24.またいつもの今日が始まって①
背後のあくびに誘われ、アルフレッドはぐっと奥歯を噛みしめた。
「歩きながら寝ないでくれよ……」
「やれたらとっくにやってマスー……」
マリアは上昇するエレベーターの数字をぼおっと眺めていた。背後でメイが目を擦る。
「アルフレッドに銃を持たせたところで豚に真珠。馬の耳に念仏、なのです……」
「ブタに、馬の……? なに……?」
「役立たずって意味だろ……」
「ブタに持たせた方がマシかもね」
苦々しく返すアルフレッド。
ローザの口元でガムが膨らんでいく。
「俺だって来たくて来たワケじゃない。俺は非戦闘員だぞ……」
「しょーがないデショ。あの胡散臭い上司に現地からこいつのデータ送ってくれって頼まれたんだから」
マリアは増えたホルスターに収まっている銃のグリップへと触れる。
エレベーターのベルが軽快な音を奏でた。
4人がエレベーターを降りると、高層マンションの廊下は静まり返っていた。窓の外には夏の雲一つない青空が広がっている。
「オーダム局長はああ見えてすごい人だぞ。その証拠に先日言った通りの戦闘履歴が残ってるだろ」
「まあ、見直さなくても撃ってる時点で我ながらおっそろしい動きしてるけどさ……」
マリアは複雑な心境でグリップを指で叩いた。
ギュンターを初めて握った時も驚いたが、さらに人間離れする自身の体には笑うしかない。
握れば途端に重力が消えさった。夜は猫にでもなった気分だ。ギュンターを握ってさえできなかった動きができる。
もっとも今現在、この新人の力を最大限に奮う必要のある相手と対峙はしていないのだが。
膨らんだガムが弾け、ローザの口元を覆う。
「レイモンドの古い知り合いって時点でマイナス百点満点」
「ま、まあ、それはそうなんだが……」
アルフレッドは言葉を濁して咳払いをした。
「鬼種の研究をしている人間で、ライラ・オーダムを知らない人間はいない。あの人は今現在、君たちが使っている鬼化抑制剤の開発、改良に大きく関わっていた。もっと感謝の念を示してもいいんじゃないか?」
「あのクソまずい薬、本当に効いてるのです?」
「画期的な発明さ。鬼種専門の医療研究者であり、滅鬼武装の開発者。それがオーダム局長のすごい所だな」
メイはうろんげにアルフレッドを見上げるも、彼はひとり深く頷く。
「滅鬼武装の製造には鬼種の体組織が必要となる。それを武器に組み込んで、使用者の身体能力を一時的に鬼種へと近付けるものだ。この技術を安定に運用できるよう確立したのもオーダム局長だぞ」
「アンタたちって何でそう小難しい話しをいきなり始めンの?」
「これは基本知識だ。キミたちも育成所で学んだはずなんだが……?」
アルフレッドは腕に装着した腕時計型の端末に触れる。指を滑らせる彼は息をついた。
「滅鬼武装の性能を最大限に引き出すためには使用者が滅鬼武装に触れて、同期を行う必要がある。だが長時間の接触、同期は使用者に鬼化のリスクを伴う。……この危険性については君たちだって、入隊時に同意書へサインをしただろ?」
「始め3行以上は読まなかった」
「給与の項目以外は覚えてない」
「サインしたのは自分ではなくじじ様なのです」
「君たちは……」
足を止めたアルフレッドは喉まで出かかった言葉を呑み込む。
「オーダムさんが抑制剤を開発するまでは、戦闘が長引いてしまうと途中撤退なんてざらにあったらしい。が、今じゃよほどの事態でないとあり得ない。滅鬼武装の適正数値もオーダムさんが基準を設けたんだ。適正値が低い人間は、滅鬼武装の影響を受け鬼化のリスクが高い。対して、適正値が高い人間は滅鬼武装との同期効率も良いし、接触時間が長くても抑制剤を服用していれば鬼化のリスクはそれなりに回避できる」
「そんなスゴイお医者さまが、どうしてウチにいんのよ?」
「あー……。それは自分で調べるか、本人に聞いてくれ……」
アルフレッドは言葉を濁した。咳払いを挟み、彼は扉の前をマリアたちへ譲った。
「この番号だ。俺はここで待機しているから、後は頼んだぞ」
「そのオーダム先生に言われてコイツの戦闘データ取りにきたんじゃなかったの、アルフレッドくん?」
「前回の失態を踏まえて今回は先に警察と一緒に辺りを包囲している。とは言え、俺はただのオペレーターだ。まだ死にたくない」
