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21.夜明けを待って②

 『緊急搬入口』の電灯が点滅を繰り返す。

 アダムは目深に被ったフードをはらい、入口の扉へ手をかけた。錆びた扉に施錠はなく、暗闇が中へと手招きしている。

 足元の非常灯に沿って廊下を進んで行くと、扉の前には2人の男が立っていた。

 アダムが朗らかに挨拶を告げるも、容姿のそっくりな彼らは扉を塞ぐように彼を見下ろす。


「ご苦労様です。私はアダムと申します。ヴェルデン様はいらっしゃいますでしょうか」


 男の1人は片方の眉を持ち上げ、傍らの男に視線で問いかけている。

 しばしの間を空け、扉が開いた。アダムは軽く頭を下げ室内へと足を進める。

 室内も相変わらず非常灯のみが頼りとなっている。そんな中でも、自身に向けられた視線は嫌と言うほど感じ取れた。


「何かご用でしょうか」

「それはコッチのセリフだ」


 そして毎度、これ見よがしに彼の進路を阻む男が友好的でないことも明らかだ。


「今度は何の用だよ」


 目の前に立ちふさがるこの男は、出会った当初からアダムが気に食わないらしくずっとこの調子である。自身とは違い、彼は傷ひとつない整った顔立ちをしかめた。

 アダムはダレンへ軽く頭を下げる。


「ダレン殿。申し訳ありませんが、内密にとのご指示を受けておりますため、お答え出来かねます」

「毎日テメーの相手してるほど、あの人はヒマじゃねーんだ」

「ヴェルデン様がご多忙であることは承知しております。私も用件が済み次第、立ち去りますので……」


 男は犬歯を覗かせ、獣のように唸った。その手が腰へと伸ばされる。


「テメーのすかしたツラも、その良い子ちゃんぶった話し方も気に食わねぇ」

「私に敵意はございません」

「その上、テメーはヴェルデンさんの『子』でもねぇし、オレたちと同類ですらねぇ」

「…………」


 アダムは口を閉ざした。ダレンはこちらを睨みつけたまま、動く気配はない。

 彼の手に大ぶりのコンバットナイフが収まるとますます場は膠着していく。


「ずいぶんと仲よしだなぁ、お前たち」


 そしてその声はまるで見計らったように暗闇の向こうから聞こえてきた。

 アダムは握り締めていた手の力を緩める。慌てた様子でダレンもアダムと同じく姿勢を正した。

 声の主は周囲の気配を宥めるかのようにゆったりと続ける。


「ダレン。悪いが俺の代わりに今日の『仕入れ』に行ってくれ」

「オレ1人でですか?」

「手順は覚えたろう? 取引先もお前の顔はとっくに覚えてる。俺にも少し楽させてくれると助かるんだが」

「その言い方はズルくないですか……?」


 ダレンはまるで借りてきた猫のように語気を弱め、背を丸める。

 去り際。彼はアダムへ中指を立て、そのまま暗い廊下の奥へと姿を消した。成り行きを眺めていた周囲の気配もさあっと引いていく。

 

「遅れて悪かったな。また迷子にならなかったか?」

「ヴェルデン様……」

「わかった、わかった。そう怒らないでくれ」

 

 笑みを含んだ声音にアダムは息をつく。

 暗がりから手招きする姿をどうにか捉え、アダムはそちらへ足を進める。

 伸ばした手が立て付けの悪いドアノブに触れた。扉を開くと視界に明かりが灯る。上等なソファとテーブルが備わり、内装は病院の一室とは思えないほどクラシックな品物で揃えられていた。部屋の中央に置かれた年代物のランプがアダムと大柄な男の姿をぼんやり照らす。

 ヴェルデンに促され、皮張りのソファに腰かけるアダム。彼と対面で座るとどうにも背筋が伸びた。

 テーブルの上には書類や写真が散乱しており、ヴェルデンはそれらを気だるげに見下ろす。


「お前たちがブルーガーデンから出て行った後、ダレンは俺の手伝いをしてくれていてな。最近は気が立ってるんでお利口なお前に噛みついちまうんだろう」

「仕方ありません。ダレン殿のおっしゃることも間違ってはいませんので……」


 アダムは自身の顔に刻まれた傷痕へ触れる。


「私にもヴェルデン様のような、人徳があれば良いのですが……」

鬼種(きしゅ)に人徳とは、面白い話しだな、アダム」

「『親』と『子』の関係にない鬼種がこれだけ共生しているのは、このブルーガーデンくらいだと言われています。この10年間、イヴ様と共にエデイン国内を自身の目で見て参りましたが、事実ではないか、と……」

