22.朝日を眺めて①
背後から渇いた金属音。
マリアは反射的に振り返り、銃口を向ける。
額に銃口を向けられた少女はふむふむと頷く。彼女は鳴らした鍔をすんなりと収めた。
「危うく抜いてしまう所だったのです」
「アンタね……。その戦闘民族ムーヴやめなさいっての……」
「新しい滅鬼武装がどのような業物か。雛型を渡してやったキリュウ家としても知っておきたい所存なのです」
「ハイハイ……。うっかり撃たれても文句言うんじゃないわよ」
マリアは肩を落とし銃を下ろした。2丁のハンドガンは仲良く左右のホルスターへと戻される。
雲に覆われた夜空には星すらもなく、石畳を街灯が点々と心もとなく照らしていた。
閑散とした夜道に2人分の堅い靴音が響く。
「そっちこそ、戻って来た相棒の調子はどうなの?」
「お勤めに問題はないです。けれどもそろそろ里帰りが必要ではあるのです」
「気難しい相棒ねー」
メイは柄に手を添える。漆黒の鞘は質素でありながらも匠の装飾が施され、美術館に飾られたとしても遜色ない。
耳元へ指をあて、マリアはいつものように自身のオペレーターを呼び出した。
しばし静寂を挟んだ後。沈んだ声が返ってきた。
「あー……。すまない……。なんだい、マリア?」
「定時連絡に決まってるでしょーが。南の区画は特に異常ナーシ」
「了解した。引き続き巡回を頼む」
「情けない声なのです。お天道様がお目覚めになるのはまだまだ先なのです」
「分かってるよ……。自分の仕事はきちんと務めるさ……」
無線の向こうで唸るアルフレッドにマリアは鼻を鳴らした。
「どーせ技術部の連中にまたなんか言われたんでしょ?」
「さすが、噂に聞く粘着陰険ヤローどもなのです」
「通信ログに残るからその先はプライベート回線で話してくれ……」
アルフレッドの苦言にマリアは眉を潜めむしろ語気を強めた。
「アンタも少しは殴り返しなさいっての。ああ言う手合いは無抵抗だから殴り続けてくンのよ」
「マリアの言う通りなのです。ダメガネの取り柄と言えば、他人の銀行口座を覗いたり、黒歴史を掘り起こしたりするくらいなのです」
「どうせなら家にデカいテディベアでも送りつけてやりなさいって。着払いで」
「どう考えても足を洗った人間にかける言葉じゃないからな、ソレ……」
長く重々しいため息が一度途切れた。
ノイズを挟み、また通信が繋がる。
「ヘタに先輩方とカドを立てると第13部隊の装備に影響が出てくる。俺に嫌味を言うだけで満足してるんならそれで構わないさ」
「アンタ、あのうさんくさい支部局長に気に入られてンじゃなかったの?」
「オーダム局長に気に入られているから、スタース先輩方は俺が気に入らないのさ。未だに親のコネで職員試験を通ったと思われてるみたいだしな」
渇いた笑みを漏らし、アルフレッドは無線越しにコーヒーをすする。
メイがやれやれと肩を竦めてみせた。
「まったく役に立たない生臭坊主なのです」
「いや。レイモンドは上手く動いてくれてるよ。でなきゃ最新の滅鬼武装の試験運用をウチが任されるはずないからな」
「滅鬼武装の試験運用と言えば聞こえは良いですが、要は人体実験なのです」
「否定はしない。が、そこはさすがオーダム局長と言わざる負えなくてね。君たちへ滅鬼武装といっしょに渡したブレスレットがあるだろう?」
心なしか彼の声音は軽くなった。
マリアは自身の左手首に回された無機質なリングを見下ろす。
「この手錠みたいなヤツ?」
「オブラートに包んだ俺の意図を少しは汲んでくれ」
手錠のような鎖はついていない。とは言っても腕時計くらいの幅があり、時おり緑の光が点滅していた。
アルフレッドのぼやきも虚しく、メイもうろんげにそれを睨みつける。
「ぶっちゃけうっとうしいのです……」
