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25.またいつもの今日が始まって②

 テレビの映像も消え、室内は気まずい静寂に満ちる。カーテンを閉めきったリビングのソファで、少年は膝を抱えてうずくまっていた。

 その向かいに立つメイの手は、腰に差された刀の柄へと添えられたまま動かない。

 マリアは声を潜めた。


「アタシ10年近くやってるけど、あの歳で鬼化(きか)してる子は初めてだわ……」

「同じく」


 ローザは少年から目を離さずに相づちを打つ。

 腕時計型の端末に指を滑らせるアルフレッドも顎を擦る。

 

「そうだな……。教会の記録を確認した限りでも、最年少の外見は18前後……。そもそも、未成年者の鬼化が難しいとされているし……」

「まさか親も鬼種(きしゅ)?」

「いや、ご両親は3年前に交通事故で亡くなっている。家主はカイル・ガーネット、義理の兄のようだ」

 

 アルフレッドは片手間に画面をスクロールしつつ、眉を潜めた。

 

「今現在、ここに住んでいるのは3人。家主のカイル・ガーネットはさっきも伝えたが近所のER、緊急外来に勤務。長女のセシリー、次男のルイスはまだ学校に通ってる。彼は、ルイスは……13歳だな」

「確かに珍しいけど、歳は関係ない」


 弓へ矢をつがえる代わりに、ローザの指は再びハンドガンの引き金へとかけられた。

 彼女の声は冷ややかに告げる。


「鬼種には違いない。とっととヤっておくべき」

「でも、襲ってこないなら移送とか、何とか、あった気が……」

「マリア」


 そんな怜悧な視線と少年の間にマリアは「まあまあ」と割って入る。


「いやー、分かってるけどさ……。ローザの言う通りだとは思う、んだけど……。ほら、大人しい子だし……」

「マリア。あなたの悪い所。例え子どもでも、()()は人間を食べるの」

「そりゃあ、あの子にもう自我がないってンならアタシもためらいなく撃つケドさー……」


 歯切れの悪いマリア。ローザが声を鋭くして諌めるも、マリアは得物をホルスターへと収める。一方ではメイが促すようにこちらへ視線を向けていた。

 マリアを振り切り、床に固い靴音が響く。その行く手を阻んだのはアルフレッドだった。


「マリアの言う通りだぞ、ローザ。敵意のない鬼種は拘束した後、本部か支部への移送が本来の手順だ。大抵はこちらに敵意があるから、めったにこんな対応はないけどな。オペレーターの指示には従ってくれ」

「…………」


 ローザはアルフレッドをじとりと睨みつける。

 しばしの沈黙の後。彼女は自身も銃器を収め、黙って廊下へと出て行った。

 アルフレッドは深く息を吐く。

 

「俺には鬼種よりローザの方がよっぽど恐ろしいんだが……」

「……ありがと」

「俺は規範を守ったまでだ」


 傍らからぎこちないお礼が聞こえたアルフレッドは苦笑し、指でメガネを持ち上げる。

 振り返った彼はうずくまる少年から目を離さないメイへと呼びかけた。


「悪いけど、車を裏口へつけてくれないか。ブルーガーデン支部へ彼を移送する」

「なぜ自分の運転なのです」

「彼の相手はマリアが適任だ。俺はスヴェン第2部隊長にこれから移送許可を取る。だとすれば、運転は君か、ご機嫌ナナメなローザへ頼むことになるだろ」

「……仕方ないのです。昼食のサンドイッチを粗末にする訳にはいかないのです」


 メイは眉間にぐっとしわを寄せた。足音がぱたぱたと足早に遠ざかる。

 マリアは小さな影の前にしゃがみ込んだ。彼は腕の間に頭を埋めたまま動かない。


「アタシはマリア。そっちのメガネがアルフレッドよ。さっきは怖い思いさせて悪かったわね、ルイス」

「…………」

 

 チラリと。覗いたルイスと視線が合い、マリアは首を傾げた。

 

「あのドラマ好きなの?」

「……クラスではやってるから観てるだけ」

「アタシも友だちとよく観るのよ。ただ今シーズンは仕事でぜんっぜん観れてなくてさ~」

「……僕は別に」

「まあまあ、そう言わずに。で、今シーズンはどう?」

「それ、ネタバレ……」

「録画いつ観れるか分からないし」

 

 マリアが返事を待つ間、アルフレッドの電話口からは咎めるような声が漏れてくる。眉間をおさえ、アルフレッドは「あー」とか「えー」だとかで話しを繋いでいた。

 身を乗り出すマリアにルイスはしばしの間をあけ、視線をそらす。

 

「……録画してるならちゃんと見なよ」

「そりゃそうだけど……」


 ぐぅ、と奥歯を噛むマリア。

 そこへ、激しい怒声が聞こえてくる。顔を上げたルイスの反応に、マリアはアルフレッドへと目配せした。

 通話を終えたアルフレッドが廊下へ出ると、ちょうど若い男がローザへと掴みかからんばかりの勢いだった。


「不当な捜査だぞ! 勝手に家に入るなんて!」

「管理人から直々の調査依頼。そもそも、ご近所さんたちはとっくに規制線の外へ避難してるのに、あなたはどうやって規制線の中に入ってきたの」

「お、弟は誰も傷つけてない! 傷害罪にだってならないぞ!」

「ええ。まだね」

「うわっ?!」


 ローザを押し退けて進もうとした青年だったが、突き飛ばそうとした腕を逆に取られ、その場に抑え込まれた。

 痛みに呻く青年を見下ろし、アルフレッドは頭を振った。


「ローザ……。彼は民間人だろ……」

「鬼種を(かくま)った罪は重い。このまま警官へ引き渡す」

「お兄さんに同行してもらった方が、彼も素直について来てくれるはずだ。引き渡しはそれからでもいい」

「弟は何も悪くない!」


 ローザの脚の下で、青年は叫んだ。

 アルフレッドは膝をつき、彼をなだめる。

 

