20.夜明けを待って①
マリアは差し出された手を軽く握り返した。
その手は色白を通り越してやや血色が悪い。
「よろしく、マリアちゃん。私はライラ・オーダム。聖典教会、ブルーガーデン支部技術局の局長だ」
「どうも。第13部隊、マリア・ベルよ」
くたびれた白衣をまとった女はヘラリと肩を竦めて笑う。無造作に伸びた髪先はあちらこちらに跳ねていた。
「元々は鬼化の研究をしていた医者で、お前さんが世話になってる抑制剤の開発者だよ」
「ああ。あのクッソまずい薬……。もっとどうにかならないの?」
レイモンドの紹介にマリアはアルフレッドから定期的に渡される白い錠剤を思い出した。
舌を出すマリアにライラは笑いながら頷く。
「後輩たちが改良して、まだマシになった方さ。今はそっちから転身して、滅鬼武装の設計士だと思われてるよ」
扉を指さし、彼女は2人を促した。
「レイモンドからの頼みでね。君の入隊時の能力値に目を通して、プレゼントを用意させてもらった」
「ちょっと早い誕生日祝いだ」
「まだ2ヶ月も先でしょーが」
レイモンドとライラの後に続き、マリアは研究室へと足を踏み入れる。
明るいロビーを抜け、ガラスで区切られた室内には見慣れない機材が並ぶ。その合間を、白い制服をまとった人間が言葉少なに行きかっていた。
ガラスの部屋をいくつか通り過ぎ、マリアたちは仰々しい鉄扉にたどり着く。
ライラがかたわらのセンサーへ自身の名前が刻まれたカードをかざすと、ぶ厚い鉄扉の中で何かが重々しい音を立てて動き始めた。
「さて、マリアちゃん。ここで私の特別講義だ」
「は?」
「まあまあ。この部屋に入るまでの暇つぶしさ」
眉をつり上げるマリアにライラは口角を持ち上げる。
彼女は指揮者のように指をふった。
「そもそも、君は鬼種をどういった存在だと認識しているかな?」
「……鬼化した人間」
「うん。その回答ではサンカクだね」
「そりゃすいませんでしたネ……」
気乗りのしないマリアを差し置き、彼女は続ける。
「正式な病名は『食人鬼種化疾患』。ある突然変異した細胞が人間の体内に侵入すると、一定条件を満たしていた場合のみ。その人間はこの細胞によって体に様々な変調、異常をきたす。これが鬼化と呼ばれる現象だ。鬼種とは、鬼化が完了した人間の一般的な呼称になる」
「はぁ……」
「様々な変調、異常と言うのは主に、老化の著しい減速。強靭な肉体。ただし、代償として食人衝動。学習能力の低下、記憶障害。それらによる凶暴性の上昇。その他にも数え切れない個体差があるものの、共通する主なアレルギー反応がおとぎ話に出現する吸血鬼と類似する点が多いことから、対象を『鬼種』と呼び、鬼種に変容することを『鬼化』と呼ぶようになったのさ。さらに特別な異能力をもつ鬼種を『鬼才』と呼称しているが、応用編になるので今回は置いておこう」
「そーね……」
ライラが解説する間に巨大な扉はゆっくりと開かれていく。マリアは生返事をしつつその光景をぼーっと眺めていた。
懐から煙草を取り出そうとしていたレイモンドの手をライラがはたく。
「全ての変調に個体差はあるが、現状で必ず確認されている共通のアレルギー反応が2つ。太陽光と銀だ。よって、銀は支給されている滅鬼武装には何らかの形で、例外なく含まれている。ただ、それはあちらさんも承知の上だ。近頃じゃ防弾チョッキやら何やら、対抗策も色々ある」
「だから頭を抜くんでしょ」
「君のように、鬼種に接近して頭部を正確に撃ち砕く自信と技量を持った隊員は少数派だ。それができる者はだいたい第1部隊に引き抜かれていく」
マリアが適当な相づちを打つと、ライラは指で形を作り、撃ち抜くような動作をして見せる。
「ネットで気軽に銃器も購入できてしまう時代だからね。そこへ鬼種の身体能力が加われば厄介だ。私たちはどうやったって彼らほど頑丈にはなれないし、身体能力にも限界がある」
扉が完全に開くと、室内は射撃場になっていた。壁際には豊富な的と、マリアも見慣れたアタッシュケースが並んでいる。
ライラに従い、2人は最奥へ向かう。無機質なテーブルの上には、すでに開かれた銀色のケースがひとつ。
「鬼種との戦闘は長期戦になればなるほど、こちらが不利だ。必然的に私たちが求めるのは、彼らの間合いに入る必要のない。かつ、速やかに鬼種を仕留められる強力な武器になるね」
「……コレが?」
そこにあったのは銃だ。マリアが普段から腰に差しているギュンターと同じハンドガンであったが、さらに小型である。銃身は黒銀の鈍い輝きを放ち、ナンバリングと思わしき文字がうっすらと彫られていた。
黒い光沢を放つそれを、レイモンドが興味深く覗き込む。
「量産型よりも小さくしたのか?」
「あはは。あくまで試作品さ。重要なのは大きさより性能だろう?」
「あはは、じゃないわよ。期待させておいて」
「期待には十分に応えたさ。これは私が第1部隊から依頼されて制作したものでね……」
ライラは腕を伸ばし壁際に遠く並べられた的を示す。
