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43.地面を這って②

 アダムがヴェルデンの傍らに歩み寄ると、彼は声を潜める。


「アダム。悪いがダレンを頼む。さっきので頭に血がのぼってンだろうからな。俺はイヴとボウズをみてる」

「最短の通路は塞いできたはずですが、マリア殿であれば必ず追ってきています。背後にお気をつけ下さい」

「ああ。できる限りの援護はしてやるがお前もムリはするなよ。俺の鬼才(きさい)はこの状況じゃあんまり使いたくはねぇからな」


 アダムはヴェルデンの手振りでダレンの位置を確認し、イヴに視線をやった。彼女は口元を緩めて「気を付けてね」と唇だけで伝える。

 頷いたアダムは深呼吸を挟み、物陰からエントランスの様子を探った。耳を澄ますが警報音以外に物音は確認できない。

 訪れた静寂にダレンは眉を潜めた。


「……おい。石頭。お前、あのクソヤローの気配感じたか?」

「……私のことですか?」

「テメー以外に誰がいンだよ」

「いえ。私からは視認できません」


 銃を構えるダレンへアダムは壁越しに応える。

 エントランスにはダレンが身を潜めている受付のカウンター以外にも、鑑賞植物が植わっている敷居や、石のオブジェなど、身を隠せる場所はまだある。

 アダムはダレンに向き直り力強く拳を握った。


「私が囮になりますので、ダレン殿がその内に撃って下さい」

「テメー実はオレよりバカだろ? 死にてぇのか?」


 眉を潜めたダレンはいら立ち気なため息をついた。


「相手がどこにいるのか見当ついてねぇのに出ていったらコッチはただの的だろうが」

「では、どうなさいますか?」

「こうするンだよ」


 そう言ってダレンはいくつもあるポケットから手の平に収まるほどの球体を取り出した。上部についていたピンを引き抜き、すぐにそれを反対側へと放り投げる。

 床に落ちるとほぼ同時に、強烈な光と音がエントランスの中心で炸裂する。


「……あのクソヤロー、退いたか?」


 しかし、やはり反応がない。閃光が収まり戻った静寂にダレンは舌を打つ。

 遮蔽物からわずかに顔を出し、ダレンは銃口を周囲へ向ける。


「いや、まさかとは思うが……」


 ダレンは目を伏せる。刹那。彼が床を蹴ると、そこへ銃弾がめり込んだ。

 間一髪でそれをかわしたダレンは背後へ弾幕を張りつつ前転などを交え、アダムの近くまで勢いよく駆け込んできた。

 悪態をつくダレンにアダムは目を瞬く。


「何があったのですか?」

「あンのクソヤロー! ぜってーブッ殺すぞ!」

「それはいけません、ダレン殿。イヴ様と目を合わせていただかねば」

「うるっせーな! わかってンだよ、ンなことは!」


 撃ちきった弾倉を取り外し、ダレンは息も荒く新たな弾倉をはめ込む。


「前言撤回だ、石頭。あのヤロー、弾だけじゃなく自分も透明になれンぞ」

「それはスゴイですね! 以前、本で読みましたが東の国にニンジャという……」

「はしゃいでンじゃねぇよアホか!」


 すぐさま銃を構え直したダレンはチラリと後ろのイヴを盗み見る。

 彼女はルイスの隣で微笑み、首を傾げた。


「……透明人間相手に、どうやって目を合わせるって言うんだ?」

「彼から滅鬼武装を奪えば良いのではないでしょうか」

「簡単に言うなよ。あのヤロー、オレの背後に回ってやがったのに影すら見えなかったぞ。どーいう仕組みだよ……」

「隊長クラスの滅鬼武装(めっきぶそう)は、どれも生前の鬼種(きしゅ)の鬼才を引き継いでいると聞いてはおりますが……」


 頬を伝う細い血の筋を指で拭い、ダレンは顔をしかめる。


「影も見えねぇんじゃさすがにガン攻めしたくねーな……」

「ダレン殿はなぜ先の銃弾をかわせたのですか?」

「……視線を感じたからカンで動いただけだ」


 それはそれで恐ろしい勘の良さだ。

 顔を輝かせるアダムをさえぎり、うなったダレンは口元を手で覆う。


「グレネードはまだ残しておかねぇといけねぇ……。ヴェルデンさんの火ならあぶり出せはするだろうが……。ヘタするとコッチが蒸し焼きになっちまうし……。このままモタモタしてると挟み撃ちに……」

「場所さえ分かれば、ダレン殿はあの滅鬼武装をどうにかできるのですか?」

「あ? ったりめぇだろ。透明人間ってだけで、動きならオレの方が上だ」

「承知いたしました」


 アダムは軽く肩を回した。腕だけを伸ばし、カウンターの上に転がっていたよく分からないオブジェを掴む。金属製のそれはそこそこの重さであったが、彼の腕力によって天井へ向かい勢いよく投げられた。弧を描く間もなく、それは天井の大きな照明のひとつを割った。

