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31.それでも上を向いて①

 やれやれ、と。レイモンドは大げさに肩を竦める。


「全く世話が焼ける部下だよネー。今週は俺の推し馬ちゃん惨敗だったし、嫌な週末~」

「ギュンター、試し撃ちにあの生臭坊主の左腕落としても良い?」

 

 マリアは数日ぶりに手元へ帰ってきたアタッシュケースを軽く叩く。もちろん返答はない。

 アルフレッドとローザはほぼ同時に紫煙を吐き出していた。青汁で一服したメイがレイモンドを睥睨する。


「謹慎を言いつけておいて今度はサービス残業です? じじ様にチクるのです」

「待て待て。あの妖怪にチクるのはよしなさい。ちゃあんとマジメな話しするって」


 レイモンドはテーブルの上にファイルを投げた。

 マリアたちが視線で先を促すと、アルフレッドが表紙を開く。身を乗り出したメイは目を瞬いた。


「新聞記事と……。機密文書と書いてあるのです」

「かなり苦労して探し出したよ。レイモンドに頼んで探してもらったけど、支部には目ぼしい情報がほぼ残ってなかったからな。市内の図書館をハシゴしてきた」


 アルフレッドは眼鏡を持ち上げ、声を落とす。

 

「レイモンド以外にはこの報告をあげてないんだが……。ルイスに接触してきた鬼種(きしゅ)、イヴにこの案件を調べる様に促された」

「あの女が?」

 

 意識を奪った赤い瞳を思い出し、マリアは眉を吊り上げる。

 ローザの指がコピーされたスクラップ記事をペラペラとめくった。


「『カルト教団のおぞましい研究』?」

「教会が表立って鬼種討滅(きしゅとうめつ)部隊を組む以前。ざっと50年くらい前の昔話しだ。まだ鬼種の研究も進んでなくて、奇病だって判明するちょっと前あたりかなー」


 レイモンドの指が子気味よくテーブルを叩く。


「まあ、ざっくり概要をまとめると……。神に選ばれた人間だけが完璧に鬼化(きか)できて、不死を手に入れられると思い込んでいた輩が集まって、人体実験をしてたんだな」

「よく聞くマジもんにヤバい案件のにおいがしますです」

「それもこのカルト教団。立ち上げたのが以前に聖典教会の信者だったことが判明してさぁ、大変」

「ふーん……。それで『めんどくさい』ってこと……」


 マリアは横目で資料を眺める。そこには個人の性別や年齢、身体的特徴に至るまで細かく記載されていた。


「……NO.111」

 

 見覚えのある数字だ。

 マリアはその内の一枚を指で摘まみ出す。大抵の番号は1、2枚のレポートに収まっていたが、その番号だけは数枚に渡り経過が記されている。

 アルフレッドは苦い顔を浮かべた。

 

「さっきレイモンドが言った通り。この計画は意図的に人間を鬼化させ、不死を手に入れるのが目的だった。被検体は、親のいない孤児や、人身売買から選ばれた人たちだったそうだ」

「アダム君(仮)(かっこかり)には、教会(ウチ)に似た刺青と、そのナンバリングがあったんだろう、マリア」

「…………」


 レイモンドが腕の内側を指さす。

 十字架と数字の刺青を思い起こし、マリアは歯噛みする。

 バツが悪そうに頭を振る姿が脳裏をよぎった。


「ほんっと、腹の立つゴリラ……」


 悪態をつき、マリアは腕を組んだ。

 ローザが資料を指で叩いた。


「ざっと読んだ限り、成果は当然ゼロみたいだけど」

「そこが奇妙な所でね」


 アルフレッドは息をつく。


「この事件が露見したのは『教会から火の手が上がっている』と言う近隣住民の通報を受けてなんだ。警察が到着した所、この人体実験を行っていた地下施設の発見と、そこを何者かが襲撃した事実が発覚した」

「襲撃って、誰が?」

「そこまではこの資料にもない。当時の関係者は全員亡くなっている上、警察の捜査も行き詰まって未だに未解決だ」

「その時の生き残りがあのゴリラなのです?」

「あの身体能力を身に着けたのなら自力で脱出も有り得る話しね」

「だがこの資料を見る限り、適合者はいないとされている。なら、彼も実験的には失敗したはず、なんだが……」


 アルフレッドが首を傾げる。

 マリアは改めてリストを摘まみ、NO.111に当たる項目を眺めた。


「この111番だけ……」

「運悪く、彼は中途半端に適合したんだろう。鬼化には進行度だけでなく、その過程にも個体差がある」

 

 重々しくアルフレッドは頷いた。


「症状はそこにあるように、全身に及ぶ激痛。高熱による幻覚、幻聴。自傷行為に嘔吐。体が作り替えられる際、様々なリスクに襲われる。先日のルイスのように、短時間で鬼化を終えて正気と自我を保ったままでいられるのは稀だ。それらも含めて、彼がこの111番だと決めつけるのはまだ早計だと思う」

「仮にあのアダムがこの111番だとして。鬼化後、どうして日中も動き回っているです? 捕食行為も見ませんですし、その資料が真実だとしていたら体が成長することはないはずなのです」

