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04.日差しを浴びて②

 ソファへ腰かけ、タバコを蒸かす同期の表情は乏しい。


「おっはよー。ローザ」

「おはよう」


 ローザは短く返す。吐き出された紫煙が天井へとのぼっていく。

 マリアは大切な昼食をローテーブルへとのせた。そこにはタバコの吸い殻が山になった灰皿を中心に、空き缶や菓子の袋などがそのままになっている。

 脚を組み直したローザがアルフレッドにむかい、プラスチックの容器を差し出す。


「なんだい、ローザ」

「これ、気分じゃない」

「だから君は自分で買いに行ってくれと言ったんだ……」


 肩を落とし、アルフレッドは自身の席を指さした。

 ノート型のパソコンの隣に置かれた未開封のアイスコーヒーの缶と、ローザが手にしていたカフェオレの容器がすぐに入れ替わる。

 そんな様子を見て、初老の男は笑いを噛み殺していた。テーブルの最奥に腰かけた彼の傍らにはタバコの吸い殻が空き缶に突っ込まれ、足元には空き瓶が転がっている。彼は左手で切り離したピザを丸めて口に放り込んだ。


「まーたこのジジイは……。昼間っから飲んでんじゃないわよ、レイモンド」

 

 マリアは男の隣へ腰を下ろし、傾けていた缶を取り上げる。が、すでに中身は空っぽであった。


「かてェこと言うなって。今日はまだ3本目だ」

「まだって何だ、まだって。自重しろ生臭坊主」


 マリアは取り上げた空き缶をぐしゃりと握り潰し、ゴミ箱へ投げた。空き缶は騒がしくゴミ箱へと収まる。

 紙袋から昼食を広げつつ、マリアは室内を見回した。


「メイは?」

「俺の代理で支部に昨日の報告。またスヴェンくんに説教されたくないからネ」

「自業自得ですよ。少しは年下の同僚に説教されることを恥じて下さい」


 パソコンの前へ腰を落ち着けたアルフレッドが眉間をおさえる。

 マリアはハンバーガーの包み紙をめくり、深く息を吸い込んだ。バンズの麦の香り。あふれる肉汁。鮮やかなトマトソース。どれをとっても素晴らしい。

 至福の時を楽しむ彼女の横ではアルフレッドのぼやきが続いていた。


「ミーティングでも囮役だって散々に釘を刺されたでしょうに。スヴェン部隊長と無駄に険悪な関係を形成しないで下さい」

「でも~? アタシたちが手を出しちゃダメとは言われなかったし?」


 唇についたトマトソースを指で拭い、マリアがローザに同意を求める。ローザは「そうね」とそっけない相槌を返した。

 レイモンドは紙ナプキンに指を擦り付ける。


「俺は囮役の命が危険だったから発砲を許可しただけだもーん」

「またそろってそんな屁理屈を……。解雇通知がきても知りませんよ」

「ただでさえ誰もやりたがらない仕事なんだから、人事にそんな余裕ナイナイ」


 鼻で笑い、彼は脇に立てかけた杖を取る。ゆっくりと腰を上げたレイモンドは左足を地面に擦りながら、部屋の隅にある冷蔵庫へと足を向ける。

 アルフレッドはひとりうなだれて頭を抱えた。


「人事も切実にどうにかして下さい。出動要請が多過ぎますって……。この支部に残ってる人員は本来、緊急時のためのスタンバイ要員ですよ……?」 

「アタシもー。今年になってまだ一度も有給消化してなーい」

「お前、有給使ってすることあるのか」

「余計なお世話だ、クソジジイ」


 意地悪く笑うレイモンドへマリアはソースのついた中指を立てる。

 彼は片手で器用に栓抜きを扱い、ビンの栓を開けた。軽快な音と共に冷えた発泡酒が飲み口までせり上がる。


「ま。ここ最近の鬼種(きしゅ)の目撃、通報数が多いのは事実だ。ブルーガーデン以外の州じゃ今のところ変動はないが、部隊長の間でも危惧はしてンのよ」

「他で変わりないってことはこの辺りで『子』を増やしてるってこと?」

「ああ。このブルーガーデンは首都であるディールムーンと同程度の警戒体勢なんだが、数字を見る限りその様子なんだ」


 アルフレッドが箱から新しいタバコを出していると、伸びてきたローザの手が当然のように彼の箱から1本拝借していく。自身のタバコへ火をつけ、アルフレッドは無言でローザの前へライターを置いた。

