべ、意識のないイヴを見下ろす。


「コッチ側の内通者は……オーギュストで間違いねぇ……。移送日の情報は……アイツから受け取ったからな……」

「では、外からやって来た鬼種は……」

「オーギュストの『子』だろうよ……」


 汗が浮かぶイヴの額を撫で、ヴェルデンは目を閉ざす。


「俺が時間を稼ぐ……。お前たちは隠れ家まで戻って……オーギュストが裏切ったことを『支援者』たちへ伝えてくれ……」

「何言ってるンですか、ヴェルデンさん……! オレも残ります……!」

「ダメだ……」


 ヴェルデンはダレンの言葉を遮りルイスへと視線を向ける。身を竦める彼に表情を和らげ、その肩を叩いた。


「アダム……。イヴとの約束だ……。ボウズを、安全な所まで連れて行け……」

「…………」

「ダレン、お前もだ……。俺とイヴの仕事を引き継げるのはお前しかいねぇ……。だから『支援者』がオーギュストに狩られる前に……早いトコ、知らせろ……」

「ンなこと言われたって……」

「お言葉ですが」

「なんだ……? 部隊長さんよ……」


 冷ややかな声が彼らの会話をさえぎる。

 カウンター越しに周囲への警戒を続けるスヴェンは大きく息を吐き出した。


「その体でどう時間を稼ぐと?」

「まだこの一帯を火の海にすることくらいはできるさ……」

「セキュリティがオーダムに乗っ取られている今、消火や空調システムが正常に作動する保証はありません。あなたがここを火の海に変えたとして、その火が広がったらどうしてくれるんですか」

「もうそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ……。なんなら、俺は……」

「ま、まって……おじさん……」


 震える声を絞り出し、ルイスはヴェルデンを見上げた。


「さっき、アダムが……オレの姉さんをシェルターまで連れて行ってくれたって言ってたんだっ……。まだ、マリアたちだっているかもしれない……」

「……だが、このままじゃお前まで死んじまうぞ」

「でも……! でも、姉さんたちを犠牲にしてオレだけ助かるなんてできないよ……!」


 ぼろぼろと堰を切ったように彼の目から涙があふれ出した。

 ヴェルデンはアダムを見上げる。その金色の双眸が言いたいことは察するに易かった。しかし、自身は両手を握り締めて動けないでいる。

 従うべき言葉がどれかは分かっていた。


「そろそろお互いにお別れは言えたかい?」


 女の声は相変わらず笑みを含んでいる。

 スヴェンとダレンはそれぞれ銃を構え直す。銃口の数には圧倒的な差があった。

 アダムはヴェルデンとイヴを見下ろし、歯を食いしばる。


『じゃあ、アンタはどうしてソコにいるの?』


 記憶の中で、彼女がこちらへ白銀の銃口を向けて再び問いかけた。


「私は……」


 アダムは立ち上がる。

 答えが決まっているのなら、あとは行動するだけではないのか。彼女のように。

 拳を握りしめ、アダムは振り返る。


「私は……! 私の務めを果たさねば……!」


 決めたのだ。

 アダムはカウンターを飛び越える。拳を握り、両足を前後へ開いた。


「私は……! 私は最期まで、イヴ様とヴェルデン様をお守りいたします……!」

 

 血で染まった白衣がなびく。女はアダムの言葉を鼻で笑った。


「そのまま仲良く死ねるなら本望ってヤツ?」

「まだ諦めません……! いいえ……! 最期のその時まで、絶対に……!」


 それが務めだ。彼女が自身に課せられた務めを全うするように。己もこの務めを貫き通す。でなければ、顔向けができない。

 アダムの前髪を、どこからともなく湧き出た風が揺らす。

 かたく拳を握るアダムに、女の眉がひくりとつりあがる。


「あー……。ほんっと、君のそーいうトコがさぁ……」


 女が腰から何かを取り出そうとした刹那。風が強くなった。

 突風はアダムたちを追い越し、一直線にひるがえる白衣へと迫る。女は慌てた様子で床を蹴り、大きく後退した。

 突風は逃げ遅れた数人を包み込む、小さなつむじ風を残し不自然に止んだ。


「キリュウ家が名代。キリュウ・メイ、参るのです」


 エントランスの中心で、ふたつ結びの小柄な女が1人。身の丈ほどの刃を鞘へと納める。

 一呼吸の間を置き、辺りに鮮血が飛び散った。それはまるで噴水のように、腕を切り落とされた胴からあふれ出る。

 途端に悲鳴が響き渡った。我に返った武装集団が彼女に向かい弾幕を張るも、すでにその姿はない。

 危うく流れ弾に当たる所だったアダムは何がなんだか分からないまま、再びカウンターに身を潜めた。

 いや、彼女には見覚えがある。


「おーい……。怪我人はまだ生きているかい……?」

「ぁあ? 誰だテメー?」

「あ、アルフレッド殿……?」


 そこへ這いずって現れた青年に、アダムはまた目を丸くした。


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