33.夜を待つ①
街の中央にそびえる聖堂は煌々と照らし出され、数々の彫刻作品の影が四方に延びている。すでに月が真上まできているにもかかわらず、十字架の前には両手を合わせる人影があった。
その横を抜け、ガラス張りの建造物に足を踏み入れると、蛍光灯の白い明かりが視界を広げる。
「ヤだヤだ……。どーして俺まで付き合わなきゃいけないんだか……」
「あなたが部隊長なんですから当然でしょう? 上層部が戦闘の指揮をとるあなたにでなく、技術部の支部局長を通して連絡してくる時点でなかなかの問題だと思いますよ……」
「俺、昔からジイさんたちに嫌われててさー。つい口滑らせて怒らせちゃうみたいなんだよねー」
「でしょうねー」
杖が一定のリズムで床を叩く傍らで、マリアは指でボールを回す。
ニーナから借りてきたそれはすれて汚れが染みついていたが、空気もれなどはないようだ。
「ねぇ」と。マリアは横目でアルフレッドへ視線をやる。
「サッカーって、アタシでもできるの?」
「……まあ、君ならたいていのスポーツでエース級の活躍ができるんじゃないか」
「ふーん。そうなんだ」
「…………」
アルフレッドが自身の名前が刻まれたカードをゲートへかざすと、厚いガラスの扉が横へと滑っていった。四方を白い壁に囲まれた無機質なロビーは実際よりも広く見える。
眠気を誘うクラシカルな音楽に、マリアはあくびをかみ殺す。
「あら。久しぶり、アルフレッド。遅くまでお疲れ様です。レイモンド部隊長」
「ああ、ヘザー。夜番おつかれ」
「どーも、きれいなお嬢さっいって……?!」
「黙ってなさい生臭坊主」
「まだ何も言ってねーだろ!」
ブロンドの受付嬢は微笑をたたえて手を振る。
マリアは間髪入れずにだらしなく口端を緩めて手を振り返すレイモンドの足を踏みつけた。
アルフレッドの職員証を受け取った彼女は自身の脇に置かれたガラスのボールを指差す。
「あなたもどう? 研究室の人が余った分を持ってきてくれたの。オーダム局長の差し入れですって。おいしかったわよ」
「差し入れ?」
アルフレッドは示された先をちらりと見る。中にはかわいらしく個包装されたチョコレート菓子が詰まっていた。
マリアとにらみ合っていたレイモンドはわずかに眉根を持ち上げる。
「ふーん……? ライラが?」
「競馬で散財するどっかの飲んだくれとは大違いね」
「勝ってもやらない、やらない。部隊長になると菓子ひとつプレゼントするにも、めんどくせー手続きしなきゃいけないんだモン。俺、そーいうのキライなんだよねー」
「知ってるわよ」
冷ややかなマリアの視線を受けるも、レイモンドは首を横へ振った。
差し出されたチョコレートを前に、アルフレッドは言葉を濁す。
「あー……。ありがたいけど、今は気分じゃなくてね」
「へぇ? 研究室にいた頃は毎日のように甘いもの食べてたのに」
彼女は頬杖をつき、アルフレッドを見上げた。
「技術部には戻ってこないの?」
「未だに先輩方にあまりよく思われていないようだし、遠慮しておくよ」
「そうそう。この間のミーティングでもスタース副局長たちにいじめられたんですって?」
「別になんてことはない。いつもの愚痴に付き合っただけだ」
「たいへんねぇ。気が変わったらいつでも声かけてちょうだい。オーダム局長は第4研究室にいるみたいよ」
カードリーダーが軽快な音を立てた。それを受けた正面の扉はひとりでに開く。
受付嬢に礼を述べ、カードをリュックへしまうアルフレッドの耳元でレイモンドは意地悪く笑った。
「相変わらずスミに置けない男だな、アルフレッドくん。資産家の息子じゃ仕方ないだろうが」
「その話しは止めていただけませんかね……」
「まあまあ。そう謙遜するなって。にしてもアルフレッドくんのタイプがブロンド美女とは意外だよネ、マリア」
「またそーやってセクハラしてると説教くらうわよ、くそジジイ」
「おっと……」
ガラス越しの人影を指差すマリア。アルフレッドは深いため息をついた。
先ほど通った扉がスライドしてまたさらに数人の男を通す。言葉を呑み込んだレイモンドだったが、先頭の青年は顔を見るや否や眉をひそめるのだった。
「あなたがこんな時間まで務めに励むとは珍しいですね、レイモンド」
「一言めに嫌味はないでしょう、スヴェンくーん?」
レイモンドは肩を竦めて杖で床を叩く。
部下をひき連れたスヴェンはアルフレッドと同様に自身の名が刻まれたカードを受付嬢へと差し出した。
「お疲れ様です、スヴェン部隊長。オーダム局長は第4研究室でお待ちです」
「ありがとう。夜番ご苦労様」
スヴェンは頭を下げる受付嬢へと微笑む。
部下を引き連れて先へ進もうとする彼の姿に、レイモンドは顎をさすり首を傾げる。
「あれ? スヴェンくんもライラに用事?」
「ええ。オーダム女史から呼び出しを受けまして。別任務の最中でしたのでこのような時間に……」
「俺もついさっき呼び出されたんだけど、スヴェンくんがいるとは聞いてないなぁ」
「私も初耳です」
「俺とスヴェンくんが仲良しだから気をつかわれてンのかね」
「私とあなたが仲良し……? 実に不愉快な冗談ですね」
「冷たいな~。俺、君に実技を教えた先生なのに……」
「ええ。あなただけは神が許しても私が許しません。レイモンド・シラー」
大げさに肩を竦めて見せるレイモンド。
無表情のスヴェン。彼の手は腰の大口径のハンドガンへと伸びていた。
マリアは息をついてアルフレッドの肩を軽く叩いた。
「アタシはルイスのトコ寄ってからそっち行くわ」
「ああ。オーダムさんには俺から言っておくよ。君が必要になったら電話するから、迷子の放送を流されたくなかったらちゃんと出てくれよ」
「はいはーい」
マリアは頷き、一足先にゲートをくぐる。
背後でアルフレッドがいい歳をした男の代わりスヴェンに謝罪をしているのが聞こえた。
やれやれと頭を振り、マリアは無機質な廊下にボールを転がす。くたびれたボールは彼女の行く先を導くように、軽快に跳ねた。




