36.厚い雲の向こう側に②
けたたましい警報を受け、アダムは表情を強張らせた。
「ヴェルデン様」
「…………」
それまで静寂の中で祈りを捧げていた信者が神父に従い慌てて外へと出ていく。
その様子を身を潜めて眺めていたヴェルデンも眉根を持ち上げる。
「先客とは困ったものだな」
「そうねぇ……」
すんすん、と。イヴは鼻を目的地へと向ける。
「オーギュストではなさそうだけれど、困ったわ……。お話しができそうな雰囲気ではなくてよ」
「日を改めます?」
そう問いかけながらもダレンは背負っていた鞄から銃器を取り出していた。アダムはダレンの肩に担がれたそれを背後からしげしげと眺める。
「ンだよ」
「いえ。そういった銃はなかなか見たことがないもので……」
「教会は弾をケチってやがるからな」
ダレンは空になったカバンを脇へ放り投げ、ご満悦な様子で黒い銃身を撫でる。
その手つきは動物を撫でるような優しさだった。
「人間用の弾じゃ鬼種の動きを止められねぇから、独自に弾を製造してマガジンに詰めてやがる。だが、ンなコストのたっけぇ弾をフルオートで何十発とぶっ放すワケにもいかねぇからか、アイツらは持ってるとしてもセミオートのハンドガンだ。正面からコイツと撃ち合えるヤツはまずいねぇ」
「ダレン殿のそちらはどのような銃なのですか?」
「あ? コイツはLMGっつってな………………」
アダムと視線があったダレンはしばし口を閉ざす。
「……?」
「……テキトーに狙って引き金ひいとけばたいていのヤツはくたばる」
「今、とてもめんどくさがられたような気が……」
銃器とは反対の肩にリュックを背負い、ダレンはヴェルデンの名を呼ぶ。
当のヴェルデンは未だ目的地の様子をうかがっているだけで動こうとはしない。
人の気配が消えた聖堂で、ろうそくの灯だけが揺れている。警報の先では赤いランプがちらちらと点滅しているのがこの距離からでも見えていた。
動く気配のないヴェルデンの手を取り、イヴは目を伏せる。
「行きましょう、あなた」
「……相手の情報もナシにか?」
「あのコが、ルイスが心配だわ。約束をした以上、私にはあのコを守る義務があるもの」
「俺はお前が心配なんだ、イヴ」
「あなたより私の方がずぅっと強いのに……?」
「それを言われちまうとなぁ……」
絡む指にイヴは小さく笑い、ヴェルデンは苦笑する。彼の足は重い一歩を踏み出した。
銃を構えるダレンを先頭に、アダムは背後を警戒しながらその後ろについた。
聖堂とガラス張りの建造物を繋ぐ廊下へと出る。窓と言う窓から、赤い光が漏れていた。彼らの侵入を拒むように、建物全体が真昼の様に煌々と照らされている。
「さて、どこから入る?」
「正面からではお邪魔かしら」
「熱烈なお出迎えがあるだろうよ」
「あら、やっぱり?」
「ダレン。付近の警備は?」
「ういッス。ちょっと待ってて下さい……」
一行は壁際で足を止めた。ダレンはその場にしゃがみ込むと地面へ耳をあてた。
しばし間を空けて、彼は折った指を1本、2本と広げる。
「……2時の方向に3人組。9時の方向に離れていく足音が多数。それ以外は中ですかね。念のため言っておきますけど正面は止めた方が良いです」
「イヴ様、私が……」
「ダレン君と2人で大丈夫よ。アダムはここで待っていてね」
イヴは微笑み、口元へ指を立てる。
ヴェルデンに肩を叩かれたアダムは渋々、後ろへ下がった。
彼女はダレンと共に植木をかき分けて茂みの中へと姿を消してしまう。
「ただいま。開けてもらったから行きましょうか」
そわそわと落ち着きないアダムの心配をよそに、彼女は数分と経たずに戻ってきた。
アダムとヴェルデンが彼女の後ろをついて行くと、小さな裏口の傍らで、武装した3人の男が寝息を立てて眠っている。
ダレンは彼らの腕から剥いだ薄いカードをヴェルデンとアダムに差しだす。
「第2のヤツらッスね。コレでたいていのゲートは通れると思います。例のガキがいるだろう留置所まで開くかは怪しいですケド……」
「そしたらまた開いてくれるコを探すから大丈夫よ」
「気を付けて下さいよ、イヴさん……。なんかヤバそうなニオイしてますから……」
ダレンは苦い表情で鼻を覆い、開かれたドアの先を見た。
赤いランプが照らす廊下に足を踏み入れ、ヴェルデンは眉を潜める。
「何があったか分かるか、ダレン」
「いえ。警戒を解く館内放送も無いですし、第2のヤツら以外に警備隊もいるはずなんですが、やけに数が少ねぇ。オマケに臭いがヤバイです。お仲間の臭いが。特に別棟の方がヤベーかと」
銃を担ぎ直し、彼は廊下の先を指さす。
アダムは後ろ手で扉を閉ざした。ダレンの言う通り、この場に人の気配はないというのに、錆びた鉄のにおいが肺を満たしていく。
それでもイヴが足を進めるので、一行はランプの点滅する廊下を進み始めた。
広い廊下へと出ると、あちらこちらに血痕と、骸が転がっていた。
それは人間の形相とは程遠い。両目が突き出し、歯が肉食獣のごとく発達した結果、顎の形までも変わっている。
「なんか、幽鬼にしちゃ様子がおかしくねーですか……?」
「…………」
ダレンが恐る恐ると言った様子で2人に問いかけるも、ヴェルデンは無言を返した。
むせ返るような血のにおいに、アダムは胸をおさえる。
においには慣れている。ただ、この光景はおぞましい。
脂汗が額を伝う。脳裏に懐かしくも痛ましい記憶がちらついた。
無機質な空間に、血のにおい。観察のための檻。徐々に薄れていく意識と自我。
「アダム」
「……はい」
我に返ると、主人の冷たい指が自身の震える手を覆っていた。
赤いランプが点滅する中でも、その紅玉の瞳はアダムの記憶に美しく輝く。
「待っている?」
「申し訳ありません、イヴ様……。もう大丈夫です」
「そう。辛いならきちんと言ってね」
徐々に落ち着いてきた鼓動に、アダムは息をつく。
イヴは柔らかに微笑み、彼の頬をそっと撫でた。
ヴェルデンは前方に見えてきた非常階段の入口を指さす。
「アダムはイヴと一緒にボウズを迎えに行け。俺たちは周囲を確認してからヤツらの気を引く。ボウズの警護が厳重なら無理はせずに戻ってこい。俺が代わりに迎えに行く」
「かしこまりました。お気をつけ下さい」
「お前たちもな」
ヴェルデンが視線をイヴに向けると、彼女は静かに笑う。
「あなたもダレン君も、無理はしないでね」
「欲張ってかっこつけるのも程ほどにしねぇとなぁ」
「安心して下さいイヴさん! ヴェルデンさんはオレが死んでも守りますから!」
「イヴの話しをちゃんと聞いてたのか、ダレン?」
ヴェルデンは犬歯を覗かせて笑う。
2人に頭を下げ、アダムはイヴと共に非常階段への扉を開き、足早に地下へと伸びる赤い階段を下りていった。




