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42.地面を這って①

 重厚な鉄の鉄板が下がり切ると、けたたましい警報音も止んだ。

 スヴェンは薄暗くなった辺りを見回し小さく息をつく。


「警備システムが復旧したようですね。まったく……。これがレイモンドの功績であれば少しは見直すのですが、恐らくは違いますね……」

「スヴェン部隊長。隔壁、及びドアロックの作動を確認いたしました。いかがいたしますか」


 思わず口をつく小言を咳払いで誤魔化し、スヴェンはやって来た部下たちへ向き直る。


「救援が来るまではシェルター内の非戦闘員の身の安全を最優先にします。教会の外へ出て行った幽鬼(ゆうき)は?」

「確認した幽鬼はごく少数でした。支部周辺を巡回している小隊が対応にあたっているはずです」

「では、残るは研究棟の掃討と……」


 スヴェンは視線を滑らせる。血痕のこびりついた受付カウンターを睨みつけ、ゆっくりと銃口を向けた。


「この元凶の始末ですか」

「おいおい。人を勝手に犯人にしないでくれよ」


 赤いランプに紫煙が漂う。

 暗がりに浮かび上がった長身の陰へ、一斉に銃口が向けられた。

 ゆったりとカウンターへもたれかかる大柄な男は引き寄せた灰皿へ煙草を傾けた。


「こんな騒ぎを起こして俺に何の得があるって? こっちが状況を聞きたいくらいだ」

「聴取であれば拘束した後にいくらでも聞きます。大人しく投降しなさい」

「そりゃあムリな話しだな」


 男の声は笑みを含み、肩を竦める。


「こんな騒ぎを起こされちゃ、俺も黙ってられねぇしなァ。近ごろネズミがこそこそ動いているのは気付いていたが、ネズミどころかとんだ害獣だったようだ」

「この状況でシラを切り通す気ですか」

「よくよく考えろ。スヴェン・ブラウアー」

「…………」


 男の手の中で残りの吸殻が燃え上がり、消え去った。

 金色の双眸が細められ、口角から犬歯が覗く。


「もし俺が教会を潰すとなったらわざわざ本拠地に乗り込むなんてバカな真似はしねぇ。任務外のお前と技術局長を張り込んで殺した方がよっぽど楽だろう? お前さんたちとやり合うくらいなら、この建物ごと景気よくフッ飛ばすさ」


 体を起こした男の顔が赤いランプに照らし出される。

 スヴェンは眉を潜め、振り返ることなく告げた。


「特徴がレイモンドからの報告内容と一致します。敵は『四鬼(しき)』のヴェルデンで間違いありません。あなた方は後退し、シェルターの防衛に徹しなさい」

「ですが、スヴェン部隊長。周囲にまだ幽鬼や他の鬼種(きしゅ)が潜んでいる可能性が……」

「必要なのは救援が来るまでの時間稼ぎです。報告通りであれば、アレを人数で囲うのは悪手になります。時間稼ぎだけであれば、私が最も適任でしょう」

「……承知いたしました。女神の加護があらんことを」

「そして我らが仇敵(きゅうてき)に正義の鉄槌を」


 頭を下げ、彼らは後方へ姿を消した。

 スヴェンは対峙する影を睨みつける。ヴェルデンは新たな煙草をくわえて熱の灯る指先で火をつけた。


「他人の命を優先するとは、聖人の鏡だな。シラーと大違いだ」

「あなたを相手にするとなれば他の人員は足手まといになると判断したまでのこと」

「そう謙遜するなよ」


 ヴェルデンは細く長く、紫煙を吐き出した。

 

「お前さんが下がらせてなかったら、いくらかかすってただろうよ」

「……!」


 スヴェンは物陰へと飛び込む。

 銃声をともない石材の床に鉛玉がめり込んだ。ターゲットに当たらないと見るや銃声は止み、暗がりの廊下の中から悪態が聞こえた。そしてスヴェンに向かい、間隔の広い足音が一気に迫ってくる。

 息を大きく吐き出し、スヴェンは引き金にかける指へ力を込めた。


「……その程度で私を下せると?」

「なんっ……?!」


 瞬間。ダレンの髪を掠め取り、いくつかが胸部に強烈な衝撃を与える。呻き声をあげたその体は後ろへと倒れた。

 とどめの引き金をひこうとしたスヴェンの目の前を炎が舐める。腕で口元を覆い、スヴェンは後方へととび退く。

 倒れた体をヴェルデンが物陰に引きずり込むのを視認したスヴェンは空の弾倉を入れ変える。そうして、スヴェンの姿は音も無く暗がりに溶けていった。

 

 ダレンを物陰へ引きずり込んだヴェルデンは彼の頬を手の甲で軽くはたいて呼びかける。

 ダレンはむせながらもガバリと勢いよく上体を起こした。


「おぇっ……! あンのっ……! げほっ……! クソヤローがっ……!」

「油断するなと言ったろう、ダレン」


 彼が胸を抑えると防弾プレートに食い込んでいた弾が落ちた。よろめくダレンの背を叩き、ヴェルデンは紫煙を吐く。


「それで? 何か見えたか?」

「みえなかった、でず……。弾もなんも……。それどころか発砲音すらしねぇ……」

「お前の目でも見えない弾ってのは厄介だな。むしろよく避けたもんだ」

「引き金はひいてましたし、銃口の向きで判断できなくはありませんケド……。あの型とマガジンならだいたい弾数は15+1あたりっすね。貫通力がないんで気を付けてください」

「それだけ分かれば十分だ。休んでるか?」

「あのヤローはオレがぜってーブッ殺します!」

「あらあら。必要のない喧嘩はダメよ、ダレン君」

「おわっ?! イヴさんっ?!」


 驚いて飛びあがるダレンの背後でイヴは微笑む。

 暗がりから現れた彼女は頬に手をあて、眉を下げる。


「と、言いたいところだけれど……。出口が塞がれている以上は、あのコが必要になるのかしら?」

「そうだな。で、例のボウズは?」

「ルイス殿であればこちらに。移動の際は私が背負ってお連れいたします。ですが、第13部隊の方々とはち合わせ致しました。あまり時間はないかと」

「と、なると……。シラーもいる可能性があるってことか……」

 

 アダムがヴェルデンへ頭を下げる。ルイスは彼の背にしがみついたまま、身を小さくする。

 ヴェルデンは頷くと無言でダレンへハンドサインを送る。それを受けた彼は姿勢を低くして移動を始めた。


「シラーとは会ったのか?」

「いいえ。マリアちゃんたちとは少しお話しをしたけど、協力は得られなかったわ。でもアダムに手伝ってもらって通路を塞いできたから、時間は稼げているはずよ」

「シラーがどっかにいるなら厄介だ。ヤツならお前の鬼才(きさい)も何となく察してンだろう。俺たちで援護はするが、ムリはしないでくれよ」

「目が合えばあとは私がやるわ」

「頼りにしてるぜ、女王サマ」


 2人は互いの頬へ軽く口づけ、小さく笑った。

 アダムはルイスを連れ、物陰へと伏せさせる。フードを目深に被り直し、アダムはグローブを強く握った。そんな彼をルイスは不安げに見上げる。


「この後はどうするの……? このままじゃ出られないよね……?」

「あの部隊長殿に隔壁を開けていただきます。部隊長殿であれば、大抵の警備システムは通過できるでしょう」

「開けてもらうって……。どうやって……?」


 首を傾げるルイスにアダムは微笑み、口元で静かに指を立てて見せる。


「そこは少々、手荒い手段で」



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