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40.星を目指して②

 マリアは腰に残った弾倉の数を見て顔をしかめる。


「ほら、終わったわよ。さっさとご主人サマ連れて帰った帰った……」

「マリア殿をシェルターまで」

「最後の弾はアンタにくれてやってもいいんだけど……?」

「ねぇ、マリア。その人は誰……?」


 物陰から顔出すルイス。

 アダムの顎へ銃口を突き付けていたマリアは舌打ちをし、ギュンターを収めた。


「この間、アンタをさらいにきた女のイヌ」

「えっと……イヴの、知り合い……?」

「申し遅れました、ルイス殿。私はアダムと申しまして、イヴ様のお世話をしている者です。以後、お見知りおきを」

「え……? あ、うん……」


 深々と頭を下げるアダム。ルイスは言葉を濁した。


「イヴが迎えに来てるって、ことだよね……?」

「はい。ルイス殿のお返事をいただきたく参りました。どうされますか?」

「…………」


 柔和な微笑みに、ルイスはうつむく。彼はチラリとマリアを盗み見る。

 目が合った彼女は軽く肩を竦めた。


「……好きにしなさい。ただし、アタシはアタシの仕事をするわよ」

「ご安心くださいルイス殿。マリア殿は確かに手強い御方ですが、ルイス殿がイヴ様の元へたどり着くまでの時間稼ぎは私でも十分にできます」

「そんなに床が舐めたいなら今すぐにでもまた腹に穴あけてやるけど?」

「私を殺すと明言されないマリア殿のお心遣い、誠に感心いたします」

「…………」

「とは言ったものの、マリア殿。無言で銃口を押しつけるのはおやめください」


 以前、撃ち抜かれた肩にぐりぐりと銃口が押し付けられアダムは苦笑する。それがまた彼女の勘に障ったようで一際に大きな舌打ちが聞こえてきた。

 そんな彼の様子に、ルイスはうろんげにアダムを眺める。


「お兄さん……。本当に鬼種(きしゅ)……?」

「はい。私はこれでも50を過ぎていますよ」

「ご、じゅっ……?! その言動で……?」

「そこまで驚かれずとも……」


 思わずたじろぐマリアの様子にアダムは眉を下げた。

 しかしルイスの顔は晴れない。彼はむしろ表情を硬くした。


「でも、なんか……オレやイヴと違うよね……?」

「そうですね。私に血を分けた『親』と呼ばれる方がどのような鬼種だったか不明でして。他の鬼種の方々と比べましても私はだいぶ非力で、人間に近く感じられるかもしれません」

「そうじゃなくて……。だって、その……その、さ……」

「……?」


 言葉に迷うルイス。マリアは眉を潜め、アダムを睥睨した。

 彼は目元を和らげ、静かに微笑んでいる。


「……アンタやっぱりただの鬼種じゃないでしょ?」

「マリア殿が思うような特別な存在ではございません。私がイヴ様やヴェルデン様に比べて脆弱で非力なのは事実です」

「……あ。ヴェルデンで思い出したけど、またアイツも一緒なの?」


 アダムの発した名に、マリアは当初の目的を思い出す。

 そもそもこんなに走り回っているのは迷子の放送どころか周囲と連絡が取れないからだ。


「アンタたちが妙な小細工してるおかげでアルフレッドと合流できないのよ。面倒だからヤツの居場所はきなさい」

「妙な小細工、とは何のことですか?」

「…………」


 首を傾げるアダム。その反応にマリアは彼と初めて出会った時のことを思い出した。

 迷子の彼が眺めていたのは紙のパンフレット。使っていたのは型落ちの携帯電話。


「……無線や電子機器をダメにするような鬼才(きさい)がアンタらの仲間にいるかって聞いてンの。もしくはそのテに明るい人間の協力者」

「そのような方がいらっしゃったとしても、今回はイヴ様のご希望により同伴者は必要最低限です」

「なるほどね………」


 マリアは悪態をついた。ルイスの手を引き、マリアは歩き始める。

 当然、アダムが引き留めようとすると彼女は声音を下げた。


「退きなさい。悠長にアンタと話しているヒマはない」


 アダムはルイスを挟み足早に進むマリアの隣を歩く。歩調を合わせる彼とは目も合わせず、マリアは前方に注意を払い続けていた。


「アンタたちと港の倉庫でやりあった時も、今みたいに無線が使えなかった。アンタたちの仕業だと思ってたけど、違うってンならそいつらはあの時も高みの見物してったってコトになる。現状からしても、教会(コッチ)を潰したいのは確かでしょ。ルイスを巻き込むワケにはいかない」