 ガラスの破片がやかましく床に散らばっていく。

 ダレンは怪訝そうに眉を潜めていたが、彼の意図を察すると銃口を天井へ向け、照明を順々に、ひとつひとつ撃ち抜いていった。

 エントランスは暗闇に包まれていく。廊下から漏れる僅かな灯りがうっすらと足元を照らすも、中央部分には闇が広がった。

 2人は目を閉ざし、耳を澄ます。

 自身の鼓動、呼吸。そして、確かに割れたガラス片が乾いた音を立てる。


「見つけたぜクソヤローが!」


 すかさずダレンがカウンターから身を乗り出し、銃弾をばらまいた。

 アダムもほぼ同時に走り出す。視界はほぼ暗闇だった。銃声に合わせて距離をとる音を追いかけて行く。

 床に散らばったガラスの破片は少しでも過重を加えれば音を立て、だからと言って足を止めればその居場所を知らせてしまう。

 追っていた足音が不規則に変わる。アダムがとっさに身をかわすと目に見えないいくつかの銃弾が近くを掠めた。ダレンが弾幕の合間に何かのカウントをしているのがかすかに聞こえてくる。

 アダムはひるまず見えない人影を追う。一発が腕をかすめ、さらにまた足をかすめた。

 熱を帯びる痛みを堪え、アダムは拳を握りしめる。


「弾がこちらの方向からとんできたと言うことは……!」


 踏み込んだ彼の肩をついに一発が貫く。記憶に新しい古傷が重なり、アダムは歯を食いしばりなお、拳を振りかぶる。その右手は空を切った。

 ガラスの破片は軽快な音を立て後退する。


「この先に射手がいると言うとこと……!」


 よみがえった記憶を元に、アダムは間髪を入れず大きく足を回した。今度は確かな手応えと共に、破片の上を見えない何かが転がっていく。

 周囲の破片が遠くへ散らばる。暗がりの虚空から小さな血の塊が落ちた。


「弾切れだよなァ? 隊長さんよォ!」

「っぅ……!」


 そこへ飛び込んできたダレンが銃のストックで殴りかかる。

 鈍い音と共に、スヴェンの体がガラス片の上を転がった。


「頭ブチ抜かれたくなきゃ動くんじゃねーぞ!」


 ダレンの笑い声が響き渡り、銃口がスヴェンのこめかみにヒタリと当てられた。

 アダムはうめくスヴェンの様子に慌てて屈み込む。


「やり過ぎではありませんか、ダレン殿……?」

「生きてりゃ良いんだよ、生きてりゃあ! 五体満足なだけ感謝しやがれ!」


 ダレンがスヴェンの銃を蹴り飛ばす。ガラスの破片を巻き込み、それは暗闇へと消えていく。

 アダムがスヴェンの顔を覗き込むと端正な顔に生傷がいくつも作られていた。彼は自身の上体を腕で支え、険しい目つきでアダムを睨んでいる。


「っ……なぜ、銀の弾を受けて……まだ動いているっ……? まさかっ……」

「…………」


 アダムは視線をそらす。

 彼の予想は間違っているはずだ。数百年と生きているイヴやヴェルデンですら、自分と同じ存在に出会ったことはないと言う。

 背後からパキパキとガラスを砕く足音が近づいてくる。ひとつは足早にアダムの元へ駆け寄り、出血する彼の腕をとった。


「もう、アダム……。あなたったら、またそうやって……」

「この程度であれば問題ありません、イヴ様。一日もあれば……」

「そうじゃねぇだろう。アダム」

「その……申し訳ありません……」


 ヴェルデンにたしなめられ、アダムは頭を下げた。大きな手の平はため息と共にその頭を優しく撫でる。


「助かったことには違いねぇ。こんなトコでボヤ騒ぎなんて起こしたくはねぇからな」

「あなたたちにいっぱいお礼をしなくちゃね。その前にきちんと手当てをしないといけないけれど……」


 イヴの手が汗ばんだ髪を手櫛ですく。照れくさくなって視線を泳がせていると、今度はこちらを見上げるとルイスと目が合ってしまう。

 彼は血を流すアダムを見て色を失っていた。


「い、痛くないの……?」

「痛くないかと問われれば痛いですが……。この程度であれば気の持ちようでどうにかなります」

「おい、ガキ。そいつの頭がおかしいだけだから間に受けンじゃねーぞ」

「え……」

 

 ダレンの言葉にルイスはますます困惑した様子でアダムを見上げた。アダムはぎこちなく笑って視線を泳がせた。

 一方で、荒い呼吸を繰り返すスヴェンの横へイヴが膝をつく。顔を上げないスヴェンへ、彼女は諭すように声をかけた。


「ごめんなさいね、スヴェン君。私たちはルイス君を連れてここから出て行きたいだけなの。少しお手伝いをしてくださらない?」

「……そのためにこんなことを?」

「この施設内で起こった鬼化に関して、私たちは無関係よ。あなたもレイモンド君から私の鬼才がどんなものか聞いているでしょう?」

「…………」

「本当だったら、私が()()()をして出て行くだけで済んだのよ。こんなことをする必要がないわ。後日、レイモンド君ときちんとお話しをした方が良くてよ、スヴェン君」

「だとしても、何故あなた方も彼の移送日を知っていて、決行を今日と定めたのですか。仮にあなた方と別の勢力がこの支部の襲撃を画策していたとして、その予定が偶然にも被る確率がどれほどだと?」

「それは……」


 スヴェンの言葉に、イヴは言葉を詰まらせた。傍らのヴェルデンが息を呑む気配がする。

 気づけばアダムの体は突きとばされていた。慌てて受け身を取り、顔を上げる。同時に、生温い飛沫が頬へ跳ねた。


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