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14.月明りを頼りに①

 扉を開けたマリアは蛙が潰れたような声をあげた。


「アレー? 間違えて物置に入っちゃったカナー?」

「冗談言ってないではやく現場確認をしてくれ。警察側からロクに引き継ぎされなくて俺も情報の裏が取れないんだ」

「えー……」


 マリアは無線にブーイングを送る。爪先で扉をつつくと床に置かれた物が巻き込まれていく。

 足元のビール瓶を転がすローザ。部屋は足の踏み場もなく、テーブルの上には食事の残骸が放置されている。

 2人は手分けをしてアパートの一室を捜索した。物が散乱するリビング。閉めきられ空気の淀んだ寝室。開いたクローゼットからは奇妙な着ぐるみが転がり出てきた。キッチンだけはそれなりの掃除が行き届いている。

 室内が無人であることを確認したマリアは耳元の無線機に指をあてた。


「アル、こいつのプロフィールよろしくー」

「あー……。職を点々として、逮捕歴が数件。麻薬売買と暴行。最近の動きで目立つのは、クレジット払いで大量に食料品を買っている。あとは、おっと……。それらしいのが出てきたな……」


 アルフレッドの声が硬くなる。


「支援者がいるようだ。数日に分けて銀行口座に入金がある。俺たちの給料よりよっぽどマシだぞ」

「比べる物がしょっぱくて分かりにくいんだケド」


 マリアは顔をしかめた。先月の給与に関して言えば、血の海へぶちまけた土産物の負担は免れたようだった。

 アルフレッドは続ける。


「日付的にも食料品の大量購入が始まったのはそれ以降か……。乾燥剤に、大型のクーラーボックス……。ローザ、キッチンを確認してくれ」


 アルフレッドの指示を受け、ローザが冷蔵庫を開ける。入っていたのは酒や飲料水。冷凍庫に保冷剤が詰め込まれているものの、食料品は見当たらない。

 次いで流しの前で立ち止まった彼女は眉をひそめる。物が散乱している室内で、流し台だけは生ごみや水あかすらもなく清掃が行き届いていた。


「漂白剤のにおい。アルフレッドの情報と合わせても、限りなく黒」

「分かった。取り急ぎ、第2部隊に現場を引き継ぐぞ」 


 マリアはローザと今一度、部屋を見回した。カーテンは窓枠にガムテープで止められ、隙間すらない。ソファの周りには酒の空きビンがいくつも転がっていた。

 2人は足早に部屋を出た後、鍵をかけ直す。


「『親』から仕送りされて、テーブルマナーも学んでるなら、ヘタに殺すワケにはいかないわね」

「そうだな。可能であれば対象は確保してくれ。俺も引き続き身辺を調べてみるけど、今は住民の避難が最優先で構わない」

「私が住民を裏口から退避させる。マリアは下の警備員と周辺の警戒をお願い」

「りょうかーい」


 マリアはローザと別れ階段を下った。背後でローザが扉を強くノックし、住民を呼び出しているのが聞こえてくる。

 階段を下りながら、黒い銃身を指で軽く叩く。


「ねぇ、アル」

「なんだい?」

「メイの滅鬼武装(めっきぶそう)、いつ直るの?」

「最低でもあと一週間だな。彼女の滅鬼武装は聖典教会のナンバリングでなく、キリュウ家が所蔵している物だからね。不具合を直すのも一苦労だろうさ」


 アルフレッドは深いため息をつく。


「ただでさえ滅鬼武装の構造は制作者によって勝手が異なるのに、極東の武器となれば担当者には同情しかないよ。俺も彼女の滅鬼武装は簡易メンテナンスだけで精一杯だ。はやく直して欲しい所ではあるけど、こればかりはどうにもならないな」

「メイ無しであのゴリラどもにリベンジしかけるのはちょっとねー。アタシとローザじゃ力技で押し負けかねないわ」 

「例えメイが新しい滅鬼武装を装備していたとしても、ヴェルデンと交戦するのは止めてくれよ。この間だって心臓が止まるかと思ったぞ」

「アンタ、やられっぱなしで腹立たないワケ?」

「君は本当に俺の話しを聞く気がないな」


 マリアは虚空に憎たらしい背中を思い浮かべ拳をつき出した。

 息まく彼女に対し、アルフレッドはそっけない相づちを返す。


「とりあえず、今は目の前の仕事をこなしてくれ。陽が沈む前に現場の引き継ぎを完了させる。念のため目標の運転免許証の写真を送った」

「はーい。どーも」


 部屋の合い鍵を指で弄びながらマリアは支給品のスマートフォンを取り出す。送られてきた男の人相は画質のせいにしたとしても人が良さそうとは言い難い。

 アパートのエントランスに戻って来たマリアは並べられたポストの前で足を止める。

 目当ての部屋のポストを開けるが、何も入っていない。


「郵便物は回収してンのねぇ。リビングでくつろいで待つ?」

「警察からは『匿名の通報者が要件と番地だけ言って電話を切ったから、いつものタチが悪いイタズラか、嫌がらせの電話じゃないか』って話しだったが……」

「そんなアホみたいなイタ電してくるヤツ未だにいるの? おめでたい頭ねぇ……」

「妙な感じだな……。現状は限りなく黒だが、こんな昼間からどこへ行った? カード決済も昨夜から動いてない」

「まさか狩りに出てんじゃないでしょうね」

「なら、よほど狩りに自信があるか、もしくはどうしても外出の必要があったのか……」


 アルフレッドの貧乏ゆすりが無線越しに感じ取れる。

 マリアは空のポストを閉じた。入口の脇にある警備室のガラスを叩くと、警備員が強ばった面持ちでイスから立ち上がる。

 そこへ、湿った熱気が吹き込んだ。マリアが見ると、男が現れた。男はつばの広い帽子を目深に被り、この猛暑の中。長袖に長ズボンを着込んでいる。

 互いの視線が交わった瞬間。奇妙な空白が生まれた。

 男が踵を返すより、マリアの方が速い。

 彼女は指で弄んでいた鍵を握りしめる。そして人相の悪い男の顔面めがけ、ありったけの力を込めて投げつけてやった。

 

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