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39.星を目指して①

 ルイスはマリアを呼び止めた。

 震える指で壁を指し示す。そこには『食堂』との文字がある。


「なに、ルイス?」

「誰かが助けてって……」


 マリアはルイスを背から下ろすと耳をすます。扉へ耳をつけると、確かに誰かの声が聞こえる。しかし鳴り響く警報音に混じりその内容ははっきりとはせず、辺りには血痕もなかった。そして扉の先がどうなっているのか。こちらから知る術はない。


「この時間じゃ夜勤もここにはそんないないはずだけど……? 他に何か聞こえる?」

「助けてって、女の人がずっと繰り返してる……。怪我をしてる人がいるんだって……。あとは、人が歩いてる音かな……。他にも人がいるみたいだけど、同じ人がずっと助けてって言ってるみたい……」

「ふーん……」

「マリア……? 助けに行かないの……?」


 彼女に先ほどの勢いはなく、その場で貧乏ゆすりを始める。

 しばし間を空け、マリアはルイスの手を取り踵を返した。

 ルイスは引き留めようとマリアの腕を引くが、彼女の歩調は逆に早まる。


「マリア、中で人が助けてって言ってるのに……!」

「ソコはもう諦めるしかない」

「どうして!」


 ルイスはマリアの手を振りほどく。自分でも驚くほど彼女の手から簡単に逃れられた。

 扉を指さし、ルイスは声を張り上げる。

 

「なんであの人たちは助けないの……?! はやくしないと、オレみたいになっちゃうかもしれないのに……!」

「ちょっと待ちなさい、ルイス……! 静かに……!」


 マリアが慌てて人差し指を口元へあてたが、ルイスは廊下を駆け戻り扉を叩いた。


「大丈夫ですか……? 今なら外に出ても大丈夫ですよ……!」

「ダメダメダメダメ……! もうソコはダメなんだって!」

「なんでだよ、マリア……!」


 マリアは慌ててルイスを抱えて走り出す。再び彼女から逃れようとしたルイスだったが、響いた鈍い音に目を瞬く。見ると、扉が大きく歪んでいる。

 歪みは徐々に大きくなっていく。加えて、聞こえてくるのは獣のような呻き声と、幾重にも重なる足音。

 ルイスは生唾を呑み込んだ。


「ちゃんと掴まってなさいよ、ルイス!」


 過重に耐え切れなくなった扉が金具ごと破られた。同時に、飢えた餓鬼(がき)の群れが溢れ出す。それらは一直線にこちらを目がけて迫り来る。

 呼吸も忘れてルイスはマリアにしがみつた。

 彼女はルイスの腰を抱え直し、ギュンターのグリップを強く握る。赤い明かりの元、銃身は黒鉄から白銀へと姿を変えた。


「ハイハイ! 起きなさいギュンター! 仕事の時間!」


 ルイスを抱え、マリアは赤く照らされた廊下を駆ける。曲がり角で鉢合わせた幽鬼(ゆうき)の頭を銀の弾が正確に撃ち抜いた。倒れ込む骸を飛び越え、マリアは走り続ける。

 その銃声が合図だったように、背後に迫る餓鬼の群れは勢いを増していく。

 マリアは悪態をついた。


「ナメられたもんね……!」


 再び前方に気配を感じ、マリアはギュンターを構える。大きく角を曲がり、引き金にかけた指へ力を込めた。


「マリア殿!!」

「ばっ……?!」


 思わずその顔に風穴を開けるところであった。いや、この男であれば避けたかもしれないが。

 マリアは急ブレーキをかけ、体勢を立て直す。

 銃口を額へ向けられたまま、アダムは顔を輝かせた。


「このような所で奇遇でございますね!」

「そんな呑気な状況じゃないんだっての、こンのバカ……!」

「うわっ?!」


 殴りたい衝動を抑え込み、マリアはルイスをアダムへ預けた。

 戸惑うルイスをアダムは難なく受け止める。


「お待ちください、マリア殿……!」

「ちょっとルイス預かってなさいゴリラ!」

「マリア殿……!」

「言っとくケド、ケガさせたらタダじゃおかないわよ!」


 マリアはルイスを指さしアダムへ念を押した。そして迫りくる餓鬼の群れへと自ら飛び込む。

 伸びてきた腕を避け、その頭部へ次々と銃弾を撃ち込む。撃ち切ると一度距離をとり、空の弾倉を捨てた。装填する間にも迫る気配へ右足を思いきりねじ込む。


「お待ちをマリア殿……! 少々お話ししたいことが……!」

「だぁから……!アンタってヤツは……!」


 マリアの右足とアダムの拳を同時に受けた幽鬼は後続を巻き込んで吹き飛んでいった。

 弾の装填を終えたマリアはアダムの額に照準を合わせる。


「アタシのジャマして楽しんでンの?!」

「落ち着いて下さい。ルイス殿には身を隠していただいております。見つかったとしても、完全に鬼化している彼の足であれば幽鬼に追いつかれることはありません。そもそも、鬼種(きしゅ)はよほどのことが無い限り同類の血肉を食らうことはないのです」

「…………」


 アダムの背後に迫っていた幽鬼の頭を撃ち抜き、マリアは舌打ちする。


「いちおー確認しておくけど、この騒ぎはアンタたちの仕業じゃないでしょーね?」

「違います。私たちがルイス殿をお迎えにあがったところ、警報が鳴り始めた次第です。マリア殿はなぜ、そうでないと思われたのですか?」

「アンタのご主人様の鬼才(きさい)があれば簡単に中に入り込めるんだから、こんなまどろっこしいマネしないでしょうが」

「マリア殿は思っていたより冷静に物事を考えて下さっているのですね!」

「は? なに? やっぱりアタシにケンカ売ってンのアンタ?」


 マリアは青筋を浮かべて自身の背後から迫る気配に向かい、くり返し弾を打ち込んだ。

 その間に、アダムが手近な自販機を両手で難なく持ち上げ、放り投げる。先頭を走ってきた幽鬼が派手に音を立てて転がる自販機の下敷きになった。


「この者たちは通常の幽鬼とは異なります。襲撃犯の鬼種が鬼才を有している可能性を考えても、お1人で戦うのは危険かと」

「だからってコイツらを外に出すワケにはいかないのよ」

「私が」

「余計なお世話だって言ってンのよ! こっちの気も知らずにこのお人好しは……!」


 食い下がるアダムを背にしてマリアは苛立ち気に引き金を引く。勢いを削がれた餓鬼の群れは散り散りになって2人に襲いかかる。

 アダムは2台目の自販機を放り投げる。転がる鉄の塊は重なり合い、バリケードのように廊下を塞いだ。


「ルイス殿をここまで安全にお連れいただいたご恩があります! せめてマリア殿が他の方と合流されるまでは……!」

「合流した瞬間にアンタが蜂の巣にされるだけだってーの! ツラ割れてンだから大人しく帰れ!」

「ご恩に報いず逃げ去るなど私が納得できません!」

「ホンット……! アンタ、そう言うトコ……!」


 眉間をおさえてマリアは唸った。

 行く手を阻む自販機をどうにか抜けようと、隙間から幽鬼たちが這い出てくる。マリアは苛立ちに任せて銃弾を撃ち込んでいった。

 次第に銃声がなくなり、ルイスは廊下をのぞき込む。そこには血に塗れた男女が口論する様子があった。

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