41.星を目指して③
足を止める他なく、マリアは視線を自身の真横へと向ける。
じわりと浮かんだ脂汗が顎を伝う。
「何してンのよ、アルフレッド……」
「っ…………っぅ…………なにがっ……どうしてっ…………?」
アルフレッドの呼吸は荒く、その手は震えていたがマリアの頭を撃ち抜くには十分だった。
まだ視線を合わせてはいないはず。
困惑するアルフレッドが抵抗を試みるも、銃口はマリアへ向けられたまま動かない。
かたわらでルイスが息を呑むのが聞こえる。
2人は距離を保ったまま、その場を動かない。動くことができなかった。
代わりに、それまで黙って成り行きを見守っていたアダムがルイスへ手を差し出す。
彼は膝をつき、表情を硬くするルイスの顔を覗き込む。
「いかがされますか、ルイス殿?」
「…………」
ルイスがマリアを見上げるも、彼女は銃口を向けるアルフレッドから視線を外すことができないでいる。
アダムは声を和らげた。
「ご安心ください。イヴ様にお2人を害す意思はありません」
「……本当に?」
「お2人がその場を動かなければ、の話しですが」
沈黙が続いた。赤いランプの点滅が繰り返される。
マリアの手から、汗ばんだ手の平の感触がゆっくりと離れていく。
「……あとで覚えてなさい、この脳筋ゴリラ」
「ご武運を祈っております、マリア殿」
「…………」
わずかにルイスの声がマリアの耳を掠めたが、聞き取ることはできない。
足音は徐々に警報音に紛れて消える。
イヴは微笑み、軽く手を振った。
「また機会があればゆっくりお話ししましょうね」
白い髪も瞬く間に暗がりへ溶けていく。
アルフレッドの手にしていたハンドガンが滑り落ちた。
膝から崩れ落ちる彼の背を、マリアがとっさに腕で壁へ抑えつける。彼女は呻くアルフレッドの足元へと銃口を向けた。
「すまないっ……マリア……」
「謝るより先に自分の心配しなさいよ。まだヤバいの?」
「わからない……。頭の中の声は、止んだが……」
マリアはゆっくりとアルフレッドの拘束を解き、彼が落とした銃を拾い上げた。
ずるずると壁に背を預けてへたり込むアルフレッド。彼は苦虫を噛み潰し、マリアから差し出されたそれを受け取る。
「本当にすまない、マリア……。俺は彼女の鬼才をあまく見ていたようだ……」
「ウジウジしてるヒマなんてないわよ。早いトコあのゴリラどもの後を追わないと」
「さっき試験室から弾を少し持って来た……。俺の荷物の中に……」
「そーいうトコは有能よねー」
アルフレッドからリュックサックをはぎ取り、中身を漁りだすマリア。
ずり落ちたメガネを外し、彼は肩を落とした。
「……ルイスはやっぱり彼女たちの側についたな」
「そりゃ、いつくるとも分からない寿命がくるまで監禁される。なんて、聞かされたら誰だって抵抗するわよ。みんなそうでしょ」
「まったく……。嫌な仕事だ……」
マリアは冷ややかに返す。
懐へ手を伸ばしたアルフレッドは紙箱から煙草を取り出しかけるも、苦い顔をして元へ戻した。
「オーダム局長は行方知れずだし……。この支部の技術部はほぼ壊滅だし……。今度ばかりは他人事じゃ済まないな……」
「なんかマズいことでもあンの?」
「人事異動されるかもしれないだろ? これでも支部副局長候補だったからな……」
「ああ。そーだったっけ。1年でウチに異動してきたクセにね」
「オーダムさんが事あるごとに俺を推薦してきたからな……。こっちはいい迷惑だったよ……」
「……そう言えば、今回もあのうさんくさい女から呼び出されてわよね。てか、このタイミングでジジイとスヴェンの奴も同時に呼び出されてるっておかしくない?」
辺りに気配がないことを確認し、マリアはアルフレッドの隣へ腰を下ろした。
彼女の指は空の弾倉へ子気味よく銀の弾を装填していく。
体を壁へ預け、アルフレッドは息をついた。
「休憩がてら、少し状況を整理するか……」
「まず、このバカ騒ぎの元凶はあの脳筋ゴリラとは別で確実なのよね?」
「そうだな……。イヴ、アダム。そしてヴェルデンの勢力はルイスの奪還を目的に動いている。おそらく彼女たちは俺たちがルイスを保護したあの時からその予定だった。ルイスの様子からしても、俺やローザが気を失っていた間に話しがあったとみていいだろう」
「で? このバカ騒ぎの元は?」
