第28話
翌朝、瞼を擦りながらアルヴィリス家の屋敷から出発する準備をする。メイドさんに洗濯してもらった僕の服はゴブリンの返り血がまるで無かったかのようなほどに綺麗になっていた。服や少量の保存食などをリュックに詰めながらふとこれまでの事を思い返す。
ヴァンテムの襲撃で師匠と出会い、10年間という長い間様々な技術や知識を叩きこまれ旅に出た。そして王都に向かう道中で盗賊を退け、アステルとの再会を果たし、リーネとアリエにも会うことが出来た。二人は僕に関する記憶をフレイとの契約の影響でなくしているようだったが元気そうでよかった。リーネは少し昔と雰囲気が変わっていたのが少し気になるが、アリエは学校生活を楽しく過ごしているようだ。そしてアステルと共に薬草採取の依頼を受けたのだが、生息していないはずのゴブリンの群れと遭遇し、何とか退けることが出来た。
こうして振り返ってみるとここ数日は大きな出来事が立て続けに起こっていた気がする。冒険者に危険はつきものだと思うがこれじゃあ命がいくつあっても足りなそうだ。荷物をまとめながらそんなことを考える。身支度が終わり、屋敷の玄関に向かうとそこにはアステルたちとメイドさんたちが見送りに来てくれていた。
「みんな……見送りに来てくれたのか?」
「そうよ!黙って出ていくなんて許さないんだから!」
アステルがフフンと笑いながら返事をする。
「怪我には気を付けてね」
「何かあったらいつでも頼りなさい。」
カリナさんと伯爵がそれぞれ優しく声をかけてくれる。
たった数日の短い間だったが、この3人と共に食事をして談笑できたのは僕にとってかけがえのない思い出になった。
「お世話になりました!」
みんなに感謝を述べて扉を開ける。振り返るとアステルが笑顔で涙目を堪えながらこちらを見ている。今生の別れでもないのにそこまで悲しんでくれるなんて、それほど僕のことを大切に思ってくれていたのだろうか。冒険者として安定してきたらまた顔を出そう。そう考えながら僕は屋敷を後にした。
そのままの足取りで冒険者ギルドへと向かう。先日起きたゴブリンの件で詳細を改めて報告して欲しいと頼まれていたのだ。
ギルドの扉を開けて受付へと向かう。今日の担当も先日と同じ猫獣人の受付嬢だった。名前はケイシーと昨日の帰り際に教えてもらった。
「ケイシーさん、ギルドマスターはいるか?昨日の件を改めて報告したいんだが。」
「わかりました!少々お待ちください!」
ケイシーさんは元気に返事をして奥のギルドマスターがいる部屋へと向かった。受付の前で手持ち無沙汰にしていると中年のおっさん冒険者が話しかけてきた。
「お前、新顔だな?Fランクのノービスがケイシーちゃんに馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ。」
顔が赤く、手にはジョッキが握られており、随分と酔っぱらっているようだ。冒険者ギルドには酒場が併設してあるので、そこでずっと飲んでいたのだろう。
「やめてくれ、そんな理由じゃない。報告しなきゃいけないことがあっただけだ。」
あまり大事にしたくなかったので、話し合いで誤解を解こうと試みる。しかし、低ランクの僕が言い返したのが気に食わなかったのか酔っぱらった冒険者は更にヒートアップしていく。
「ガキィ、俺ぁ先輩だぞ!口答えしてんじゃねぇ!」
拳を握りしめ、僕に向かって振り下ろされた。あまり暴力的な手段を取りたくなかったがやむを得ないだろう。僕に向けられた拳を躱してカウンターをしようとしたとき、どこからとなく一人の男が割って入ってきた。
「乱暴なことはやめた方がいい、ここでの暴力行為はギルドマスターが禁止しているからね。」
僕よりも年上だろうか、20代の若い男は爽やかな笑みを浮かべながら、酔っ払いの拳と僕のカウンターを片手で止める。その男は汗1つかかずに軽々と止めて、僕たちを諫める。すると丁度ギルドマスターがやって来た。
「お前ら、ここで暴れんじゃねぇぞ。フェンネル、丁度いいとこに来てくれたな、お前も一緒に来い。」
「えぇ俺もですか?」
フェンネルと言われている男が面倒臭そうな顔をして聞き返す。
「少し頼み事があってな、そこに居るアレクと一緒に俺の部屋に来い。」
「分かりましたよ、しょうがないですね。」
彼はそう言い終わると酔っぱらった冒険者と僕の腕を放して何事もなかったかのように笑いかける。
「アレク君だっけ?それじゃあ行こうか。あんたも飲み過ぎには注意しなよ。」
フェンネルと呼ばれた男について行き、ギルドマスターがいるギルド長室に向かう。その道中に自己紹介をされた。
「俺の名前はフェンネル、Bランク冒険者だ、よろしく!」