 レイモンドが肩を竦め、灰皿にあった中途半端な吸い殻を摘まむ。


「コッチは北部のディールムーンほど凍死や飢死の心配は少ねぇし、大昔の下水道なんかがまだ残ってるからな。ヴェルデンみてぇにかくれんぼするだけの知能が残ってる鬼種だとかなり厄介なのよ、コレが」

「ヴェルデンほどおとなしいならまだマシでしょ。昨日みたいな考えなしに狩りをするヤツらが『子』を増やしてンなら冗談じゃ済まないわよ」


 紙コップの蓋を外し、マリアが小さな氷を噛み砕く。薄いコーラが口の中を潤す。

 アルフレッドのライターは最終的にレイモンドの手元へと渡り、天井で紫煙が混ざり合う。


「州も観光に規制をかけるつもりらしい。このまま原因が分からずに増え続けるようじゃ、シルヴィア第1部隊長の手を借りるかもな」

「えー……。アタシ、あそこと一緒に仕事したくないんだけど」

「仕方ないだろ。さっきも触れたが第13部隊(ウチ)の本分は本来であれば偵察、斥候だ。実際の討伐任務に就いている第2部隊が鬼種の増加を抑えられないとなれば、重い腰も上げるさ」

「どいつもこいつも、ハッパ感覚で鬼種になろうとするヤツが多過ぎなのよ」


 マリアが指についたソースを舐めていると、アルフレッドは紙ナプキンを彼女の前にこれ見よがしに置いた。

 レイモンドが大袈裟に頭をふってみせる。


「実際は厄介な奇病だってのに、未だ鬼種の血を不老不死になれる魔法のお薬だと信じてる阿呆も多い。お仕事が無くならないのは助かるけど、困ったもんだねぇ」

「近ごろまた流行りだした覚醒剤なんて鬼種の血に比べたらかわいいモノですよ」

「アルフレッド君が言うと説得力が違うわネー」

「黒歴史からでも教訓は得られるものさ……」


 ニヤニヤと笑うマリアにアルフレッドは渋い表情を返した。

 灰皿へ煙草を置いた彼は足元のアタッシュケースを滑らせる。マリアは銀色のケースを足で受け止め、テーブルの上へのせた。同様にローザの横には背負えるほどの大きさのケースが置かれていた。

 

「そう言うことだから、滅鬼武装(めっきぶそう)は慎重に扱うんだぞ。今以上に人手が足りなくなったらウチは回らないからな」

 

 咳払いを挟み、アルフレッドは追加で薄いピルケースを2人へ投げてよこす。マリアがそれを掴むとクリアケースの中で錠剤が音を立てた。


「昨夜は損傷もなかったし、滅鬼武装はメンテナンスと弾薬の補充だけだ。緊急の呼び出しが増えてるから抑制剤の管理は個人でもしっかりするんだぞ。特にマリアは適正値が高いとは言え、ギュンターは『食費』がかかる。気をつけてくれよ」

「はーい」


 マリアは自身のアタッシュケースを軽く叩く。

 灰皿へ煙草を押し付け、ローザは無言でケースを片手に立ち上がった。

 よっこいせ、と。レイモンドも次いで腰を上げる。


「そうそう。マリア」

「なに?」

「いつもの買いだし頼むわ。俺このあと約束あってさぁ。メイちゃんは遅くなるかもしれないし」

「たまには自分で行け、この生臭坊主」


 眉をつり上げるマリアに構わずレイモンドはくしゃくしゃに丸まった札とメモ用紙をテーブルへ置いた。  


「そう言うな。どうせこのあと出かけるつもりなんだろ。ほら、お小遣い」

「アタシを何歳だと思ってるワケ?」


 マリアが恨めし気にアルフレッドを見ると、彼はノートパソコンを脇へ抱えた足で扉を開いた。その横をローザが足早に通り過ぎる。


「悪いけど、俺もこれから技術部のミーティングなんだよ」

「じゃ、よろしく。日暮れまでには帰るネー」

「…………」


 紫煙が立ち込める部屋にマリアだけが残された。

 マリアは丸めたハンバーガーの包み紙を力任せにゴミ箱へ投げつける。

 日差しは最も高くなり、夏の太陽はますます陽気な午後を照らしていた。

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