「カイル・ガーネットさんですね? 落ち着いて下さい。弟さんに怪我はありません。鬼化の事情がなんであれ、私たちは彼を支部へ移送しなくてはいけない。同行したいのであれば、あなたが冷静になってくれないと……」

「騙されされたんだ! ルイスが自分から鬼種になんてなるもんか!」

「……騙された? 鬼種にですか?」

 

 カイルの発言にアルフレッドは表情を固くした。アルフレッドの視線に促され、ローザが拘束を緩める。

 カイルは膝をつき、頭を抱えた。

 

「妹が帰りに妙な着ぐるみから菓子をもらったと言って……。それから……。それから、それをルイスが食べてから、様子が……」

「お菓子を食べて……? だとすれば、鬼種の体組織を経口摂取したと言うことに……。待て待て……。鬼種がそれを配っている……? 資金面や技術的な課題をどうクリアして……?」


 アルフレッドは口元を覆い、ブツブツとつぶやく。

 扉の陰から話しをうかがっていたマリアは屈み込み、ルイスと目線を合わせた。悲嘆に暮れる兄の話しに、彼は肩を震わせている。

 

「ルイス。その時のこと、覚えてる?」

「……姉さんが学校の帰りにヘンな着ぐるみから、おかしをもらったって。僕がサッカーの帰りでお腹が減ってたから、テーブルに置いてあったチョコレートをこっそり食べたんだ」

 

 ルイスは服の裾を握り締め、視線をそらす。

 

「そしたら何か……。すごい気持ち悪くて……。体中いたくて……」

「ありがとう。もういいわ。大変だったわね」

「…………」

 

 マリアはルイスの肩を叩く。彼は濡れた顔を袖で拭い、頷いた。

 一変して黙り込んだアルフレッドに、ローザが視線で促す。

 

「オペレーター、どうするの」

「……部隊長に直接、指示を仰ぐ」


 アルフレッドは頷き、うずくまるカイルの体を起こした。

 

「とにもかくにも、彼の保護だ。スヴェン部隊長から移送の許可は下りている。……加えて、カイルさん。妹さんからも詳しい話しを聞かせてもらいたいのですが」

「セシリーはまだ学校だ。これから迎えに行く予定で……」

「なら、ローザ。君は警察車両を借りてカイルさんと一緒に妹さんを迎えに行ってくれ。俺とメイ、マリアはルイスを移送する。カイルさんもご協力をお願いします」

「……弟を傷付けないと約束するなら」

「弟さんが襲ってこない限りはね」

「ローザ」

 

 アルフレッドはローザを鋭く諌めた。一方で、カイルの視線がぎこちなく弟へ向けられる。沈黙が生まれ、各々は誰かが口火を切るのを待っていた。

 始めに、マリアがルイスを呼んだ。

 うつむいていた彼は視線だけを持ち上げる。

 

「不安よね。何がなんだかワケが分からないってのは」

「…………」

「でも、ここにいても何も変わらないし。興味のないドラマを観てるのも飽きてきたでしょ?」

「……うん」

 

 ルイスがぎこちなく頷く。マリアは歯を見せて笑った。

 

「アンタは何がしたいの?」

「……外に出て、サッカーしたい」

「じゃ、後でボール持って行くわ。ウチの支部、バカみたいに広い廊下とかあるし。見つからなきゃ怒られないでしょ」

 

 マリアは手を差し出した。

 細い指はためらった後に、ぎこちなくマリアの手を握り返す。

 

「……ヘンな人」

「ちょっと、聞こえてるんですケド……?」

「まあまあまあ……! 頼もしいって意味だろ、ルイス。その通りだ。マリアなら鬼種と殴りあっても死なないからな」

「アンタは後で覚えてなさいよ、駄メガネ」

 

 何度も頷くアルフレッドをマリアはじとりと睨んだ。

 ローザはカイルの背を押して進むよう促す。マリアと視線が合った彼は口を引き結び、目をそらした。


「とりあえず下へ降りよう。俺はレイモンドとスヴェン部隊長にもう一度連絡するから……」


 足を進めかけていた一同はしかし、すぐに歩みを止めることとなった。

 向かう先、エレベーターのランプが点灯している。それは階数を重ね止まる様子はない。

 マリアは小さな手を引き、後ろへ下がらせた。


「アンタ、誰か他に呼んだ?」

「弟がこんな状態で、誰かを呼ぶ訳ないだろ……」


 マリアの問いに、カイルは顔を青くする。


「なんで裏口に警官がいないのか、不思議には思ったけど……」

「どうしてかしらね」


 ローザが悪態をつく。

 生唾を呑み込み、アルフレッドも彼女に続きホルスターへ収めていたハンドガンを再び取り出す。

 静寂に軽快な音が鳴り響いた。

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