「僕はアレク、Fランク冒険者だ、よろしくフェンネルさん。」
Bランク冒険者という言葉で彼が実力者だということがわかる。ランクの高さだけでなく彼からは妙な異質さを感じる。爽やかな雰囲気だが見かけによらず相当鍛錬しているのが佇まいでわかる。
僕がFランクというのを聞いてフェンネルさんは目を見開いて面白いものを見るような目でこちらを見つめる。
「何かあったか?」
「いいや、ただあのギルマスがFランクの冒険者の名前を覚えてるなんて珍しいなと思ってね。気を悪くさせるつもりはなかったんだが……。」
「いや、気にしてないよ。」
僕の返事を聞いてまたクスッと笑う。
「ははっ、君はこれから大物になりそうな予感がするよ。」
そんな緊張感のない会話をしていると、ギルド長室にたどり着く。
「お邪魔するよ~。」
「失礼します…。」
僕たちが部屋に入るとギルドマスターが重厚に作られた椅子に腰を掛けており、僕たちにギルドマスターの前にあるソファーに座る様に促す。
「まぁ座れ。アレク、昨日の件だが詳しく話してもらえるか?」
ギルドマスターが僕の方を向いて真剣な目つきで見てくる。
「昨日は薬草採取の依頼で王都近郊の森に向かったんだ。その時にケイシーさんからゴブリンが出ない森だから初心者には比較的に安全と言われていたんだ。だけどいざ行ってみると20匹近いゴブリンの群れがいたんだ。しかもワイルドボアを乗りこなすゴブリンライダーまでいて統率もある程度取れていたのも気になったかな。」
「ゴブリンライダーか……まだ群れがいる可能性もあるな…。」
僕の報告にギルドマスターは目を鋭くする。
「ファンネル、この調査引き受けてくれるか?森周辺の生態調査とゴブリンが移動してきた原因把握だ。」
「いいですよ、ただし報酬は弾んだ下さいね!」
それから気になったことをいくつか話した後、ギルドマスターがファンネルさんに正式に依頼を出して調査してくれることになった。
「お前のパーティーなら問題なく調査できるだろう。いい結果を待ってるぞ。」
「ははっ、楽しみにしていて下さい!」
そう言い残してファンネルさんは部屋を後にした。
「アレク、お前はアイツのこと知ってるか?」
2人きりになった室内でギルドマスターが質問をしてくる。
「さっき自己紹介をしてもらったので一応。Bランク冒険者の人ですよね?」
「あぁそうだ、だがただのBランクじゃあない。ファンネルとそのパーティーは特例Bランク冒険者だ。」
初耳の単語を聞いて僕はオウム返しをする。
「特例Bランク冒険者?」
「あぁ、ギルドから特例でAランク以上の依頼を受けることのできる冒険者のことだ。」
「そんな凄い人だったなんて…。でもなんでAランクじゃないんですか?」
それだけの実力があるならAランクに上げてしまえばいいだけのはずだ。僕の質問にギルドマスターは少し表情を暗くする。
「ファンネルとその仲間は全員が下級職なんだ。ギルドには暗黙の了解があってな、上級職以外をAランクに上げることは難しいんだ。俺たちギルドのスポンサーには貴族もいるからな、下級職の受けがよくないんだ。」
「そんな理由で……。」
ただ下級職ってだけでAランクに上がれないなんて理不尽だ。僕が考えていることを読んでいる様にギルドマスターが続けて話す。
「だから俺たちは話し合って特例としてAランク以上の依頼を受けられる制度を作ったんだ。今ではアイツらはこの国有数の冒険者さ。」
ファンネルさんがそんな凄い人だったなんて。職業による障害がある所は僕と似ているかもしれない。そんな親近感を覚える。それから僕は部屋を後にして受付へ向かい、何の依頼を受けようか吟味する。すると先に部屋を出たフェンネルさんが僕を見つけて話しかけてくれた。
「君は何の依頼を受けるんだい?」
「それが中々決まらなくて……。」
僕が迷っている旨を伝えるとフェンネルさんがオススメの依頼を紹介してくれた。
「これなんかどうだい?王都にある孤児院の手伝いだ。君はまだここに来て少ししか立っていない様だし、丁度いい依頼だと思うよ。」
孤児院のお手伝いか。確かに王都について知るには丁度いいかもしれない。
「ありがとうございます、その依頼を受けようと思います。」
「そうか!」
僕が依頼を受理したのを見てフェンネルさんはギルドを後にした。仲間の人たちと合流しに行くみたいだ。ケイシーさんもこの依頼はオススメと言っていた。報酬は銀貨2枚と少なめだが、孤児院にそんな大金を出す余裕はないのだろう。
僕はどんな子がいるのか少しワクワクしながら孤児院へ向かうのだった。
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