「彼女は、イヴは彼が特別だと言っていた。ここに書かれていない事実が他にもあるんだろうな……」


 口元に手をあてアルフレッドは唸る。

 NO.111と書かれたレポートだけは分単位で記載がされていた。黒で塗り潰され、文章とは言えない箇所も多々見受けられる。

 マリアの手のひらに食い込んだ爪が鈍い痛みを訴える。


「…………」

「また傷が増えるぞ」

 

 アルフレッドの手がマリアの指をほどいた。

 我に返ったマリアは慌てて彼の手を払う。

 

「俺は君のそういう所が美徳だと思うよ」

「うるさい……。一言多いっての……」


 マリアは目を泳がせて咳払いする。


「にしても、何であの女はアタシたちにこんなこと調べさせるの?」

「さぁな」

 

 レイモンドは持っていた資料を無造作に投げ捨てる。


「お前さんたちの話を聞いても何がしたいんだか、俺にはサッパリ分からん」

「こちらと対話をする気はあったようです。一度、レイモンドも顔を合わせるべきです」

「いい歳した爺さんを得体の知れない鬼種と引き合わせようなんてそんな無体な……」

「何のために生臭坊主を部隊長サマに据えてると思ってンのよ。身をもって調べてこい」

「もー。みんな冷たいんだから……」


 レイモンドは不満そうに杖で床を叩いた。

 不意に、電話が鳴り響く。

 一同の視線の先はレイモンドのテーブルの上だった。


「レイモンドに電話とは、明日は雪なのです?」

「かけてくる人間なんていたの」

「どうせ昔の女とかでしょ」

「賭けで負けたツケだろ」

「これはお仕事ですー! お・し・ご・と!」


 冷ややかな視線を遮るように、プリペイド携帯電話をつまんだレイモンドは椅子の向きを変えた。


「ハイハイ。こんなお時間に何の用でしょ、オーダム技術支部局長。……アルフレッドくん? いるけど?」

「…………?」

 

 ちらりと盗み見られたアルフレッドは目を瞬く。

 次いでレイモンドは苦虫を噛んで唸った。

 

「えー? それ、今夜じゃねぇとダメな訳? ……シルヴィアと爺さんたちが? ……あ、そう」


 深いため息の後。彼は気だるげな相づちで通話を切った。

 アルフレッドは丁寧に書類を束ね、元通りの状態でファイルへ資料を戻す。

 

「オーダムさんから呼び出しですか?」

「そ。えらーいジイ様たちが、早いトコこの件を片付けたいんだと」

「それで俺たちの謹慎まで解くと? 急を要する案件とは言え、珍しく柔軟な対応ですね」

 

 アルフレッドは指でメガネを持ち上げる。

 緑色の液体を飲み干したメイは小首を傾げた。

 

「こんな時間に何の用なのです?」

「マリアが借りてるライラの滅鬼武装(めっきぶそう)あるじゃん? アレの調整を急ぎたいから適正値の高い俺の体と、アルフレッド君のお手伝いが欲しいんだってさ。ついでにマリアもお呼びだしがかかってるぞ」

「なんでアタシまで必要なのよ。アンタとアルフレッドだけで充分じゃないの?」

「滅鬼武装の件もあるけど、アダム君も厄介だからお前さんの話しを改めて詳しく聞きたいってよ」

「あんなの、アンタだけでどうにかなるでしょうが」

「お前の話し聞いてる限りじゃな。問題はヴェルデンとあの赤眼の鬼種にかわいがられてるってコトだろうよ」


 重い腰を持ち上げるレイモンド。マリアが睥睨するも、杖の先端は各々の椅子の脚を叩いて起立を促す。

 

「そーそー。アルフレッドくんには久しぶりに仮眠室あけとくって~」

「夜通し仕事させる気マンマンってことですか……」

 

 渋々とノートパソコンを閉ざして立ち上がるアルフレッド。

 

「んじゃ、そう言うコトだから、マリアちゃんもちょっと付き合いなさい」

「え~~」

「リハビリだ、リハビリ。歩け歩け。メイとローザはちょっとの間お留守番よろしく~」

 

 口を尖らせつつ、マリアはアタッシュケースを手にしてレイモンドの後をついていく。

 

「今日の夜番が来たら、ホワイトボードに連絡事項があるから一通り目を通すように伝えてくれ」

「了解してやるのです。みやげに5丁目のピザを所望するのです」

「私はブラックコーヒー」

「俺は何も買ってこないからな……」

 

 煙草をふかすローザを横目にアルフレッドは扉を閉ざした。

 窓の外は雲のない夜空が広がっている。レイモンドの杖が軋む床をつく。

 マリアはアルフレッドにぼんやりと問いかけた。

 

「そう言えばさー。空気入れってある?」

「空気入れ? あー……。倉庫にひとつあった、か……? 何に使うんだ?」

「ルイスにボール貸す約束したからニーナに孤児院のお古借りたんだけど、空気だいぶ抜けてて使えないのよねー」

「本当に持って行くつもりなんだな……。スヴェン部隊長が何て言うか……。俺としても、あんまり肩入れするのは良くないと思うぞ。俺たちは鬼種を捕まえるのが仕事なんだ。彼らのカウンセラーにはなれない」

「分かったから倉庫の鍵貸してよ」

「君はまた俺の話しを聞く気がないな……?」

 

 アルフレッドのぼやきを聞き流し、マリアは彼の手から鍵を拝借する。

 窓の外には三日月が夜空に高く浮かんでいた。


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