「そのようなことが……。私もあの時、部隊の動きが鈍くなったと感じてはいましたが……」

「さっきも悪趣味な罠にかかったしね。陰湿な輩には違いないわよ」

「それってもしかして……」


 歯切れ悪く問いかけるルイスに、マリアは笑ってその肩を叩く。


「さっきのはアタシが判断に迷ったのが悪かったわ。アンタのおかげで中の様子が分かったから、幽鬼(ゆうき)のど真ン中に突っ込まずに済んだのよ」

「先の幽鬼の群れのことですか?」

「そ。助けを求める声を流して、救助にきた人間を狩る常とう手段。第13部隊(ウチ)は斥候だからそーいうのを知らせるのがお仕事なワケ」

「そのような罠が教会支部の奥に仕かけてあったのだとすれば、相手の鬼種は事前に侵入していた可能性が……」

「もしくは、手引きしたクソヤローがいるか」

「……申し訳ありません、マリア殿。少々お静かに」


 マリアの話しに耳を傾けていたアダムは不意に足を止め指を口元へ立てる。マリアもギュンターを構え、曲がり角を注視した。

 彼女の後ろでルイスが耳を澄ます。足音が息を切らして近づいてきていた。


「やっと見つけたぞ、マリア……!」


 ルイスが顔を上げると、眼鏡をかけた男が駆け寄ってきた。見知った顔に思わず胸を撫で下ろす。

 一方でマリアはうろんげに眉を持ち上げた。


「アンタこそなんでこんなトコ1人でうろついてンのよ。ジジイは?」

「レイモンドなら、研究室までオーダム局長を探しに行ったよ……。ま、あの人なら俺のサポートなんてなくても涼しい顔で戻ってくるさ……。レイモンドが()()してるおかげか、こっちはだいぶ鬼種の数も減っているようだな」


 アルフレッドはメガネを持ち上げ大きく息を吐いた。


「正面玄関はスヴェン部隊長が抑えてくれているから、ここへ来る前に警備室の様子も見に行ったんだ。隔壁の挙動がおかしいだろ? 案の定、警備室に常駐している警備隊は全滅。警備システムが乗っ取られていた上に、今の俺の装備じゃ取り返せない状態だ。仕方ないから君がルイスを退避させると踏んで追いかけてきた」

「ちょっとちょっと……。ウチのシステムってそんなザルなわけ?」


 腰に手を当て呆れるマリアに彼は「まさか」と頭を振る。


「警備隊の定期連絡が途切れてしまえば、スヴェン部隊長が警備室に駆け付けるまでに鉢合わせするはずさ」

「つまりはフツーじゃないって?」

「殺されていた警備隊には抵抗の跡が見られなかった」


 メガネの向こうでアルフレッドは険しい表情で続ける。


「俺の素人目になるが全員、至近距離からの銃殺だろう。死んでからそれなりに時間も経っていたし、食事の形跡もない……。だとすれば鬼種の可能性は低い。何せ、警備室のセキュリティをこじ開けた様子もなかった」

「じゃ、やっぱり引き入れたネズミがいるワケね?」

「俺と同じくらい、そう言ったシステムに明るい人間か、警備隊の誰かだな。かなり候補は限られる。……その辺りの相談もしたいんが、少し良いかい、マリア?」


 口を開きかけたマリアにアルフレッドは待ったをかける。

 そして、かたわらで微笑むアダムを指し、大きく肩を落とした。


「どうして彼がここに……? 君が言っていたイヴのお付きの特徴そのままなのは気のせいじゃないよな……?」

「言っとくけどアタシが呼んだんじゃないわよ。ソイツが勝手にくっついてくるの」


 苛立ち気に息をつくマリア。

 対してアダムはアルフレッドへ右手を差し出す。


「アルフレッド殿はお初にお目にかかりますね。私はアダムと申します」

「あー……。すまない……。立場上、君と握手はちょっと……」


 朗らかに差し出された手をアルフレッドはやんわりと断った。


「それでどうしてここに? 君はルイスを連れ出したいんじゃないのか?」

「可能な限りルイス殿を穏便にお連れしたいと考えております。あなた方の部隊長であるレイモンド殿のご協力を願えませんでしょうか?」

「アンタ馬鹿なの……?」


 マリアの口はつい思ったことをそのまま言葉にする。アルフレッドもつられて言葉を濁した。


「現状は正直言って、確かに好転しているとは言い難いな。得体の知れない君のご主人様と、襲撃犯との板挟みにはなりたくない。ルイスが君たちについて行きたいと言うなら、俺たちがここで君と敵対するのは余計な手間だ」

「では……」

「でも、できないものはできない」

「…………」


 アルフレッドは淡々と返答し、腰のハンドガンへと手を伸ばす。


「俺たちは人を殺してでも食べてしまう鬼種(きしゅ)と呼ばれる病人から、一般人を守るのが仕事だ。君たちがこの先、ルイスに一度だって人間を殺させないと証明できない限り、俺たちは君にルイスを引き渡すことはできない」

「それは困ったわ。それなりの誠意は見せたと思うのだけど……」

「?!」


 穏やかな声音に2人は息を呑んだ。

 暗がりから出てきた白い影は小さく笑う。

 マリアはルイスを連れ、ゆっくりと後ろへ下がった。アルフレッドも同様に、視線を伏せたままその足元だけを視界の隅へ捉える。


「私はマリアちゃんもアルフレッドくんのことも信頼しているから、心苦しいわねぇ……」

「ハッ……。そりゃどうも……」


 鼻で笑い、マリアはギュンターを固く握る。


「言っておくけど。手の内さえ分かってりゃ、アタシはアンタとそこのゴリラの額をソッコーで撃ち抜く自信はあるわよ?」

「ごめんなさいね。マリアちゃんとたくさんお話ししたいのは山々なのだけど、あまり浮気をしてはヴェルデンが拗ねてしまうの」


 イヴはふふっと笑い返す。

 そしてルイスを連れて後退を続けるマリアのこめかみに銃口が突き付けられた。


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