「今まで君たちのバイタルは滅鬼武装を通して計測していたんだ。そのシステムをそちらへ切り離した。……まあ、俺もオーダム局長に頼まれて内密に手伝っていたから、だいたいのシステムは触ってるんだが」
「アンタ、そんなんだから目ェつけられンだってんの……」
マリアの言葉にアルフレッドは咳払いする。
「その携帯端末は君たちのバイタルだけでなく、滅鬼武装との同期の具合や、戦闘データも同時に取っているんだ。以前よりもずっと正確にな。だから格段に君たちのサポートがしやすくなった。特にメイはキリュウ家が所蔵する滅鬼武装だったおかげで、こちらはバイタルすら観察できていなかったから、特に、主に、俺がとても助かっているよ」
「そんなものがなくとも、自分と『大鳳』は問題なく繋がれるのです」
「そう言わないでくれ。例えばこの間のヴェルデンとの戦闘に関して、君たちの証言以外にデータは取れなかった。そう言ったことが今後なくなると考えれば、君たちの報告書の負担も減るんだぞ?」
「それは、まあ……。悪くないのです」
アルフレッドの説明を受けたメイは文字通り、くるりと手の平を返し手首の腕輪を外そうとするのを止めた。
「これのおかげでアタシの体がヤバくなったらすぐに気付けるってコト?」
「そうだ。何せ適正値が90以上必要な滅鬼武装なんて、ウチでまともに扱える隊員は君とレイモンドくらいだからな。オーダム局長としてもヘタに君を失う訳にはいかないのさ」
「なんだかんだ上手く丸め込まれてるだけな気がしてならないんですケド」
「もちつもたれつってヤツさ。もっとも、君がオーダム局長から借りている滅鬼武装。君との同期具合を見ると、リスクランクA相当の鬼種にすら対応できる理論値を叩き出してるぞ」
「あー……? つまり?」
「部隊長たちが装備している滅鬼武装と同格か、それ以上の能力値が見込めるってことだ。同時に、それだけ体への負担もギュンターの比じゃないけどな」
「フーン……? それってジジイとも良い勝負できるって意味……?」
マリアはチラリと新しい相棒へと視線を落とす。
しかし彼女の期待はアルフレッドのため息に流された。
「都合の良いように取り過ぎだぞ。理論値だと言ったろう。滅鬼武装が同格の性能だとしてもそれと使い手の実力はまた別物だ。君の実力じゃ、レイモンドに膝をつかせるのが精々だろうな」
「くっそド正論ね……」
思わず舌打ちするマリアにメイが賛同して頷く。
「まったくなのです。生臭坊主に一泡吹かせてやるだけの可能性があるのであれば自分も興味があるのです」
「冗談はそれくらいにして、真面目に巡回してくれ。いつまでもプライベート回線で話してたらまた俺が怒られる」
「今のが冗談に聞こえたのです?」
ノイズが走り、またプツリとアルフレッドのぼやきが戻ってくる。
同時に不快な警告音がマリアとメイの鼓膜を震わせた。
顔をしかめ、メイは周囲を見渡す。
「どこの区画なのです?」
「あー……。安全区画の西側だな。区画の境で幽鬼の襲撃情報があって第2部隊が追っているらしい。今から向かっても恐らく間に合わないが、状況確認をするから少し待っていてくれ」
「あ~~。ローザちゃんがいればワンチャンあったのに……」
マリアは口を尖らせる。非番の彼女は今ごろ自室で銃器の手入れをしながらいつもの煙草を蒸かしているだろう。
メイはあいにくの空模様を見上げ首を傾げた。
「安全区画付近で幽鬼の襲撃とはいよいよきな臭いのです」
「困ったものだよ……。これ以上タスクを増やされると、本来の役割である緊急事態への備えがおろそかになりかねない」
「ま。そのためにも新人さんには頑張ってもらわないとね。ギュンター」
マリアは指先で銃身を軽く叩く。
2人は引き続き、寝静まった住宅地の合間を見回った。暗雲が立ち込める夜空とは対照的に、街の明かりは強くなり、比例してその影を濃くした。




