表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/60

18.暗がりの中で②

 丘の上に建つ家からは、浜辺を囲む大海を一望することができる。人から距離を置くように建てられた白い漆喰の家は、切り取られた絵画のようであった。

 季節が移ろうごとに花が開き、小鳥が歌いにやって来る。近隣の住民たちも美しく剪定された庭を楽しみにしていた。しかし、定期的に手入れを行う庭師と挨拶を交わすことはあれど、その家主を見た者はいない。


「ご報告は以上になります」


 夕暮れの寝室。華奢な腕がゆっくりと上体を持ち上げる。目をこするイヴの肩に、アダムはガウンをかけた。


「ご苦労様、アダム。あまり、ヴェルデンを責めないであげてね」

「私は……」


 目を伏せ、言葉を濁すアダム。黙り込んだ彼の反応にイヴは自身の胸元へ触れる。


「あの人はよくも悪くも真面目なのよ。分かっていて私はこうしてあの人の責任感に甘えているの。まったく困ったおばあちゃんね……?」

「イヴ様……」

 

 紅玉の瞳を細め、彼女は微笑んだ。

 アダムの言葉を遮り、イヴは自身の耳元へと手を滑らせる。小さな耳飾りに触れた彼女は目を閉ざす。

 

「あの人と出会う前の記憶は、もうほとんど残ってないわ。覚えられていても、本当に大切なことだけ……。いいえ……。本当に大切なコトも、忘れてしまっているだけかもしれないわ」

「…………」

「私がいなくなった後まで、あの人の時間を奪ってしまうのはイヤなの。あなたのコトもそうよ、アダム」

「私の……?」

 

 アダムは顔を上げる。

 イヴは立ち上がり、窓際へと視線をやった。窓を覆うカーテンは夕暮れに染まり、サイドテーブルに置かれた小さな鉢植えが白い花を咲かせていた。

 

「マリアちゃんにケガが無くて良かったわね」

「は、はい……。マリア殿はヴェルデン様にお1人で挑みかかるような方でいらっしゃいますので、そう簡単に怪我をされることはないかと思いますが……」

 

 脈絡もなく話題が切り替わり、アダムは目を瞬く。戸惑うアダムの様子に彼女は口元をおさえる。

 

「そうね。マリアちゃんは手強そうだわ。あの人もびっくりしていたもの。後でちゃんと、あなたの無事を報せてあげないとね」

「それは……」

 

 イヴの言葉に顔を曇らせ、アダムは視線を落とした。

 

「……私の立場では、マリア殿と顔を合わせること。マリア殿へ嘘を重ねることは、ほぼ同義にございます。マリア殿は、私をお許しにはならないでしょう。なぜ今、マリア殿のお話しを……?」

「あなたがマリアちゃんのことを話している時、とても楽しそうだわ」


 窓際の小さな鉢植えから離れ、イヴはアダムの肩を撫でる。傷は塞がっていたが、まだ時おり痛む。

 首を傾げるアダムに、彼女は小さく笑う。


「そう、でしょうか……?」

「ええ。そう。だって、さっきの報告は、マリアちゃんのくだりが無くても、私に要件を伝えられたでしょう?」

「も、申し訳ありません……」

「あら、どうして謝るの?」


 アダムは思わずイヴに撫でられた肩をおさえる。

 言われてみれば、必要なのはヴェルデンがあの男から聞き出した情報であって、逃走劇の詳細は蛇足であった。

 イヴは笑みを湛え、視線を泳がせるアダムの頬を撫でる。血の気の失せた手のひらは相も変わらず白く冷たい。

 

「あなたはいつでもアチラに戻ってもいいのよ、アダム」

「アチラ……?」


 しばしの間を要し、アダムは言葉の示す所を察する。

 途端に鼓動が速くなった。自身の胸に手を当て、アダムは頭を垂れる。


「私はこの命が尽きるまで、あなた様のお側を離れるつもりは……」

「アダム。あなたにもお願いがあるの」


 アダムの手に細い指が絡む。

 穏やかな声音は彼を諭すように続く。

 

「私はずっとあなたと共にあるわ。でもね、ずっとあなたの支えになれるとは限らない」


 細い指先は輪郭を確かめるように彼の手を包む。恐る恐る目を開いたアダムの額に柔らかな唇が触れる。


「そのためにも、いつかはあなた自身が道を選んでちょうだい。誰かに望まれたからではなく、あなたが考えて選んだ道を」

「私は自ら望んで、あなた様とヴェルデン様に……」

「アダム」

「…………」

 

 長い沈黙が重く肩にのしかかる。

 息を詰め、アダムはかたく目を閉ざす。

 

「……はい。お約束いたします」

「ごめんなさい。ありがとう」

 

 彼女のため息の意味は今のアダムには分からない。

 冷たい指先は離れていくとカーテンへ伸びた。気づけば窓の向こうにはうっすらと星が輝き始めていた。

 イヴは笑みを戻し、自身の長い髪を手ですく。

 

「さあ……。よく眠れたことですし、マスターの所で一緒に食事をしましょう」

「では、お召し物と、お車のご用意をいたします」

「ええ、お願い。アダム。その後、少しお出かけしましょうね」


 暗闇で煌めく赤い瞳にアダムは頷く。

 緩やかな弧を描いた主人の薄い唇から、鋭利な犬歯が覗いた。


「おばあちゃんも寝てばかりではいられないわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