44.地面を這って③
一瞬がやけに長く感じた。バランスを崩した男の巨躯が膝から崩れ落ちる。
心臓が大きく跳ねた。ダレンの叫ぶ声がひどく遠い。
我に返ったアダムがとっさにイヴの体を抱え物陰へ転がり込んだ時には、すでに2回目の銃声が響いた後だった。
「イヴ様……!!」
強烈な破裂音に耳鳴りがした。
アダムの腕の中でイヴは小さく呻く。彼女の白いドレスがみるみる赤く染まっていく光景に、呼吸を忘れかけた。
辺りは白い煙に覆われている。おそらくはダレンの機転だろうがおかげで彼やヴェルデンの安否は不明だった。
アダムはとにかくイヴの腹に空いた風穴を塞ごうとその体を横たえる。自身のアウターを脱ぎ、出血部を抑えた。気休めにすらならないと分かっていても、そうするしかない。
うっすらと目を開いたイヴと視線が合い、アダムは言葉に詰まる。
「逃げなさい……アダム……」
「なりませんっ……! それだけはっ……! それだけは絶対にっ……!」
声を荒げるも、アダムは次にどうすれば良いのか分からなかった。
イヴを連れて逃げようにも逃げる先がない。それだけでなく、同様に負傷しているであろうヴェルデンを見捨てることになる。だからと言ってこのままでは襲撃者に2人して息の根を止められてしまう。
汗が次々と流れては落ちていった。
「美しい家族愛だねぇ。心が痛んでしまうな」
「っ……!」
白煙の中から現れたのは白衣を着た女だった。女は垂れた目を細め、イヴの傷を塞ごうとするアダムを見下ろしている。
「ありがとう。君たちのおかげでこちらは実に順調だ」
「あなたはっ……」
「私かい? 私はここの技術局長さ」
女はそう言って首にかかる名札をつまんで見せた。
「世話になったからせめて全員が苦しまずに殺してあげようかと思ったんだけど、ヴェルデンがとっさに君たちを庇ってしまったから、こんな結果になってしまった。実に申し訳ないね」
「っ…………」
薄くなり始めた白煙の向こう側から、こちらに照準を定めている人影はひとつではなかった。
アダムは歯を食いしばる。イヴの細い指がアダムの胸を弱々しく押している。
彼女はヘラリと笑い、手を振った。
「じゃあね。これでお別れだ」
アダムはイヴの上に覆い被さる。それしかできない。
『あの時』の彼女はたった一人で自分をあの地獄から救い出してくれたと言うのに、己れはなんと無力で弱いのだろう。
歯を食いしばる。握り締めた手の平から血が滲む。
複数の銃声が広い天井にこだました。




