第31話
ケイシーさんの掛け声とともに、昇級試験が開始される。
僕は黒剣を構えてフェンネルさんの様子を伺う。フェンネルさんは剣を抜き、リラックスした状態でただ立っている。隙だらけのはずなのに迂闊に突っ込んでいくだけで返り討ちにされる確信があった。ただ対峙しているだけなのに、額に伝う汗が尋常じゃない。どうしようかと思案しているとフェンネルさんが剣を構えてこちらに向かって距離を詰めてくる。
「来ないならこっちから行かせてもらうよっ!!」
フェンネルさんが声を発したとほぼ同時に剣が振り下ろされた。僕は咄嗟に黒剣で防ぐが、あまりの衝撃の強さに後ろに弾かれてしまった。
「ㇰッ……!!」
フェンネルさんの剣圧で辺りの砂埃がかき消され、容赦のない追撃が僕に襲い掛かる。剣を振る速度が速すぎて目で正確に捉えることが出来ず、必死に受けることしかできない。上下左右のあらゆる方向からフェイントを交えた剣が迫って来るので反撃に出る余裕が全くなかった。
「防御に徹するだけじゃ合格はできないぞッ!!」
上段から迫る剣を受け止めたと思ったら、フェンネルさんは僕の右脇腹を正確に捉えた蹴りを放つ。
「グハッ…………なんて強さだ。」
剣をブラフにした蹴り技が炸裂し、何とか受け身を取って体勢を立て直すが右脇腹からとてつもない痛みが走る。
「今ので倒れないとはやるじゃなか!君に剣を教えていた御仁はとても優秀なんだろう、君が無職なんて本当に信じられないよ。」
「フェンネルさんにそこまで言ってもらえるなんて光栄だな……。」
今の一連の行動で僕は息が切れていたのに対してフェンネルさんは全くと言っていいほど消耗している様子がなかった。
「おい小僧、このままじゃ負けちまうぞ。」
フレイが防戦一方の僕を見かねて声をかける。
「分かってる!でもどうしたらいいのか……。」
僕が必死に活路を見出そうと考えている間にもフェンネルさんの攻撃の手は止まらない。お互いに扱っている武器は同じはずなのに手数が圧倒的に違う。
(天職による能力補正が受けられないだけでこうも違うのか!?)
曲がりなりにも10年と言う長い期間を師匠の元で必死に修行していたのに、ここまでの差が出るものなのか。もちろんフェンネルさんも途方もない努力をしてこれほどの高みまで上り詰めたのだろうが、ここまで遠いものなのかと諦観してしまった。
しかし、師匠の元で培った技術や知識が否定されるのだけは嫌だった。ここで諦めてしまったら、何の才能もないただの子どもに10年と言う長い間で指導してくれた師匠に顔向けできないような気がした。
僕はフェンネルさんの剣戟を受け切り、決死の反撃を試みる。
「これだけの攻撃を受けて尚、反撃してくるのか…改めて君はすごいな!!だが、それだけでは俺には届かないぞ!」
僕の袈裟切りを難なく往なして、カウンターの一閃を放つ。全神経を回避に集中させて躱そうとするが、躱しきれず右腕に剣が掠れる。
「このままじゃ押し切られる……。フレイ、お前の力を貸してくれ!!」
「小僧に貸した力の大半はババアに制限されてるがいいのか?」
そういえば僕が師匠から救ってもらった時に制限をかけたと言っていた気がする。
「構わない、頼む!!」
「しょうがねぇな!魔力制限解除!」
フレイの声と同時に体から魔力が溢れてくる。前回のヴァンテムと戦った時ほどの莫大な魔力ではないがそれでも僕自身が持つ魔力の何倍もの量だ。
「……!!それが君の本気かい?凄まじい魔力量だ。」
身体に魔力を流し、身体強化を行う。魔力が血液のように巡り、全身に力が漲る。それでも溢れてくる魔力が体からも出てしまうのを見ると、改めてフレイとの契約による魔力量が桁違いだということを実感する。
「ここからが本番だ!!」
身体強化をしたおかげでフェンネルさんとの肉体的な差はかなり縮まった気がする。一気に踏み込み、フェンネルさんの胴に向かって一閃を放つ。
「……!?これは流石に俺も本腰を入れないといけないな。」
そう呟いたフェンネルさんは自身の持つスキルを発動していく。
「『筋力上昇』『速度上昇』『心剣合一』、これくらいで十分かな。」
フェンネルさんも更に素早くなり互いの剣戟が幾度なくぶつかる。手足を使った巧みな攻撃にまたもや劣勢に陥ってしまう。
(剣だけだったら絶対に勝てない!武器を変形させて少しでも状況を変えなきゃ!!)
純粋な剣による勝負では勝機がないと判断して、僕は魔力を黒剣に込めて変形し、弓矢へと変える。今の僕は一時的とはいえ膨大な魔力を有しているので、魔力で作られた矢も前回とは比べ物にならない性能になっている。しかし、大量の魔力を完璧にコントロールすることはできないので良くて3発しか放つことが出来ないだろう。
(けど今はそれだけで十分だ!)