「レイモンドが全盛期の頃までは、技術面の問題もあって刀剣や槍、斧などの近接武器が主流だった。だが、近接武器は使用者の身体能力がかなり問われる。銃器に技術を応用できるようになってからは、鬼種に接近せず致命傷を与えられる利点に重きを置いているのさ」
「あー……。ジジイの旧型はクソみたいな使い心地だったわ……」
「俺のは、俺専用の、特別製なの」
「まあ、そうだね。レイのは本当に色んな意味で特別製だ」
頷きながら杖で床を叩くレイモンド。
そんな彼を適当に流したライラはアタッシュケースに収まっていたそれをマリアへと差し出す。
マリアが半信半疑で手に取ると、固い手触りが手の平を冷やした。
「鬼種の間合いの外から致命傷を与えられるのは確かに利点だ。だが、それはもちろん命中すればの話し。オマケに、銃器モデルは何故か近接武器である滅鬼武装より威力や使用者の身体能力の上昇値が劣っちゃってねぇ……」
「だから精鋭揃いの第1部隊サマでは、未だに刀剣や槍のような近接武装が主流ってわけだ。それ以外は、各部隊長か、メイちゃんの家みたいにガキの頃からそーいう訓練受けてる特例くらいなワケよ」
「ソコをどうにか乗り越えるため、改良した結果がコレさ」
「……って言われても、ギュンターと大差ないように見えるケド」
マリアは真新しい銃器を角度を変えて眺める。見た目以上に軽く、グリップが手に吸い付くようだ。
ライラはへたれた白衣へ両手を突っ込む。
「市販のサンダルよりは頼りになるはずだよ?」
「さっき試作品とか言ってなかった?」
息をつき、彼女は大袈裟に肩を竦めた。
「まだ上からご承諾を戴けなくてね。『Ed』シリーズと命名して、引き続き改良は重ねている」
「で? 何が問題なの?」
「知っての通り。滅鬼武装には適正数値ってものがある。技術部で定めた基準を使用者がクリアしていなければ、武装は許されない。マリアちゃんたちの使用している通常の滅鬼武装『Ap』シリーズで適正数値は70以上。対して私の『Ed』は90以上必要だ。その分、量産型の銃器モデルと同じ弾でも、これまで以上の威力と身体能力の上昇値を得たわけだよ」
ライラの回答に対し、レイモンドは「だが」と、意地悪く笑う。
「にしたって第1部隊でも適正数値の平均は60前後。そして適正値90以上の隊員は、討滅部隊全体で見ても数えるほどだ。そりゃ突き返されて当たり前だわな」
「もっと研究資金と優秀な人材を寄こしてくれるなら私も努力するさ。アルフレッドとか、ねぇ?」
「アレはもうウチのだからダメ」
ライラが恨めしげに視線をやるも、レイモンドは涼しい顔で流した。
マリアは弾倉を取り出して顔をしかめる。そこには当然、見慣れた銃弾よりも小ぶりの弾丸が詰め込まれていた。
「コレ、ギュンターより小さいけどホントに威力上がってンの?」
「正直な話し、まだ使用者がいないから正確な戦闘力のデータは割り出せない」
「不良品なら返品、返品」
「そう言わずに頼むよ。せっかく作ったのにもらい手がいなくて可哀そうなんだ。データの収集に協力してくれたら、優先的にバックアップするから」
マリアは顔をしかめる。弾倉を戻し、並んだ的へ向かって構えると当然ながら違和感を覚えた。
そこへ、ライラと同じ白衣をまとった男が視界の隅に入る。彼は白い壁を軽くノックし、仏頂面のまま、無言でライラを見据えた。
気づいたライラは振り返りもせずため息と共に肩を落とす。
「何だい、スタース」
「……病院からお電話です。ご容態が思わしくないと」
「ああ……。だろうね。わかった、わかった。すぐに行くよ」
頭を振るライラに、レイモンドは声量をおさえた。
「甥か?」
「難病だから仕方ない。鬼化でもしない限り完治はしないだろうさ」
ライラはへらりと笑った。
「そういうことで、悪いね。あとはアルフレッドに詳細なデータ送っておくよ。何かあれば彼に遠慮なく聞いてくれ。アルフレッドなら答えられるだろう」
ライラは「じゃあねぇ」と手を振る。
取り残されたマリアは手中で黒銀に輝く銃を見下ろした。そこには自身の顔が歪んで映り込む。
「……プレゼントって割りには素直に喜べる感じじゃないんですケド」
「お手伝いだって言ったろ」
マリアはじとりとレイモンドを見上げた。彼は適当な椅子に腰を下ろす。
無機質な床を杖が叩く。
「ギュンターと別れる気はないわよ」
「安心しろ。さっきも言ったがソレは試作品だ。短い付き合いだろうさ」
「……ってかギュンターと口径違うから手持ちの弾がかさばるじゃん」
アタッシュケースに冷たい感触を横たえ、マリアは顔をしかめる。
「しばらくは我慢してろ。最新の滅鬼武装の性能が試せる上、弾の請求を技術部にツケておける。一石二鳥よ」
「相変わらずやってるコトがこっすいわね……」
「はあ? ソコは合理的って言ってくれない?」
いい歳をした男は口を尖らせて拗ねる。
マリアは息をつき、新人を収めた銀色のアタッシュケースを閉ざした。