「現時点で判明していることはいくつかあるが、首謀者と目的は未だにはっきりしない。以前の港での無線障害と言い、敵が長期間かけて今回の襲撃を画策していた可能性は極めて高い。港での一件はリハーサルだったのかもな……。段取りとしては、警備隊の内通者による警備室およびシステムの占拠。同時にルイスが口にした菓子と同様の物を仕込んで、ブルーガーデン支部に幽鬼を出現させる。それがおそらく現状だ。問題はこの後の動きか……」
「部隊を幽鬼に殺させる気? だとすればアタシたちを呼び出したあの女、完全にクロよ」
「受付に置いてあった鬼化するチョコレートは研究室の差し入れ……。スヴェン部隊長とレイモンドを呼び出したのもオーダム局長……。その上、行方をくらましているのは確かに怪しいんだが……」
「だが……?」
アルフレッドは煙草の箱を手持ち無沙汰に手の内でもてあそぶ。
マリアは首を傾げ、土気色の顔を覗き込んだ。にじんだ彼の脂汗が首筋を伝う。
「支部の壊滅が狙いなのだとしたら、レイモンドに君を連れてくるように伝えるのはおかしい……。オーダム局長は君が養成所で成績上位者だったと言うことも、レイモンドから直々に戦闘訓練を受けていることも当然知っている」
「あー……それもそうか……」
「受付の菓子も。どうしてわざわざ出どころを晒す? 加えて、ヘザーのようにたまたま口にする可能性もある。幽鬼の出現場所をコントロールするのが困難になるのに、そんな危険を鬼種研究の第一人者であるあの人が冒すか?」
「あの女、昔はジジイとギュンターとも組んでたらしいし……。幽鬼じゃ、いくら数を揃えたとしてもジジイを殺せないのは分かってるはずなのよネー」
「オーダム局長は、ハメられてるんじゃないか……?」
眼鏡をかけ直したアルフレッドが口元へ手をやり思案する。
マリアは立ち上がり「うーん」と体を伸ばした。
「状況証拠が『オーダム局長が犯人だ』と、綺麗に口をそろえている……。スヴェン部隊長の性格なら順当にオーダム局長を疑うだろう……」
「まあ、アイツでなくても疑うデショ」
「彼女が無実であることを証明できない限り、俺たちは彼女を首謀者候補から外せない。けれども敵の目的がはっきりしていない現状ではオーダム局長であると決めつけるのも早計である気がしてならない……。何かを見落としてるはずだ……。何か……」
煙草の箱をしまったアルフレッドもリュックを背負い立ち上がった。マリアは腰に手をあて息をつく。
「ってか、ただでさえ面倒事になってるって言うのに……。なんでこう言う時に限ってあの脳筋ゴリラどもがやって来たんだか……。移送日バレてるとしか思えないんですケド……?」
「バレていたろうな。拘束後、よほどのことが無い限り、一週間以内には隔離施設へ移送しなければならないと決まっているし……。奪還するならもう今夜しか、ない……」
「……なによ」
そこではた、とアルフレッドはマリアを見た。
マリアは眉を潜めて先を促す。彼は再び口元をおさえて目を伏せた。
「……それだ。マズいぞ、マリア。敵の狙いはスヴェン部隊長とレイモンド。そしてヴェルデンとイヴだ」
「なに、そのちょー欲張りセット」
アルフレッドはマリアの声も耳に入らないようで口早に続ける。
「部隊長をわざわざ呼び出したと言うことは、そういうことのはず……。このブルーガーデンで部隊長を殺せる程の力を持った鬼種はヴェルデンとイヴ以外にはいない。ルイスの移送日を知るのも、教会内部に協力者がいたならそう難しくはなかったろう。イヴがわざわざルイスに接触してきたことを知ったその第三者は移送日を鬼種側にわざと流し、ルイスを餌にイヴをおびき寄せた……」
「あの女、どさくさに紛れて逃げる気マンマンだったんじゃない。ルイスがいるとは言え、そもそも向こうが全力で逃げたら意味ないでしょ」
「だからスヴェン部隊長に気取られる危険を冒してまでして警備システムを乗っ取ったんだ。隔壁が操作不能となれば部隊長は建物内の幽鬼を抑えるために出入口を封鎖し続けるか、掃討するかの二択を迫られる。一方でルイスを取り戻したいイヴも、自分たちから意識がそれている内に侵入したい。それが現状だ。あとは内部に両者を閉じ込めてしまえば、首謀者が手を汚さずとも結末はおのずと絞られてくる」
「はぁ……。なるほど……」
険しい表情のアルフレッドに、マリアは腕を組んで首を傾げる。
「で……。つまり、どういうこと……?」
アルフレッドの大きなため息と共に再びけたたましい警報が響き渡る。
窓の外で鋼鉄の壁が音を立てて下がり始めた。




