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19.暗がりの中で③

 マリアはテーブルへ頬杖をついた。

 コンクリートの壁に三方を囲まれ、向かいの壁は鏡となって問いかける男の背と彼女の仏頂面を写していた。


「聞いていますか、マリア・ベル」

「あー……ハイハイ。聞いてます、聞いてます。反省文だせって言うんでしょ」

「あなた方のおかげで外はたいへん賑やかです。教会が街中で鬼種(きしゅ)を逃し、人質を取られた上、助けに入った民間人が連れ去られたとね」

「…………」

「…………」

 

 マリアは男を無言で見上げる。白い装束に身を包んだ男も眉尻を吊り上げる。

 互いに何も言葉を発することもなく、沈黙が積み重なっていった。

 

「お待たせ、スヴェンくーん。遅くなってめんご~」

「…………」

 

 そんな沈黙を突き破った軽薄な挨拶に、男の顔はますます険しくなった。その額にはうっすらと青筋が浮かぶ。

 レイモンドはやれやれと、マリアの椅子へ体重をかける。


「話しはオペレーターから聞いてるよ。ウチのが迷惑かけてすまないネ」

「謝罪はともかく、今回の責任をどう取られるつもりですか、レイモンド」

「そりゃあ、お互い様でしょ、スヴェンくん」

 

 杖の先端は軽快に床を叩く。

 

「警察からの引き継ぎと、通報のログ。両方とも確認したけど、伝言ゲームにしたってどうにかしてよ、アレ」

「以前から警察からの引き継ぎに関しては私からも再三苦言を呈していますが、改めて抗議文を送ります。ただし、それを抜きにしても市街での戦闘は極力避けるべきです。メディアの吊し上げにあわないだけ感謝して下さい」

「そんなこと言われちゃうと、俺もスヴェンくんのお手伝いしにくいねぇ。俺がココに残してる人員は緊急時の備えなのよ。今回の通報だって本来なら君の部隊が駆け付けるべきお仕事を引き継いであげたってのに」


 背中を叩かれたマリアは息をつき、椅子を引いた。

 口を開いたスヴェンを遮り、レイモンドは手を振る。


「どうしても人手が足りないってンなら、シルヴィアに頼みな。ウチも人員カツカツなのよ。まあ、第1部隊が派遣されてきたら、俺もスヴェンくんも要らないだろうけどネ」

「…………」


 スヴェンは切れ長の目を細める。引き留める様子がないと分かり、マリアは扉に手をかけた。

 人気がない廊下はしん、と静まり返っている。

 レイモンドが涼しい顔で扉を閉ざし、2人は足早に部屋を後にした。無駄に豪奢で高い天井窓から降り注ぐ陽光が鬱陶しい。杖が床をつく音がこだまする。

 中庭へ出たレイモンドはベンチへ腰を下ろし、マリアを手招きする。素直に隣へ座り、マリアは顔を覆った。

 小鳥さえずりが快晴の空の元、途切れることなく歌う。しばらくの沈黙の後、マリアを大きく息を吸った。


「あ~~~~。もー、サイアク…………」

「ま、そう気を落とすなや」


 男は右手で杖を弄び、石畳を軽く叩く。丁寧に敷き詰められた石畳は子気味よい音を立てた。


「例の鬼種は一般にもさっそく懸賞金もかかった。じきに首と胴が別々に見つかるだろうさ」

「例のお人好しの方は?」

「ああ。そっちの方が問題だな」


 指の合間から覗く目に、レイモンドは肩を竦めた。


「アルフレッドに調べさせたが、ここ一月以内にエデインへ入国した『アダム』は腐る程いる」

「でしょうね」

「だが、左耳から右目にかけて傷痕がある『アダム』は今のところ見つからんな」

「やっぱり偽名か……。出会った時から怪しさ満点だったケド……」

 

 マリアは脚を組み、その上に頬杖をついた。

 

「刺青の方は? あれ、どっかで見た記憶があるんだけど。どっかの鬼種狩りのエンブレムかなんか? 『A-111』なんてナンバリングふってる鬼種狩りなんていたっけ?」

 

 マリアは自称『アダム』の左腕に刻まれていた刺繍の場所を指で示す。

 十字に3ケタの数字。いつの記憶か定かではないが、それなりに古い記憶だろう。

 レイモンドは顎を擦り、遠い目をした。

 

「アレなぁ……。ちょっとめんどくせぇンだよなぁ……」

「?」

「ま、コッチでどうにかするさ」


 レイモンドは杖をついて立ち上がる。

 

「それよりもマリア」

「…………」

 

 背を向けた彼の声音が切り替わり、マリアは口をつぐんだ。

 静けさの中で彼の声は淡々と続けた。

 

「どうして撃たなかった」

 

 レイモンドの問いかけに、マリアは唇を噛む。

 最後に見た男の笑みが彼女の脳裏をよぎった。言葉に詰まったマリアを見下ろし、レイモンドは目を細める。

 

「鬼種を逃がすくらいなら人質ごと殺すのがお前の『お勤め』だ。どうして撃たなかった」

 

 どこからかともなく、少女のすすり泣く声が聞こえた。懐かしくも忌まわしい記憶がちらつく。

 繰り返された質問に、マリアは切れた唇を舐める。


「……覚悟が足りなかった」


 唸り声にも近い回答が絞り出され、マリアの手は無意識に空のホルスターに手を伸ばしていた。

 あいにくと、頼りになる相棒はメンテナンス中である。

 

「あの子の身代わりになったアイツを、あの子の前で撃つ覚悟が、アタシにはなかった」

「お前もまだまだツメが甘いな」

「…………」

 

 杖は固い音を響かせる。

 立ち上がった男の背はやけに高く見えた。

 

「お前たちは余計なこと考えずにやることやってりゃあ良いんだよ。後始末は俺の仕事だ」

「分かってる……」

 

 マリアも重い腰を上げた。皮の厚くなった自身の手のひらを眺め、握りしめる。

 

「……まあ、とは言ったもの」

 

 節ばった手が軽く彼女の背を押す。

 杖の音に続き、マリアはその後を歩いた。

 別棟へと続く自動ドアをくぐると、途端にスピーカーから騒がしい業務連絡が行き交う。レイモンドは一変して軽妙な口調で話しを進めた。

 

「さすがにヘマやらかしたからな。捜索からウチは外された。大人しく別件のお手伝いだ」

「お手伝い……?」


 レイモンドが杖の先で連絡通路の先を示す。

 白い廊下の先にはガラス張りの近代的な施設が設けられていた。

 入口では、レイモンドの姿に気付いた白衣の人物が軽く手を振っている。


「やあやあ。君がマリアちゃんだね」


 「初めまして」と、女の垂れた目尻が線になった。

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