「そう言う話しはあんまりガラじゃねぇよ」


 ヴェルデンは笑った。彼は広い背をソファへ預ける。

 アダムは懐からタバコの箱を取り出して差し出す。礼を言い、ヴェルデンは箱からタバコを一本つまみ出した。


「ヴェルデン様はどこの誰とも知れぬ私に、勉学の機会を与えて下さいました。何よりも、イヴ様がヴェルデン様を信頼されているのがその証左です」

「そうかぁ……?」


 タバコを口にしたヴェルデンは指で先端をつまんだ。たちまち細い煙が立ち上る。

 紫煙を吐きながら、彼は苦い顔で熱弁を始めるアダムの言葉をやや生返事で流す。


「食料供給のルートを確立し、ご自身の『子』でもない鬼種にまでそれらを施され、ダレン殿を始めとした方々に慕われるそのお姿。私はイヴ様と同等に敬愛しております」

「あー……」

「ヴェルデン様は、後からこの地へ住まわれたオーギュスト様を追い出す事もなさらず、共存を選ばれました。必要以上に狩ることを禁じられ、代わりに必要な食料供給を約束するお手際もさることながら……」

「おいおい。まだ続くのか……?」


 語り続けていたアダムは我に返った。ようやく口を閉ざした彼に、ヴェルデンは苦笑する。


「お前の気持ちは育てた身としてそりゃあ、嬉しいけどなぁ」


 彼は横目でランプの火を見つめた。


「俺はそんな立派なモンじゃない。そう思うのは単純に、ダレンやお前たちが俺の()()()()面しか見えてねぇからだ」

「…………」


 ヴェルデンはタバコへ手を添え、静かに目を閉ざす。

 アダムはランプに照らされている彼の横顔を神妙な面持ちで見据えた。


「私があなた様を敬愛していることに、変わりはありません」

「アダム」


 肩を落とすヴェルデン。アダムはしかし、誇らしげに胸を押さえる。


「私はイヴ様に命を救って戴きました。そして、ヴェルデン様にはこうして、生きる術を教えて戴いております。お2人が私の恩人には違いありません。私はどこまでもお供いたします」


 紫煙にため息が混じる。ヴェルデンはランプの灯りを見据えて閉口していた。

 長い沈黙にアダムはいささかの不安を覚える。


「頑固で困ったヤツだ」

「……育ての親に似てしまったのかもしれません」

「なら、イヴに注意しておかねぇとなぁ……」


 ようやく口を開いた彼は口元を緩め、脚を組む。

 アダムもつられて笑みをこぼした。


「世間話はこのくらいにしておいて、仕事の話しだ、アダム」

「はい」


 緩んだ頬を引き締め、アダムは懐からメモ用紙と数枚の写真をヴェルデンへ差し出した。


「イヴ様のお知合いの方々から、情報を提供して戴きました。先日の者、鬼化(きか)を終えて以降、定期的に私書箱で何かを受け取っています」

「差出人は」

「申し訳ありません。名義を調査しましたが、住所も存在しないダミー会社のようです。私ではこれ以上の追跡はできませんでした」

「そうか。ご苦労さん。俺も調べてみよう。期待はしてくれるなよ。こうした探偵ごっこは得意じゃねぇ」


 写真とメモ用紙を眺め、ヴェルデンは目を細める。


「俺からもお前たちに報告だ。ヤツが連れ込まれたと言っていた廃ビルだが、ダレンのおかげでアテがついた。まぁ、もう何も残っちゃいないだろうが、念のため俺はこれから探りに出る」

「では、私もお供いたします」

「俺一人で充分だ。お前はイヴの側にいてやってくれ」

「人間をいたずらに鬼化させている者が存在しているならば、イヴ様は早急に事態を納めたい、と。何より、イヴ様のご意思を継がれるヴェルデン様をおひとりで向かわせる訳にはいきません」

「……そうか」


 ヴェルデンは灰皿へ火を押しつけた。アダムの眼差しを受け、彼は消えていく煙を眺めていた。

 

「……もう長くはないのか?」

「分かりません……。日に日に睡眠時間が増えていらっしゃいます」

「相変わらず、『食事』もとってないようだな」

「はい……。イヴ様のようにはいきませんが、私もヴェルデン様のお力になれるよう、善処いたします」

「なら、お前の言葉に甘えておこう」

 

 笑みが滲んではいたものの、ヴェルデンの声音はかたかった。

 重い腰を持ち上げ、彼は窓の外を見る。隙間から覗く夏の夜空はあいにくの模様だった。

 厚い雲に覆われ、星ひとつ見えない。

 

「お前と2人で出かけたとバレたらダレンたちがうるさいからなぁ。アイツらが帰ってくる前に戻りたいモンだ」

 

 男は笑い、大きな手の平でアダムの肩を叩く。

 普段よりも柔らかな声音にアダムは膝の上で両手を強く握りしめていた。

 

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