37.星空は遠く①
「あなた何してるんですか?!」
「そんなん見りゃ分かるでしょ」
ルイスはマリアに手を引かれ隔離室を出ていた。『ギュンター』を連れて戻ると言う彼女は、案の定その場にいた警備員たちから銃口を向けられる。
天井で回る赤いランプを指さし、マリアは眉根を持ち上げた。
「アンタたちこそ、なに悠長にしてンの。訓練じゃないのよ」
「こ、拘束中の鬼種は護送車が来るまで隔離室に待機させることになっているんです! その鬼種を戻して下さい!」
「電話も繋がらないのに護送車が来るかってーの。きちんと両手も拘束してるんだから、アタシが責任もってシェルターまで連れてくわ」
「あなたは部隊長でもないでしょう?! 命令違反ですよ!」
「…………」
血相を変える警備員たちの言うことが間違っているとも思えない。少なくとも、数週間前の自分なら彼らと同じ反応をしていただろう。
舌打ちするマリアの裾をひっぱり、ルイスは目を伏せる。
「オレ、やっぱり戻るよ、マリア……。あの部屋は頑丈なんでしょ? それより、姉さんを……」
「ダメ。アンタも一緒じゃなきゃ」
「なんで?」
「ヤな予感がするから」
そんな理由が通る訳もなく、ギュンターは金網の向こう側にある。
銃口が真横に迫り、マリアはルイスの手を離し両手を挙げた。
「彼の方がよっぽど賢明ですよ。彼の身柄は私たちが預かりますので、あなたは上層階の援護に向かってください」
「ハイハイ……。分かったわよ……」
マリアは息をつく。そうして、真横にある銃身を掴んだ。
とっさに放たれた弾が床に穴を穿つ。ぎょっとする相手の体を蹴り飛ばし、奪ったハンドガンを呆気に取られるもう一人の警備員へと向けた。
「目の前でお友だちの腕がフッ飛ばされたくなければ、アタシのギュンターを返しなさい」
そんな数分前の出来事を思い起こし、ルイスは深いため息をついた。
「やってることがチンピラなんだよね……」
「なんか言った?」
「何も……」
ルイスは首を横へ振った。確かに両手に手錠はしているが足には何の拘束具もない。
これではいつでも逃げ出せてしまう。
「さっきの人たちは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない? そんな強く縛ってこなかったし。武器もそばに置いてきてやったし」
「なら、良いけど……」
前を行く背が頼もしいようで不安である。
マリアが先行し、ついてくるようルイスへとハンドサインを送る。その繰り返しで長く無機質な廊下を進んでいた。
赤いランプの点滅は止まらない。ルイスは落ち着くために深呼吸した。すると堪えがたいにおいが鼻の奥を刺激し、思わず口元をおおう。
気づいたマリアは足を止めた。
「どうかした?」
「……気持ちわるい、においがする」
「どんな?」
「血のにおい、みたいだけど……。なんか、ちがう……」
兄から与えられていた輸血パックのにおいも堪えがたいものだったが、これはその上をいく。吐き気さえ覚えた。
マリアはルイスの前へと屈んだ。
「歩ける? しんどいなら背中におぶるわよ。アタシの首絞めないようにお願いね」
「オレ、もうそんな歳じゃない……」
「そんなこと言ってる場合じゃないっての。電話も繋がらないからダメガネも呼び出せないし……。セシリアがシェルターまで避難できてるならいいけど」
「…………」
はい、と。マリアは背中を向ける。
ルイスは苦い顔をしたが彼女が急かすので仕方なくその背に掴まった。
立ち上がったマリアの足取りは先ほどと大差ない。
「……マリアはオレをどこへ連れてくの?」
「研究棟のシェルター。たしか支部で襲撃や鬼化が発生した緊急時は、出入口が塞がれるんだった気がするのよねー。さすがにアンタ背負って戦えるほど弾の余裕もなくて。一度アルフレッドたちのいる研究室まで下がるわ」
「オレがいっしょで大丈夫なの?」
「まあ、拘束はされるかもしれないけど……。まだアンタは誰も殺しちゃいないし、ウチのクソジジイがいればどうにかなるでしょ」
「…………」
ルイスは質問を止めて押し黙る。臭いの元がだんだんと近づいてきていて、できれば空気を吸いたくなかった。
自身の手を握ると、固い爪が食い込む。数日前に削ったばかりのはずだった。
絶え間ない警報と赤いランプの点滅に、ひどく気が滅入った。