距離を取り、フェンネルさんの頭上を目掛けて三本の矢を同時に放つ。放たれた矢は風を切りながら空に向かって上昇していく。
「その武器はただの剣じゃなかったのか……だがそんな見当違いな方向に放ってどうするつも……。」
矢を放った瞬間、僕はすかさずフェンネルさんの元へと更に違う武器へと変形させながら駆ける。弓を槍に変形させて、喉元に向かって一突きする。
「次は槍か!!さっき放った矢は囮だったってわけか、だが狙いが甘い……何!?」
「囮は矢じゃない、槍の方だ!!」
フェンネルさんが僕の刺突を防いだのと同時に先ほど上空に放った矢が彼に向かって襲い掛かる。フェンネルさんは即座に後退したが、躱しきれずに右頬に矢が掠れて赤い血が流れる。
「まさか一撃もらうなんて……君は本気で俺に勝つ気なんだな……ならば俺もそれに応えよう!!」
遠目から見ていたブレットが意外そうに呟く。
「まさかフェンネルに傷を負わすとは……アイツが気にいるわけだ。」
ブレットの発言にネリッサも同意する。
「確かにね。アイツと正面切ってまともにやり合える冒険者なんてBランクで数人、あとはAランク以上で互角以上な筈なんだけどな〜、幾ら手加減してるからって傷を負うなんて驚きだわ。」
続けてエリナが驚いた様子で言う。
「それに彼が変形して使った武器、全て使いこなしている様に見えました。二十歳にも満たない子が…………きっと途方もない努力をしたのでしょう。」
三人はアレクとフェンネルの戦いを真剣に眺めている。彼らはアレクが無職であることをフェンネルやギルド伝いで知っているが、誰もそのことに言及する者はいなかった。二人の戦いは片時も目を離せないほどに速く、激しいものになっていった。
「フェンネルの奴、本気になったりしないよな……。」
ブレットは楽しそうに戦っているフェンネルの姿を見て、アレク相手に本気で相手をするのではないかと危惧していたのだ。ブレットの呟きにネリッサも頷く。
「いくらアレク君が予想より強かったとしてもフェンネルのアレを食らったら下手したら死んじゃうかもね。」
「その時は私たちが止めに入ればよろしいのでは?」
エリナの提案にブレットとネリッサは賛成し、いざというときには止めに入ることを決めるのだった。
僕が槍で急所を連続で突くと、フェンネルさんは的確に最小限の動作でいなす。そのまま距離を詰めて今度は槍から双剣に変形させて手数を増やした接近戦に持ち込む。
「ハァァ!!」
双剣の連撃を叩きこむがこれも悉くを防がれてしまう。フェンネルさんの剣に弾かれた影響で、態勢が一瞬崩れる。そこをまるで狙っていたような速さと正確さで攻撃スキルが僕を襲った。
「『二連斬撃』!」
「グッ……!」
防ぐことが出来ずにフェンネルさんのスキルを食らってしまう。『二連斬撃』は剣士の基本的なスキルだ、それがここまでの威力になるなんて……。
「刃はある程度潰しているからそこまでの傷は負っていないはずだよ。」
確かに切り傷自体は殆どないが、今の一撃で僕の意識は一瞬飛びそうになった。
「まだだ……まだ…やれる……!」
自身の容量を大きく上回る量の魔力を用いた身体強化の影響もあり、もはや足にも殆ど力が入らなかったが、どうにか気合で立ち会がる。度重なる武器の打ち合いにより、腕も痺れてきてまともに武器を握ることが出来なかった。
体力も残っておらず、恐らく剣を一振りすることが限界だろう。僕は武器を最初の黒剣に戻し、次の一撃にすべてを賭けることにした。剣先に全神経を集中させて構え、余剰の魔力をできる限り剣に集中させる。疲労か集中によるものなのか、周囲の音が全く聞こえなくなり、まるで凪のような静けさだった。
(ユニークスキル『折れない心』が発動しました)
僕の覚悟にスキルも応えてくれた。フレイとの契約で得た魔力とユニークスキルによって底上げされた肉体があれば届くかもしれない。
「とてつもない集中力だな……。次で決めるつもりか……ならば全力で迎え撃とう!!」
フェンネルさんの気迫で周囲の空気が揺れていた。今までとは比にならないプレッシャーを感じる。
「おおおぉぉ!!!」
全速力で直線に駆け出し、渾身の上段斬りを放つ。
「『武技超越・大地轟く無上の剣』!!」
僕の渾身の上段斬りとフェンネルさんの技がぶつかり合い、周囲にとてつもない衝撃波が発生して訓練場が大きく揺れる。鍔迫り合いが続き、互いに一歩も譲らない様子で力を込めている。
どれくらいの時間がたったんだろうか。一瞬の鍔迫り合いがとても長い時間に感じる。徐々に僕の黒剣が押され始めるのがまるでスロー再生しているかのようにゆっくりと見える。
(これが『最高の剣士』か、ここまで死力を尽くしてもかすり傷一つしか付けられないなんて……悔しいな……。)
黒剣が完全に押し返されて、競技場の壁に激突する。僕はその場から動けずに、フェンネルさんを見ていた。
「い、以上で冒険者アレクの昇級試験を終了します!!」
ケイシーさんが終了の掛け声をした後、彼女は僕の方へと走ってきてくれた。
「誰か医務室に運ぶのを手伝ってください。」
「俺が手伝おう。」
黎明の扉の人たちも僕の方に駆け寄り、何かを話している。
(全身が痛くて動けない……。フェンネルさんはどうしているだろう。)
そんなことを考えながら意識を保つのが限界になり、僕は気を失ってしまうのだった。
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