アルフレッドはホルスターからハンドガンを抜くも足早にその場を離れていく。少し離れた柱の陰で憂鬱なため息が吐き出された。
マリアは両手にハンドガンを持ち、手の甲でインターホンを鳴らす。
「少しくらい心の準備をさせてくれないか……?」
「ハイハイ。アルフレッドくんはメイちゃんとそこでお留守番しててね~」
「そもそも、まだ住人が鬼種だと確定してない」
未だチューインガムを持て余すローザにアルフレッドは頭を振る。
「夜中にクーラーボックスで何かを持ち込むのを、隣人が何度も見てるんだぞ……?」
「ただの臓器ブローカーやヤク中の可能性も有りなのです」
「部屋の主はERに勤務する看護師で……? 近ごろ夜間勤務ばかり希望しているのにか……? 疑わない方がおかしいだろ……」
ローザは壁に背をつけ、メイは腰にはいた柄に手をかける。反応を待つも、一向に返事はない。
額の汗を拭い、アルフレッドが胸を撫で下ろす。
「……留守か?」
「さぁて、どうかしら……」
マリアはドアへ耳をつける。ひんやりとしたドアが彼女の眠気を覚ます。
「テレビついてる。アレだ……。お昼過ぎくらいに孤児院のみんなが観てる、昼ドラのオープニング」
「マリアにそんな日課があったです?」
「みんなと一緒に見てるだけだってーの。割りと面白いわよ。シーズン1から観る?」
「コイツただのファンなのです」
メイのぼやきを無視し、マリアはもう一度インターホンを鳴らす。
「すいませーん。お届け物でーす」
マリアが声を張る。ローザは味のなくなったガムをのぞき穴へと押し付けた。口を開きかけたアルフレッドの足をメイが踏む。
しばしの間を空け、鍵が開く。恐る恐る開かれたドアの隙間に、すかさずローザが円筒状の小さな塊を的確に投げ入れる。それは室内に白煙をまき散らして、途端に煙を充満させた。
驚いた部屋の主らしき足音は慌てて遠ざかる。
「……子ども?」
「足音からしてそうね」
ローザが頷く。
マリアはいつもより小ぶりのグリップを振り上げた。鋭く息を吐いてチェーンロックの根元に打撃を加えると、派手な音と共に留め具ごと鎖が床へ落ちていく。
メイが感嘆の声を漏らす。
「ついにマリアもゴリラの仲間入りなのです?」
「アンタ夜道には気を付けなさいよ」
「いや、コレ……。修繕費の請求されても、俺は出さないからな……」
「アタシとローザで先行するから、アンタとメイはこのまま出口おさえててよ」
眉間をおさえるアルフレッドの苦言を聞き流し、マリアは室内へ足を踏み入れた。
ローザは足で扉を開ける。今日はその背に弓はなく、代わりに手にはマリアと同じくハンドガンが握られていた。
室内は薄暗く、リビングからムーディーな音楽だけが流れてくる。
「聖典教会、討滅第13部隊よ。両手を挙げて出てきなさい」
煙幕が充満する廊下を慎重に抜けた先には、広いリビングと、音と映像を流し続ける大型のテレビ。そこにはマリアも見慣れたテレビドラマのオープニングが映し出されていた。
「録画めちゃくちゃ溜まってンのよねー……。早いトコみないとニーナたちに古いの消されそうだわ……」
テレビの画面を横目にマリアはぼやく。室内の家具にはどれも傷ひとつなく、掃除も行き届いていた。
ローザとマリアは壁を背に、最奥の扉の前で足を止める。ドアにかかるプレートには名前が書かれている。
「子ども部屋……? さっきの子が鬼種……な、ワケないし……」
「親か兄弟が鬼化したんでしょう。まだ一緒にいるってことは、家族を判別できる自我くらいは残っているようね」
「はぁ……。何にしてもヤだヤだ……」
マリアは密かに悪態をつき、肩を落とした。
呼吸を整え、ローザの合図でマリアが扉を蹴る。蠢く影に反射的に銃口を向けるも、マリアは慌てて引き金へ力を込める指を止めた。
部屋の中はカーテンが閉め切られており、暗闇と空気が籠っていた。
「えーっと……ハーイ……?」
ぎこちなく挨拶をする。少年は両手を挙げ、震えている。しかし、彼の瞳は暗がりの中でもはっきりとこちらを向いていた。
マリアは銃口を下げ、頭を抱えた。
「あー……どーゆうコト?」
「驚きね。初めてだわ」
言葉とは裏腹、ローザの声音は相も変わらず平淡だ。
「子どもの鬼種なんて」




