12.夏の夜は長い①
爽やかな朝。小鳥のさえずりを風が運んだ。教会のステンドグラスに朝日が反射し、鮮やかに輝いていた。
「マリアたち、けがしたの? 大丈夫?」
ニーナは自分の背丈ほどあるほうきを握りしめ、アルフレッドを見上げた。彼女の前に屈み、彼は苦笑する。
「ああ。大したことないよ、ニーナ。2、3日は安静にしてくれと医者に言われているくらいだ。またしばらくしたらみんなで遊びに来てくれ。心配してくれてありがとう」
「うん、わかった……。みんなにも言っておくね」
古びた扉を名残惜しそうに振り返り、彼女はほうきを引きずって早朝の日課へと戻っていった。
しおらしい小さな背中を見送ったアルフレッドは深く息を吐いて立ち上がる。
右手には徹夜でまとめた昨夜の報告書。扉の向こうでは腹の虫がおさまらない同僚。
部屋に入った瞬間、アルフレッドの目の前を枕が横切った。
「あンのゴリラども……! 次会った時は絶対にブン殴ってやる……!」
壁に向かって投げられた枕は大きく跳ね返り床へ落ちた。
怒りに身を任せたマリアはしかし、腹部をおさえる。消毒液の臭いが鼻に染みた。
その隣ではメイがスナック菓子を頬張りつつ感嘆している。
「一番死にかけたにも関わらず自分たちより元気で何よりなのです」
「肋骨すらイってないって驚き」
「医務室でくらい我慢してくれ、ローザ」
アルフレッドからたしなめられ、舌打ちしながらも取り出したタバコを箱へ戻すローザ。
歯ぎしりするマリアに、彼は眉根を寄せた。
「事の重大さが分かってるのか、君たちは?」
「軽率だったのは認めマス」
「口だけじゃないことを祈るぞ。ギュンターに感謝してくれ」
語尾を小さくしてマリアは腹部を擦る。
検査の結果。打撲や擦り傷、軽度の火傷などは多々見受けらえるものの、重傷に至るものはありません。もっとも、痛みはしばらく続きます。と、お医者様のお達しである。
アルフレッドは落ちた枕を拾い上げ、マリアの足元へと放る。
「俺は一週間程度の謹慎なんかじゃ、とても足りないと思うけどね」
「ジジイの奴、どんな言い訳したの」
「君たちが命がけで第2部隊の命を救ったことになっている」
「そう。じゃあ台本の用意が必要ね」
鼻で笑うローザに、アルフレッドの表情は険しさを増した。
「笑い事じゃ済まされないぞ。リスクランクSS相当のヴェルデンが表に出てきたのは記録上でもかなり久しい。君たちが交戦したフードと覆面をした鬼種も確認が取れていないし、何より教会の通信妨害をするほどの技術を鬼種の勢力が得たのはかなりまずい事態と言える」
「くっそ~~……。タイマンならゼッタイ勝ってたのに……」
足元に置かれたアタッシュケースを見下ろし、マリアは唸る。回収された銃器には何の異常もなかったようだ。
マリアはメイから差し出されたスナックを苦々しく頬張った。
メイが軽く挙手する。
「ちな、自分は火ダルマになるのは御免被るのでヴェルデンとの交戦は遠慮するです」
「ちょっとは手を貸しなさいよ、薄情者……」
「自分の『大鳳』とヴェルデンの鬼才は相性最悪なのです。わざわざ『大鳳』を折りに行くようなマネはしないのです」
メイの回答は冷ややかである。ぐぬぬと拳を握るマリア。
呆れた様子でアルフレッドは頭を振った。
「やっぱり反省してないじゃないか……。どうして鬼種にリスクランクが定められていると思っているんだ?」
「もらえるボーナスが増えるほどランクが高いんでしょ」
「リスクを伴うからランクと報償金が高いのであって、因果関係が逆だろ……。鬼化し損ねた幽鬼なら最低値のリスクE。今回のヴェルデンはリスクSSだ」
マリアの横にアルフレッドは持っていた書類の束を放った。
マリアがうめき声を漏らして表紙を開くと文字の羅列が隙間なく並んでいる。彼女の指は早々にファイルを閉ざした。
「『鬼才』は通常では考えられない異能力を持つ鬼種を指す。中でも、リスクS以上の『鬼才』にはレイモンドやスヴェン第2部隊長と言った部隊長階級の出動が義務づけられているが、SSは文字通り部隊長階級2名以上の出動が絶対だ。君にはそもそも自己判断による討伐権限がない」
「以前、レイモンドがヴェルデンと接敵した際には、マリアとローザもいたと記憶しているのです」
「いや、そりゃいたけど……」
メイに見下ろされ、マリアは視線をおよがせた。言葉を濁す彼女の代わりにローザが口を開く。
「あの頃ヴェルデンの鬼才に対抗できたのはレイモンドだけ。アタシたちはあくまで援護」
「逆にあのジジイ、何故それで生きているです?」
「ジジイの滅鬼武装が反則級なンだっての……」
うなるマリアにアルフレッドが深く頷く。
「そういう事だ。あんな人でも実力は確かだからな。今度ヴェルデンに接敵した際は、俺の指示があろうが無かろうが、部隊長階級の救援が見込めない時点で全員撤退するんだぞ。分かったかい?」
「ハイハイ……。分かりました……」
口を尖らせ、マリアは不満げに了承した。
アルフレッドはそうそう、と続ける。
「ちなみに謹慎が解除されても、メイはしばらく夜番ができない。新しいシフト表を後で送っておくから、確認するように」
「は? なんで?」
「何でも何も……。メイの滅鬼武装に不具合が見つかったからだ」
目を瞬くマリア。対して感慨深いとばかりにメイは頷いている。
「しばらく実家のメンテナンスを受けていなかったにしても、我ながら危なかったのです」
「大切に扱ってくれと釘を差したばかりだろう? 人手不足も深刻だが、鬼種の増加でただでさえ銀の市場が高騰してるのに……」
アルフレッドは顔をおおった。フラフラと、彼は壁に寄り掛かる。
「しかも君たちが頻繁に滅鬼武装に無茶させるおかげで、俺のサポートが悪いんじゃないかって責められるんだぞ? どうして銃を握っているのに、相手の懐に飛び込むんだ?」
「確実に頭ぶち抜くために決まってンでしょーが」
「殴る必要ないだろ? 一般的な銃火器以上に精密なんだからな……」
アルフレッドは一通り吐き出すと、姿勢を正して咳払いした。
「とにもかくにも、一週間は謹慎だ。その後も、メイは滅鬼武装の調整が終わるまでは夜番から外す。マリアの療養も必要だろうし、しばらくは他の人員に任せて、君たちは大人しくしていてくれ」
「ってか、アタシにも新しいのくれたりしないの? メイはなんか長いのと短いの2本持ってんじゃん」
「メイの滅鬼武装は教会の所有物じゃないだろ……。だいたい、鬼種をサンダルで殴りつける狂人に、新品の滅鬼武装を与えるなんて……」
やれやれと眉間をおさえてぼやくアルフレッドの顔面を枕が直撃した。
落ちた眼鏡が枕の下敷きになる。
「久しぶりの休暇なのです」
「そうね。昼まで寝てられるわ」
メイはまたひとつ、スナック菓子を口へと放り込む。
加熱するアルフレッドとマリアの口論を眺めながら、ローザはタバコへ火をつけた。




